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8.「私、もう一度だけ話し合いたい」

 身支度を終え、セシリアが中庭に向かったときには、もうその人物は優雅に紅茶を飲んでいた。中庭に置かれている円卓でくつろいでいた彼は、走ってきたセシリアを見つけ片手を上げる。


「よお!」

「ティッキー!? ……なんでうちに?」


 気軽な様子で挨拶をしてくる彼に、セシリアはひっくり返った声を上げた。先ほどまでの憂鬱な気分は消え去り、ただただ彼女は驚きに目を瞬かせる。

 そんな彼女を見て、ティッキーはやっぱり不遜な態度で足を組んだ。


「なんでって、お前が昨日のことを報告しに来ねぇから、わざわざ俺が出向いてやったんだろうが」

「あ。それは、ごめんな――」

「まったく、使えねぇ女だな。お前は!」


 素直に謝ろうと思っていたところでそう言われ、セシリアは思わず頬を引きつらせた。ギルバートの実兄なのにもかかわらず、彼は驚くぐらい人の神経を逆なでするのがうまい。

 セシリアはこみ上げてきた怒りを飲み込んで、とりあえずといった感じでティッキーの正面にある椅子に腰掛けた。すると、すぐさま使用人がセシリアの分の紅茶も淹れてくれる。

 それに礼を言って、セシリアは彼女を下がらせた。

 昨日のことはあまり人に聞かれたくなかったからだ。

 ティッキーもそれをわかっているのか、使用人の姿が見えなくなったのを確認してから、話を切り出してくる。


「で、ギルバートとは少しぐらい話せたのかよ?」

「まぁ、一応……」

「一応、ねぇ。だけど、その表情を見る限り、どうやら追い返されたみてぇだな」

「はっ。なっさけねぇ」と馬鹿にするように笑われてさすがにカチンときた。


 しかし、追い返されたのも情けないのも事実なので、セシリアはなにも言い返せず、視線をさげる。そんな彼女の様子に気づくことなくティッキーはさらに言葉を続けた。


「どおりであの抜け道も塞がれているわけだ」

「塞がれてる? ど、どうして!?」

「どうしてもこうしても、ギルバートが塞いだに決まってるだろ? もう会いたくねぇって、意思表示じゃね?」

「そんな……」


『会いたくないという意思表示』と言う言葉に息が詰まった。心臓がえぐれる痛みがして、セシリアは肩を落とした。見るからに小さくなった彼女に、ティッキーの眉間に皺が寄る。


