5.「ごめん、来ちゃった」
それから二人の乗った馬車は、再びコールソン家に向かった。
数時間前に置いていたところに馬車を止め、まずはティッキーが馬車から降りる。
そうして、セシリアだけが馬車に残り――
「お前、すごい変わりようだな……」
十数分後、彼女は準備をして馬車から降りてきた。
その姿を見て、ティッキーは何度も目を瞬かせる。
彼女の姿を上から下まで何度も往復するティッキーの顔には、驚きと困惑と戸惑いと物珍しさが入り交じっており、彼はセシリアの周りをぐるぐると回りながら、感心したように「はぁー」と口元に手を当てた。
「いや、マジで男に見えるもんだな」
驚きを隠せないといった感じのティッキーに、セシリアは「あはは……」と苦笑いを浮かべる。
そう、セシリアはセシルになっていた。
外出用のワンピースは脱ぎ捨て、パンツとシャツのラフな男装姿だ。長い髪も地毛で作ったカツラの中に収めており、それはもうどこからどう見ても、いつもどおりのセシルだった。
セシリアがセシルになった理由。それは単純に、コールソン家に侵入した際、万が一見とがめられたとしても、セシリアだと気づかれないようにするためである。
もちろん捕まってしまえば、変装は解かれ、侵入してきたのはセシリアだとわかってしまうだろうが、捕まらなければセシルのシルエットを見てセシリアを思い浮かべる人物はほとんどいない。それこそギルバートぐらいだろう。
(備えあれば憂い無し、よね!)
こんな時のため――というわけではないが、男装の衣装を持ってきていたのが幸いした。
ようやく男装姿に目が慣れてきたのか、セシリアの周りをぐるぐると回っていたティッキーは足を止め、彼女に向き直った。
「でもま、確かに着替えるのはいい案だな。さっきの服よりもそっちの方が動きやすそうだし!」
「でしょ?」
「それにしても、お前、妙に手慣れてるよな」
思いがけない言葉に、セシリアは「へ!?」と声を上ずらせた。
「男装衣装がをもともと持っていたこともそうだし、お前ひょっとして日常的に――」
「や、やだなぁ。初めてに決まってるじゃん!」
ティッキーの言葉を遮って、セシリアは焦ったようにそう言う。
そんな彼女の行動にティッキーはますます怪訝な顔になった。
「じゃぁ、なんでしゃべり方まで変わってるんだよ」
「え、えっと。お、俺は……」
「そんな自然に一人称もかわらねぇだろ。普通」
一人称まで指摘されて、セシリアはとうとう口をつぐんだ。言いたいことはたくさんあるが、これ以上口を開くと余計にボロが出てしまいそうだったからだ。
黙ってしまったセシリアのことを、しばらく訝しげな表情のまま見ていたティッキーだったが、やがて「まぁ、いいや。別に俺には関係ねぇし」と諦めてくれた。
「それにしても、本当にお前自身が行くのか? 他の人間に代わりに行ってもらう方が良いんじゃないのか?」
その言葉にセシリアは首を振った。
「お父様とお母様は静観の立場だからこんなことには協力してくれないよ。それに、人づてじゃなくて、俺は――私はちゃんとギルと話したい」
その言葉に、ティッキーは仕方がないといった感じで息をつく。
「言っておくけど、俺は屋敷にまでは入らないからな。俺は面が割れてるし、入ったところが見つかったら、謝るどころの騒ぎじゃなくなっちまう」
「うん、大丈夫。万が一見つかっても、ティッキーの名前は言わないから安心して!」
「お前な……。まぁ、いいか」
ティッキーは呆れたように息をついたあと、側に落ちていた枝を拾い、地面に絵を描き始める。それは屋敷の見取り図だった。屋敷だけでなく庭の方も描いてあり、彼はその一角に彼はじゃりじゃりと円を書いた。
「いいか? ここが俺の言っていた抜け道だ。ここまでは案内してやる。お前はこの穴から屋敷の敷地内に入り、ここをまっすぐ進むんだ。こっちの道は近道に見えるが通るなよ? この辺りは使用人のたまり場になっているんだ。絶対にこっちの道だ。わかったな?」
