4.「絶対にギルバートを連れ戻せよ?」
またまた、忘れておりまして遅刻です!
数話まとめて投稿しておりますので、次週からは遅れないかと!
よろしくお願いします!
翌日――
「……来ちゃった」
セシリアは背の高い門扉を見ながらそう呟いた。鉄製の門扉の奥には、シルビィ家にも負けないぐらい広い庭と、門扉と同じ色の屋根を持つ大きな屋敷が広がっている。
基調としているいろが黒だからか、シルビィ家ほどの華やかさはなく。けれども重厚感はセシリアが知っているどの邸宅よりもあるように見えた。
そこは、コールソン家の屋敷だった。
昨日の両親の言い分で納得できなかったセシリアは、今朝早くに屋敷を抜け出し、ここに赴いたのである。
(いやだって、待てと言われて待てるわけないし……)
セシリアは門扉を見上げる。
ここに来るときに使った馬車は家の馬車ではなく、街で拾った辻馬車だ。御者には、一応近くで待機をしてもらっている。
「でも問題は、どうやってここに入るかよね」
正面から訪ねていったって、約束も取り付けていないこの状態では追い返されるのがオチだろう。それにもし、ギルバートが無理矢理家に連れ戻されていたとするならば、余計に態度は頑なかもしれない。
「ダメ元で、突撃してみる? いやでも、一度訪ねていったら警戒されちゃうわよね」
セシリアが門の前でそう厳しい顔をしていると、不意に背後に気配を感じた。
それと同時に、どこか聞き覚えのある声も――
「お前は……」
「え?」
セシリアは振り返り、そこにいた人物に目を丸くした。
「……ティッキー?」
ギルバートの実兄であるティッキー・コールソンは、嫌悪を顔に貼り付けたまま、警戒心丸出しの唸るような声を出した。
「お前、こんなところで何してるんだよ……」
「最初に会ったときから思ってたんだが、お前はもうちょっと自分の立場ってものを理解した方が良いと思うぞ?」
ティッキーにそう忠告されたのは、セシリアが乗ってきた馬車の中だった。箱の対角線上に座る両者の間には微妙な空気が流れており、会話はあるが雰囲気が良いとは言えない。
馬車には適当に街中を走らせており、カーテンを閉めている二人の姿は誰にも見えなかった。
「シルビィ家の令嬢が供も付けずに一人であんなところにいるって、言っておくが正気の沙汰じゃないからな。見つけたのが俺だったから良かったものの、変な奴だったらどうするつもりだったんだよ」
以前にも増して不遜な態度でそう言う彼に、セシリアはいやいやながらも「すみません」と謝る。彼に怒られるのは癪だったが、言っていることは至極まっとうだったからだ。
セシリアだって最初は家の馬車でコールソン家に向かおうと思っていたのだ。しかし、父親はギルのことを『放っておけ』と言っていたし、頼んでも断られると思ってしまったのである。なので、供はいないし、護衛もいない。
手紙だけは残してきたので誘拐だとは騒いではいないだろうかが、帰ったら大目玉を食らうことは覚悟していた。
殊勝な態度で謝るセシリアに気を良くしたのか、ティッキーはそれからも一人くどくどと文句を言っている。それを半分聞き流しながら、セシリアはちらりとティッキーを見た。
(でもさすが、指摘する箇所がギルとそっくりよね……)
「聞いてるのかよ。このアホ女」
(言葉遣いはかなり悪いけど……)
額に青筋を立てつつ、セシリアはなんとか怒りを飲み込む。ここで事を荒げてもいいことはなにもないし、彼の態度も以前よりはどこか柔らかい気がしたからだ。
けれど、やはり、いわれっぱなしも性に合わない。
セシリアはティッキーの言葉と言葉の間を縫うようにして口を開く。
「ご忠告、ありがとうございます。……それで、家から縁を切られたはずの貴方がどうしてあんなところに?」
痛いところを突かれたのか、ティッキーはぎくりと身体を跳ねさせた。
「そ、それは……」