「そんな顔するなよ。俺の方が嘆きたいぐらいだってーのに。貴重な抜け穴塞がれたんだからな。あんなに意気揚々と出て行ったのに、結果がこれとか。マジ笑えねぇ」

「それは、ごめんなさい」


 セシリアが頭を下げると、微妙な沈黙が二人の間に落ちた。

 ティッキーはそんな彼女をしばらくじっと見つめたあと、表情をこれでもかと歪ませる。そして、なぜだか少し焦ったような声を出した。


「あぁ、もう! なんでそこで落ち込むんだよ! 言い返せよ! 前に会ったときはもっといけ好かない女だっただろうが!」

「だって……」

「あああああ! そういう顔するな! 俺がいじめているみたいじゃねぇか! 捨てられた子犬か、お前は!?」


 調子の違うセシリアに困惑しているのだろう、彼は頭をかきむしる。

 その様子を見るに、昨日の今日でセシリアがここまで落ち込んでるとは思わなかったのだろう。


「ったく! わかった、わかったから! これやるから、もうそういう顔をするな!」


 そう言ってティッキーが懐から出したのは一通の黒い封筒だった。

 差し出してきたそれを受け取りつつ、セシリアは「……これは?」と首をかしげる。


「可哀想なお前への土産だよ。本当はもうちょっと、もったいぶってから渡したかったんだけどな」


 セシリアは封筒を開ける。中に入っていたのは長方形の紙が一枚だけだった。なにかの招待状のように見えるそれを、セシリアはまじまじと見つめる。


「これは?」

「親父がよく行ってる、カドリ伯爵が主催する夜会の招待状だよ」

「カドリ伯爵……?」


 セシリアは首をかしげた。カドリ伯爵は知っているが、彼が夜会を開いているというのは、あまり聞いたことがなかったからだ。


「この夜会、誰でも行けるってわけじゃなくって、紹介制でさ。ある一定額の寄付をしている会員の紹介がないと入れないんだよ。それが、どんな高位の貴族でもな。逆を言えば、紹介さえしてもらえれば、どんな平民でも夜会に参加することが出来る。これは、その紹介した人間にだけ渡される紹介状だ」

「ティッキーは、これをどうしたの?」

「うちの親父は、その夜会の会員だからな。家を出る前にくすねてたんだよ」

「くすねてきたって……」

「何かに使えるかもしれないと思ってな」


 ティッキーはそう言って、いたずらっ子のように笑う。

 セシリアはもう一度招待状に視線を落としつつ、首をかしげた・


「それで、どうしてこれが私へのお土産になるの?」

「どうやら、次の夜会にギルバートも行くらしい」

「え!?」

「ここ、親父のお気に入りの場所でさ、ニコルもよく行ってたんだよ。多分、後継に据える人間はつれていってるんじゃねぇか? ……ま、俺は行かせてもらったことなかったけどな」


 ティッキーはセシリアの持っている招待状を人差し指で差した。


「つまり、その招待状を使えば、お前はもう一度ギルバートに会えるってわけだ」

「ギルに?」


 セシリアは招待状をじっと見つめる。夜会となれば、昨日よりももう少し話す機会があるかもしれない。


(だけど……)


 会いに行ったとして、ギルバートの決意は変えられないだろう。育ったシルビィ家よりも生家がいいというのならば、それはもう仕方がないことだ。両親と同じように遠くから彼の幸せを願う事しかできない。


(もちろん、もう一度話したいって気持ちはあるけど……)

「ま。使うにしても、気をつけろよ?」


 セシリアの表情をどう取ったのか、ティッキーはそう忠告をしてくる。


「え?」

「あんまりいい噂を聞かない夜会だからな。王家の人間が目を付けてるって噂もあるし、危険な取引なんかも行われているって話もある」


 その言葉に、セシリアは全身の毛が逆立つ思いがした。


「それって、ギルがそれにかかわってるって事?」

「そういうわけじゃねぇよ。まぁ、親父が取引にかかわってるなら、今後はそういうことになるかも知れねぇけどな。でもまぁ、さすがにねぇだろ」

「でも、ギルが危険なことには変わりないわよね……」

「まぁ、そうだけど」


 セシリアはしばらく考えたあと、招待状を胸に抱きしめた。


「ありがと、ティッキー。私、行ってみる」

「そうかよ」


 ギルバートが何か危険な目に遭いそうなら、自分が助けたかった。


(それに、やっぱり――)

「私、もう一度だけ話し合いたい」


 家に戻ってくれなくてもいい。だけど、彼の『生家でやりたいこと』というものがなんなのかは聞いておきたかった。


(だって、なにもわからないままじゃ、私も前に進めない)


 セシリアの様子に、ティッキーはどこかしらけた様子で「そうかよ」と口にする。


「それなら、せいぜい頑張ってギルバートをあの家から引き戻してくれよ。そうじゃないと、俺の戻る場所がないからな」

「戻ってくれるかどうかはわからないけど、できるだけ、がんばってくるね」


 セシリアがそう頷くと、ティッキーの顔はしかめっ面のまま朱に染まる。


「ねぇ、ティッキー」

「なんだよ」

「頑張るついでに、一つお願いしたいことがあるんだけど、いい?」

「お願い?」


 首をかしげたティッキーに、セシリアは思い切ってその願いを口にした。


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