エピローグ
それから、一ヶ月後――
「で、結局、ギルバートの方を選んだってわけね」
「いや、まぁ、はい……そうです」
プロスペレ王国の王都・アーガラム。そこにあるオープンテラスのカフェで、セシリアは呆れた様子のリーンに小さくなりながらそう報告していた。
あれから、薬の密売にかかわっていたハリーは捕らえられ、その妻であるベアトリスとニコルは、ニコルの療養という名目で、王族の所有する僻地へと送られた。書類上は彼らが自主的な転地ということになっているが、実際は王族からの命令であり、二人はもう二度と王都やコールソン領には帰ってくることはないだろうということだった。そういったことから、コールソン公爵家自体は残っているものの、実際にそう名乗れるのはシルビィ家から籍を抜き元の家に戻ったギルバートと、出戻りのティッキーしかいない状態になってしまった。
そんな状況なので、当主は問題のあったティッキーではなく、国王の指名によってギルバートが務めることとなった。……といっても、こちらも書類上なだけで、まだ学生の身分であるギルバートに代わり、領地の運営は遠縁でギルバートの育ての親であるエドワード・シルビィが当面の間務めることとなった。
つまり、二人は書類上でも姉弟ではなくなってしまったのである。
こうした諸々とした手続きや処理に追われた結果、ギルバートとセシリアは一ヶ月ほど学院を休まざるを得ず、そうして本日久々に学院に帰ってきたのだった。
セシリアの報告を聞きながら、リーンは頬杖をつく。
話を聞きたいと言い出したのはリーンからなのに、その態度はとてもセシリアの話に興味があるようには見えない。
「なーんか、面白くないところに収まっちゃったわね」
「面白くないって……」
「だって、私はどうせそっちとくっつくと思っていたし!」
リーンの意外な言葉に、セシリアは目を瞬かせながら「そ、そうなの?」と声を上ずらせる。
「まぁ、そりゃぁね。あれだけ尽くして振られるとか、逆にギルバートが可哀想でしょ? それに、ギルバートは元々あんたの推しだし? もう、ここまで揃っていて、そっちとくっつかないのもおかしいじゃない」
「そ、そうかな?」
「だからこそ、オスカーとくっつく方が、私としては面白かったんだけどねー」
「……ひとの恋愛を面白がらないでください」
「あら、ひとの恋愛を楽しまなくて一体誰の恋愛を楽しむって言うのよ」
「自分の恋愛、とか?」
「恋愛なんて、感情のからんだエンタメ。当人同士は必死すぎて面白くもなんともないものじゃない。だからこそ、友人の恋愛話が一番面白いのよ」
「そういうもの、ですか」
「そういうものよ」
なぜか自信満々に胸を張るリーンから、セシリアは少し恥ずかしそうに視線を外した。
前世含めて恋愛経験値がゼロに限りなく近いセシリアにとって、自身の恋愛話というのはどうにも落ち着かない話題なのだ。
「それで、オスカーの方はどうなったの? ちゃんと事情は話せたわけ?」
「オスカーは――」
そう言いつつ思い出したのは、例の仮面舞踏会からしばらく経った頃のことだった。
その日、オスカーに呼び出されたセシリアは、思いがけない言葉を告げられた。
『セシリア、婚約破棄をしよう』
『え?』
突然の言葉に固まっているセシリアを前に、オスカーは口元に笑みを浮かべたまま、どこか慈愛に満ちたまなざしをこちらに向けていた。
『他に好きな男がいる女とは婚約は続けられないからな』
『それは……』
『俺を選ばなかったこと、いつか後悔させてやる』
どこか意地の悪い笑みを浮かべつつ、彼は最後にそう言った。
その表情はどこか晴れやかで、けれどもどうしようもないほどの申し訳なさを感じるものでもあった。
「最後までいい男ぶっちゃって。ほんと」
「それで、私の方も聞きたいんだけど。結局、神殿の方はどうなっちゃったの?」
「行けなかったわよ。そっちのゴタゴタのせいでオスカーまで神殿に行けないとか言い出しちゃったからね。もうこれで行っても失礼だろうって話になって、それで、私が代表して断りを入れたわ」
「なんか、ごめんね?」
「別に謝らなくてもいいわよ。向こうも『それなら仕方がない』って感じだったし。……それにまぁ、いいんじゃない、これで?」
リーンはセシリアの顔をのぞき込んでくる。
その表情は、今までにないぐらい優しいものだった。
「だって、アンタとギルバートがくっつくだなんて、どう考えてももうゲームのシナリオの外よ。ここから死ぬルートになんて戻らないだろうし、死ぬ運命が待っていたとして、参考にするストーリーがないんだから対処のしようがないしね」
「そう、だね」
「だからまぁ、良かったわね」
「……うん!」
リーンの言葉にはっきりと頷いたその時だった。
「セシリア」
「あ、ギル!」
今日一日ずっと聞きたかった人の声が耳に飛び込んできて、セシリアは椅子から立ち上がりつつ振り返った。