「家を出られた今は、地方にあるコールソン家の屋敷に身を寄せていると伺いましたが?」
「別に、お前には関係ないだろ?」
その言葉にセシリアが「そうですね」と頷くと、ティッキーはほっとした用に身体の力を抜いた。そんな彼にセシリアは微笑みかける。
「それならば、本日のお礼はコールソン家の方々に直接お伝えますね」
「は?」
「親切にもこうして声をかけていただいたんですもの、家を通じて経緯とお礼の方を――」
「わ――!! やめろやめろやめろ!!」
よほど近くを彷徨いていた事をばらされたくないのか、ティッキーは思わずといった感じで立ち上がった。その表情はかなり引きつっている。
セシリアはそんな彼の表情を見上げながら、珍しく淑女の顔をした。
「何か事情があってコールソン家の周りをうろついていたということでしたら、お礼を言いたい気持ちをぐっと堪えて、全てを私の胸に留めておくことも出来ますが?」
「おま……」
ティッキーは頬をひくつかせたあと、何かを諦めたような表情を浮かべ、席に着く。
「お前、どこまでもかわいげがねぇ女だな」
「ありがとうございます」
ティッキーはしばらく言葉を選ぶように視線を彷徨わせたあと、口を開く。
「謝りに来たんだよ」
「え?」
「親父と母さんに、改めて謝りに来たんだよ。迷惑かけてすみませんでした、ってな」
「ティッキー……」
思ってもみなかった素直な言葉に、セシリアは思わず感動したような声を出した。
しかし、その感動も一瞬のものだった。
「だけど訪ねる前にやめたんだよ。ギルバートが帰ってきてるってわかったからな」
「え?」
「ニコルが倒れたって聞いて、今がチャンスだと思ったのによ! むしろ向こうから額をこすりつけて『帰ってきてほしい』って懇願されると……」
つまり、心から悪いと思って謝ろうと思ったのではなということらしい。
セシリアはがっくりと肩を落とす。
「貴方ってば、やっぱりそういう性格よね……」
「んだよ! 悪りぃかよ!」
完全に輩の口調で、彼は唇をとがらせる。
そのまま彼は足を組み、馬車の背もたれに身体を沈めた。
「別に俺は今のままでもいいんだよ。金はもらえるし、家に近寄らなけりゃ遊んでても何も言われないしな。……でも、いま俺が頑張らねぇとダメだろ。いつかベルナールが戻ってきた時に、アイツが頼れる場所になっておかないといけねぇからな」
久しぶりに聞いた『ベルナール』という名前と思わぬティッキーの言葉に、セシリアは驚いた表情のまま固まってしまう。
その視線に気がついたのか、ティッキーは歯をむき出しにして怒りだす。
「言っておくがなぁ! 俺は、アイツをいじめてたつもりなんてねえんだからな! 確かに俺は周りに当たり散らしてたけど、それはアイツだからってわけじゃねぇよ! 誰にだって俺はそうするんだ! たまたまアイツが一番側にいたってだけで! それに、アイツは一言だって嫌っていわなかったんだよ! いっつもヘラヘラと笑ってたし! だから、俺はアイツとは友達のつもりで――!」
ティッキーは何かを堪えるように言葉を呑んだ。
「別に、アイツが俺と二度と会いたくないってなら、それはそれで構わねぇよ。ただ、会いたくない俺に会ってまで、助けてほしいって頼み込んできたアイツのことを、助けてやれない男にはなりたくなかったんだよ」
「もしかして貴方……」
「んだよ?」
「そんなに悪い人じゃない?」
「うるせぇよ!」
がなるようにそう言って、彼は足を組み替える。
耳が赤いように見えるのは見間違いではないだろう。
「で、お前は何しにあんなところにいたんだよ」
「それは……」
「もしかして、ギルバートを迎えに来たのか?」
今度はセシリアがぎくりとする番だった。
ティッキーは先ほどとはうってかわったように落ち着いた表情でこちらを見る。
