11.「もうギルなんか知らない!」
「え、え、え、っと、ギルバートさん?」
「ティッキーと一緒に入ってきたときから気がついてたよ。どうやって話しかけようか迷っているうちに、あの人に捕まったからどうしようかと思ったけど」
顔に笑顔を貼り付けたまま、ギルバートはそう地を這うような低い声を出した。
ダンスのステップを踏むその足取りは軽やかなのに、二人の間に落ちる空気は酷く重い。心なしかセシリアの腰を支えるギルバートの手も先ほどより強くなっているような気がした。
「それで、どうしてこんなところにいるのかな? もしかして、ティッキーにそそのかされた?」
「そそのかされてなんか! 確かに招待状を持ってきてくれたのはティッキーだったけど、私はギルと話がしたくて……」
「随分とティッキーと仲良くなったんだね。俺がいない間に」
「ギル、もしかしてちょっと怒ってる?」
「怒ってはないよ。……妬いてるけど」
突然放たれた『妬いている』という単語にセシリアは目を丸くする。
けれど、驚きよりもわずかに拗ねたような気持ちが勝り、セシリアはギルバートから視線を外しつつ、唇をとがらせた。
「側にいてくれないのに、ヤキモチは妬くのね」
「いないからヤキモチを妬くのかも」
「側にいたら妬かないの?」
「いたら近づけさせないからね。妬くときがないよ」
さらりと放たれた言葉の甘さに、セシリアは唇を引き結ぶ。
どう反応すれば良いのか散々迷って、けれども今はそんなときじゃないとかぶりを振った。
セシリアは重なっている彼の手をぎゅっと握る。
「あ、あのね、ギル、やっぱり帰ってこない? 生家が大事なのはわかるけど、私やっぱりギルがいないと――」
「あんな家、どうでも良いよ」
冷たく放たれた言葉に「え?」とセシリアは呆けたような声を出した。
「どうでも良い、あんな家。五歳の時に捨てられた家なんて家じゃないよ。それなら、シルビィ家の方が俺にとってはよっぽど生家だ」
「それなら――」
「だけど、今は戻れない」
「なんで――」
「次戻るときは、もう少し違った形で戻りたいからさ」
「次?」
「そのためにもここで出来ることをしないとね」
ギルバートが何を言っているのかわからない。言葉としては理解できるのに、意味がまったく入ってこない。
「ギル。私、ギルが何を言ってるか、全然わからないんだけど……」
「今はわからなくてもいいよ」
「でも!」
「また、ちゃんと教えるからさ」
その『また』はいつになるのだろう。
セシリアは縋るようにギルバートを見上げた。
ギルバートは時々セシリアにこういうことをする。
優しいのに、彼女を遠ざける言葉を使う。
『わからなくてもいい』『知らなくてもいい』『あとは自分がなんとかしておくから』
いつだって危険なもの全てからセシリアを遠ざけて、全てを自分一人で終わらせようとする。汚いもの全てを見せないように目隠しをする。
それはきっとギルバートの『想い』からきている行動だ。そして自分は今までそれを甘受してきた。何も考えることなく。
(わかっている。すごく、感謝もしている)
けれど、今は――
(寂しい)
その気持ちの方が勝っていた。
セシリアはギルバートにぐっと身を寄せる。
「わ、わからないままじゃ嫌だよ。わからないままだったら、ギルを止めることも出来ないでしょう?」
「そんなに俺に側にいてほしいの?」
「それは……」
そんな風に言われるとは思ってなくて頬が熱くなり、言葉が詰まる。
けれど、セシリアは
「それは、そうだよ。ギルにはずっと今まで通り、一緒に――」
「俺は嫌だな」
「え?」
「今まで通り一緒に、じゃいやだ」
「なんで――」
「本当にわからない?」
そう優しく問われた言葉よりも、絡んだ視線で理解した。
こんな風に砂糖よりも甘ったるい視線を向けられて『わからない』なんて、とても言えない。
(それじゃ、いきなり帰ると言い出したのって――)
「とりあえず、このダンスが終わったら帰ろうね」
突然告げられた言葉に、セシリアは「え!?」と声を上ずらせた。
驚くセシリアに、ギルバートは優しく微笑む。
「こんな危ないところ、セシリアが来るべきところじゃないよ」
「危ないならギルだって――」
「俺はいいの。セシリアは帰って」
「なんで?」
「なんでも」
「い、嫌よ。私、帰らないから!」
「今日はそういうワガママはなし。危ないから絶対に帰って」
「じゃぁ、どう危ないのか、説明してよ!」
「それは……」
「どうして、ギルはいつも私に何も言ってくれないの!?」
先ほどの不満が堰を切ったように爆発した。
「ギルから見て、私って頼りないかもしれないけど。もうちょっと色々話したり、頼ってくれたりしてもいいじゃない!」
「なにいってるの。頼ってるよ」
「頼ってないよ!」
その声はそれまでのものより大きく、そして強ばっていた。
セシリアはステップを踏んでいた足を止める。
「セシリア?」
ギルバートが何かを言いかけたそのときだった。ギルバートの父親であるハリーが彼のことを手招きしているのが目の端に入る。ギルバートもそれに気がついて顔をそちらに向けた。
その隙を縫うように、セシリアはギルバートの身体を押した。
「もうギルなんか知らない!」
「ちょっ――!」
感情のままにそう言って、セシリアはギルバートの前から走って消えるのだった。
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