「うん!」
「ここを抜けたら、屋敷の裏手側に出る。あとは木の陰に隠れながら進むと、ここがギルバートのいる部屋だ。一階だから、窓から様子もうかがえる」
「ギルの部屋? この家にもギルの部屋があるの?」
「元々は、俺の部屋だよ。俺が出て行った後に、アイツが入ったんだよ」
忌々しそうにティッキーはそう言う。きっとセシリアと会う前にその辺りは一通り確認したのだろう。
二人は馬車から離れて、ティッキーの案内で屋敷の外壁に近づく。案内された外壁の反対側は森になっており、ここに隠れていれば誰にも見つかることはなさそうだった。
ティッキーはレンガ造りの壁の一部に指を掛ける。そうしてぐっと力を入れた。
すると、ぼこり、と壁の一部が外れる。劣化によってできたのだろうその穴は、女子こどもか、細身の男性ぐらいしか通れなさそうな大きさだった。
セシリアは準備運動を始める。屈伸をして手足の腱を伸ばし、彼女はどこか気合いの入った声を出した。
「それじゃ、いっちょ、行きますか!」
「お前、楽しそうだな」
「まぁ、くどくど悩むより、こっちの方が性に合ってるからね! あ、私があっち側に行ったら、ティッキーは帰っていいからね。ここに一人で立ってるところ見られたら変に思われちゃうだろうし、私もどのぐらい時間がかかるかわからないからさ。あ、馬車はさっきの使っていいからね」
「使わねぇよ。俺は俺でこの近くに馬車を待たせてあるからな。それに、お前に言われなくても最初から帰るつもりだ。こんなところに長居なんかできるわけないからな」
「そっか。良かった!」
ティッキーの嫌みったらしい言葉にセシリアはそう笑ったあと、穴に手を掛けた。しかしそこで「あぁ、そうそう」とティッキーを振り返る。
「ティッキー」
「んだよ?」
「ありがとうね! すごく助かった!」
セシリアのお礼にティッキーは面食らったように目を丸くする。
そして、どこか嫌そうな顔で「……おう」と返事をした。
セシリアはその顔を見た後、にっこりと笑い、這いつくばるような格好で壁の向こう側に入っていく。
「……なんなんだよ、アイツ」
そのティッキーのつぶやきは、壁の向こう側に消えたセシリアには届かなかった。
そして、頬に差したわずかな朱も――
壁の穴から屋敷の敷地内に侵入したセシリアはティッキーに言われたとおりに進む。すると、すぐに彼が言っていただろう屋敷の裏手側につく。セシリアは言われたとおり木の陰に隠れながら進み、ティッキーの言っていたギルバートの部屋だろう場所にたどり着いた。
ギルバートの部屋だとされているところには、背の高い掃き出し窓があり、セシリアはそこから部屋の中を覗いた。
「誰も、いない?」
(もしかして、部屋、間違えたかな……)
セシリアは部屋の中を見回す。
すると、部屋の隅に見覚えのある鞄がある事に気がついた。
(あれは、ギルの! ……やっぱりこの部屋にいるんだ)
そう確信した瞬間、奥にある扉が開いた。セシリアはとっさに身を隠す。
壁に背中を付けていると、誰かが侵入する気配がして、バタンと扉が閉まる音がする。
セシリアはそっと顔を覗かせた。
すると、そこには――
「ギル!」
思わず声を出してしまい、セシリアは慌てて両手で口を閉じる。
ギルバートは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、左右を見渡して、窓に歩み寄ってきた。そして、窓を開け放つ。
「セシ、リア……?」
ギルバートはまるで信じられないものを見るような目でこちらを見下ろしている。
そんな彼に、セシリアは苦笑を向けた。
「ごめん、来ちゃった」
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