「ま、正面切って会いに行かなくて正解だよ。うちの母親さ。お前、というか、シルビィ家のことあまりよく思ってないからな。あのまま直接会いに行ってたら、追い返された上に何らかの抗議文がシルビィ家に届いてたぜ? きっと」
「そう、なのね」
「うちの母親。シルビィ家のこと舐めてるつーか。格下に見てるつーか。なのに、お前が殿下の婚約者に選ばれただろ? だからもう、嫉妬がすごくてさー。その上――」
セシリアはその言葉をどこか他人事のように聞いていた。
頭の中を巡っているのは『どうやってギルバートに会えばいいのか』ということだけだ。
そんな彼女の感情を表情から読み取ったのか、ティッキーは不敵な笑みを浮かべ、こう問いかけてきた。
「協力してやろうか?」
「え!?」
「ギルバートに会うのに協力してやろうかって聞いてるんだよ。協力つっても、間を取り持つとかは出来ねぇぞ。俺が教えてやれるのは、あの屋敷の入り方だけだ」
「屋敷の入り方?」
「内緒の入り口があるんだよ」
ティッキーはそう言って唇を引き上げた。その表情はどこか自慢げに見える。
「子供の頃に使っていた、両親も知らない秘密の隠し通路があるんだよ。今日だって使って屋敷の様子を見てきたからな。まだ現役で使えるぜ」
「どうして、そんなこと教えてくれるの?」
「さっきも言っただろ?『ニコルが倒れた今がチャンス』だって。俺の目的のためにも、今ギルバートに戻ってきてもらうのは困るんだよ。お前が連れ出してくれるならそれが一番面倒がないからな」
つまり、セシリアがギルバートを連れ出せば、今度こそティッキーに当主のお鉢が回ってくるということらしい。
ティッキーらしいしたたかさに感服していると、彼はそのままの調子で愚痴り出す。
「しかし、ギルバートが俺たちの周りを嗅ぎ回っていたのは、親父に取り入るためだったとはなー。俺はてっきり、ニコルのあのネタの証拠でも掴んだと思ってたのによー」
「どういうこと?」
「前に俺が、『ニコルをどうにかできる情報があるんじゃないか』って、ギルバートにつっかかっていったことは覚えてんだろ?」
「あったわね。そんなこと」
あれはティッキーと初めて出会ったときのことだ。コテージでギルバートと再会したティッキーは、しきりに『ニコルをどうにかできる情報を掴んでいるんだろう?』とくってかかっていた。
「ニコル、変な薬に手を出してるんじゃないかって噂があるんだよ」
「薬?」
「アイツは確かに昔から病弱だったが、頭までおかしいやつじゃなかった。おかしくなったのはここ一、二年の話だ」
「おかしくって、どんな風に?」
「なんて言えばいいのかな。頭に穴が空いたみたいになるときがあったんだよ。ぼーっとしてるっていうか、目の焦点が合わなくなるというか。色んなもんが全部頭から抜けて、俺たちとは違うもんが見えてる、みたいな? 正直な話、今回倒れたのだって、噂の薬に手を出したからじゃないかって、俺は疑ってるぜ」
「薬って……それって犯罪じゃない?」
ティッキーは『薬』とぼかしているが、その前には『禁止されている』がつくのは明白だ。王家が国で使用を禁止している薬はいくつかあるが、そのどれにかかわっていたとしても軽い刑ではすまされない。
「証拠なんてなにひとつないし、噂は親父が片っ端からもみ消してるからな。だからこそ俺は、ギルバートがその証拠を掴んだんだと思ってたんだけど。とんだ見当違いだったな」
ティッキーは息を吐きながら「まぁいいや」と呟く。
そうして、瞬き一つで表情を好戦的なものに変え、ぐっとセシリアの方に身を寄せてきた。彼はセシリアの鼻先に人差し指を突きつける。
「とりあえずお前には屋敷の抜け道を教えてやる。その代わり、絶対にギルバートを連れ戻せよ?」
「わ、わかったわ!」
セシリアはその言葉にしっかりと頷いた。
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