7.「セシリア様にお客様がお見えです」
『こんな風に世界が、俺たち二人だけになっちゃえばいいのにね』
多分、ずっとそれだけを願ってきた。
世界なんていらない。家族も友人も、別にないならないで構わない。
最初から何も期待していない。誰にも、自分にも。
彼女だけいれば、自分の世界は完結できる。それでいい。それしかいらない。
ずっとそう思ってきた。願ってきた。
でもそういうところが――
「俺に足りないところなんだろうな」
セシリアを送ったその足でギルバートは部屋に戻りつつ、そうこぼす。
どれだけ二人っきりを願っても、世界を閉じようとしていても、生きていくためには世界は広がってないといけないし、きっと彼女がそれを望まない。
籠の鳥が似合わない人を、籠の中に入れようとしても勝手に抜け出そうとするような彼女を、好きになってしまったのだからしょうがない。
どこまでも自由に振る舞っている彼女が好きだ。生き生きと天真爛漫に笑っている彼女が好きだ。だけど、その奔放さをただただ見守る事はできない。そういう器量や度量を持ち合わせて生まれてこなかった。いつか彼女が自分の元へ帰ってくるだろうと、鷹揚に構えている人間には育てなかった。
自分はどうやっても彼女を囲いたい人間で、自分の手の届く範囲から離したくない。
彼女がどこかへ行ってしまうと考えるだけで耐えられないからだ。
それなら、彼女が囲われていると気づけないぐらいの、大きくて安全な囲いを作ればいい。
(そのためには――)
「ギルバート、こんなところにいたのですか」
その声が聞こえて、ギルバートはいつの間にか下がっていた視線を上げた。すると、部屋の窓から顔を出した彼の生みの母親がこちらを見て眉をひそめている。
「お父様がお待ちですよ」
「わかりました」
ギルバートは人好きのする薄い笑みを貼り付けて、そう返事をした。
..◆◇◆
ギルバートにコールソン家から追い返された翌日、セシリアは布団の中で小さくなっていた。朝餉の時間はとうに過ぎ、使用人たちも、母親も、何度も彼女の事を心配して何度も様子を見に来てくれていた。しかしながら、どうにもベッドから出る気になれずセシリアは今日何度目かわからない寝返りをベッドの中で打った。
『セシリア、迎えに来てくれてありがとう。嬉しかったよ』
『俺はここでやらなくちゃならないことがあるから、ごめんね?』
脳裏に蘇ってきた声に、セシリアはぎゅっとクッションを抱きしめる。
(よく考えたら、私、ギルにあそこまで拒絶されたの初めてかもしれない……)
今まで彼に伸ばした手を、振り払われた事なんてなかった。
セシリアの『お願い』を、彼があそこまで『無理』だと断じたこともない。
「そう考えたら私、ギルに甘やかされてたんだなぁ」
リーンからも言われていたけれど、あまりにも自然に甘えていたから、こうなるまで彼がどれだけ自分に甘かったのか気がつかなかった。どれだけ無茶なことを言っても、突飛なことを言っても、彼は『どうやったらセシリアの願いが叶うのか』を常に考えてくれていたし、セシリアがどうやったら喜ぶかを考えて、いつも先回りしてくれていた。
「なさけないなぁ」
本当に情けないのは、ギルバートがコールソン家に戻ったあとのことを想像出来ないことだった。
昨日のギルバートの様子を見るに、彼の意思は硬そうだった。そんな彼をひき止める権利などセシリアにはない。
つまり、これからセシリアの側に、ギルバートはいないのだ。
(私、それに耐えられるのかな……)
いつだって一緒にいるのが当たり前だった。彼に出会ったときから、これまでずっと。
前世を思い出してから、すぐに男装をして学院に入ることを考えていたので、セシリアは同世代の友人を作ることができなかった。万が一、同じ学院に通うことになったら困るからだ。そんなセシリアの側にいたのは、いつもギルバートだった。嬉しいときも楽しいときも、もちろん悲しいときも、隣にはいつも彼がいた。学院に通うようになってからも、一番長い時間を過ごしていたのはギルバートとだったし、頼っていたのは彼だった。
(どうやったら、ずっとギルと一緒にいられるのかな)
『それにまぁ、結婚の事を考えれば、こうなるのも致し方ないしな……』
(それこそ、結婚までしちゃえば、ずっと一緒にいられるのかな)
蘇ってきた父親の言葉に引っ張られるようにして、セシリアの頭にそんな考えがよぎった。
瞬間――
ぼん
と音を立てて、セシリアの頭が爆発する。
それと同時にセシリアは布団から飛び起きた。そうしてそのまま頭を抱える。
いきなり急上昇した体温と、動かなくなった頭に、ちょっとめまいがした。
(ギルと結婚なんて、考えたことなかった……)
だって、そんなの当たり前だ。これまで二人は家族として生きてきて、姉弟として時を重ねてきたのだ。姉弟に対してそんな考えを持つはずがない。少なくもセシリアの中ではそうだ。
「あれ、でも……」
セシリアはふと固まった。
「私の中で、ギルって、姉弟なのかな」
姉弟だと言ってきた。そういう風に接してきた。だってそれは立場上そうだし、戸籍だってそうだ。けれど、セシリアはギルバートのことを生まれる前から知っている。ゲームの中の彼だが、知っている。血のつながりがない本当の姉弟じゃないこともわかっているし、彼の気持ちだって――
『こんな風に世界が、俺たち二人だけになっちゃえばいいのにね』
そう言った彼の気持ちを気持ち悪いとは思わなかった。嬉しいと、思ってしまった。
けれどそれは向けられた気持ちに対するものなのか、自分も同じ気持ちを持っているからなのかは、わからない。
少なくとも……
(ギルはまだ、私のことが好きなんだよね)
恋愛相手として。
心臓の音が段々と大きくなっていく。
もう少しで、自分の中にある何かに気がつきそうだった。
◆◇◆
そんな風にセシリアが自分の気持ちに向き合っている時
「大丈夫かしら、あの子……」
セシリアの母親であるルシンダは、頬に手を当てつつ、そう溜息をついていた。
彼女の隣にいるのは父親のエドワードで、二人は夫婦の部屋でセシリアの部屋がある方を見つめている。
「昨日はやっぱりギルに会いに行ったみたいだな」
「会えなかったのかしら……」
「まぁ、突然訪ねていって会えというのも乱暴な話だろう」
「……そうよね」
「あの調子では学院に帰るのは少し先の話になるかもしれないな」
「セシリアはギルにべったりだったものね。突然のことについていけないわよね」
愛娘の落ち込みように、二人は互いに寄り添いながら、心配そうに眉根を寄せる。
そんな時、突然扉がノックされた。エドワードがそれに応えると、屋敷の使用人が、なぜか困惑したような表情を浮かべつつ、部屋の中に入ってくる。
「お話中すみません」
「どうかしたのか?」
使用人はやっぱり言いにくそうに視線を泳がせたあと、どこか意を決したようにこう口にした。
「あの……、セシリア様にお客様がお見えです」
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