そこにはいつもどおりの優しい笑みをたたえる、私服姿のギルバートがいる。
「ごめんね。おそくなっちゃった」
「ううん、全然大丈夫! リーンに相手してもらっていたから!」
「ちょっと、あんまりはしゃいでいると身バレするわよ」
リーンの忠告に、セシリアは焦った様子で「そ、そうだった!」ともう一度椅子に腰掛ける。そう、いまのセシリアの姿はセシルではなく、本来の女性の姿だった。いつもだったらカツラの中にまとめているハニーブロンドも背中に流しているし、胸もさらしを巻いていない。なにより服装が紺色のワンピースドレスだ。
どうしてセシリアはセシルの格好をしていないのか。
それは、今日はこれからギルバートとデートだからである。
……と言っても、アーガラム内で動き回ればセシルのことを知っている人間に身バレする危険性があるため、これから馬車に乗って少し遠くのオペラハウスまで行く予定なのだ。
ギルバートは二人が座っている席まで歩み寄り、セシリアに手を差し出してきた。
差し伸べられたその手にセシリアがそっと自分の手を重ねると、ギルバートは柔らかく微笑みながら彼女をそっと立たせてくれる。
「あーぁ、幸せそうな顔しちゃって」
「幸せですからね」
そんな余裕の返しをしてみせるギルバートに、リーンはどこか面白くなさそうな表情になる。しかし、そんな不満げな表情をしたのも一瞬のこと。リーンはどこまでも慈愛に満ちた表情で二人を交互に見た。
「楽しんできなさいよ」
「うん! じゃぁ、行ってくるね!」
セシリアとギルバートの二人は、並んで馬車を待たせている場所まで歩く。
外から見れば一ヶ月前と変わらない二人なのに、その関係が『恋人』に変わったというだけで、なんだかどうにも気恥ずかしい。
(これまでは、黙って歩いていても居心地が悪いなんてことはなかったのに……)
今日は、なんだかいつもよりそわそわとしてしまう。
そんな沈黙を先に破ったのはギルバートだった。
「俺を待っている間、リーンとなに話してたの?」
「え!?」
「また変なことでも吹き込まれた?」
ギルバートがリーンに持っている偏見に、セシリアは「吹き込まれていません」と唇を尖らせた。
「リーン、私たちがくっつくと思っていたって。だから、意外性がなくて面白くないって言ってた」
「へえ。俺たちがくっつくと思ってただなんて、ホントかなぁ? 答えがわかったあとの答え合わせなんて、いくらでも出来るからね」
「もぉ、ひねくれてるなぁ」
「だって、俺だって未だに信じられないのに」
そう言って、ギルバートはセシリアをのぞき込む。そうして、二人にしか聞こえない声を出した。
「セシリアと婚約できたって」
『婚約』という単語にセシリアの顔は一瞬にしてゆであがる。
そう、二人の婚約はもう内々的には決まっていた。
ただコールソン家がまだ落ち着かないのと、セシリアがオスカーと婚約破棄をしてからまだ間がないので正式に発表していないのだ。しかしながら、来年の今頃辺りには、二人の仲はもう公然のものとなる。
「でも、それもこれもギルの考えた筋書き通りなんじゃないの?」
「俺が考えていたのはね、セシリアにプロポーズ出来るように、堂々とコールソンの名を名乗れるようにすることだけだよ。――姉弟じゃ結婚もなにもないからね」
「そっか。じゃぁ、いろいろ予想外だったんだね」
「うん。でも一番の予想外は、セシリアがこっちを振り向いてくれたこと」
ぽつりとこぼされた一言に、セシリアは「え?」と目を瞬かせる。
「ほんと、夢みたいだ」
噛みしめるように静かに告げられたその言葉に、セシリアの頬が一気に熱を帯びる。
心臓の高鳴りに気を取られていると、ギルバートがぐっと顔を寄せてくる。
そうして、こう耳元で囁いてきた。
「ねぇ、キスしていい?」
「よ、よくありません!」
「ダメ? もう姉弟じゃないのに?」
「た、確かに姉弟じゃないけど! ここ、街中だよ!? というか、こういうの止めるのってギルの役割じゃないの?」
「じゃぁ、今度からセシリアの役割にしていいよ」
思った以上に押しが強い上に、気がつけばいつの間にか建物の陰に誘われている。だれにも見えないだろうその場所で、セシリアはギルバートと建物の壁の間に挟まるような形になっていた。
「だ、誰かに見つかったらどうするの?」
「見せつけてあげれば良いんじゃない?」
「は、恥ずかしいよ! そんなの!」
「恥ずかしがっている顔も可愛いよ」
ギルバートの顔がぐっと近づいてくる。
「好きだよ、セシリア」
そう言われてしまえば、もう全てがなし崩しだった。
「……私も」
消え入るような小さな声でそう言うと、ギルバートは柔らかく笑って、唇を一つ落としてきた。
ギルルート楽しんでもらえたでしょうか?
楽しんでもらえたのなら嬉しいな~
もし本になることがあったら、これの続きも少しだけ書きたいな!
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