3.「いなくなったりしないって言ったのに……」
すみません! 更新忘れておりました~!
一時間の遅刻! 申し訳ないです!
「まさか、あの人たちがここまでの無茶をしてくるとは思わなかったな……」
ギルバートは、自分にと宛がわれた部屋の中で、そうこぼした。見上げる先には天井まである背の高い窓があり、のぞき込むようにして空を見れば、そこにはいつもと変わらない青が広がっている。
(セシリア、心配してるかな……)
もともと数日は学院を開ける予定だったので、セシリアはまだギルバートの不在には気がついていないかもしれない。しかし、このまま事態が進めば、いずれどこかのタイミングで彼女は、ギルバートが学院に戻らないという事実を知ることになるだろう。
ギルバートはその時のことを考えて、息をついた。
「別に、悲しませたいわけじゃないんだけどな」
これだけ一緒の時間を共有しているのだ。こういうとき、彼女がどういう反応をして、どういう行動を取るかぐらいはわかっている。
そして、自分がどう対応するべきなのかも――
ギルバートが再び息をついた瞬間、部屋の扉が開き、かつて自分の父親だった人が顔を覗かせる。
「ギルバート、行くぞ」
「……わかりました」
顎をしゃくるようにして命令してきた彼に付き従うように、ギルバートは部屋から出た。そうして廊下を進む。
その顔には先ほどまであった感情は一切なくなっていた。
..◆◇◆
モードレッドから『ギルバートの長期休学』を聞かされてから、三日後――
「本当に、帰ってきてしまった……」
セシリアはシルビィ家の屋敷前で、そうこぼした。
勢いのまま学院を飛び出してきたので、セシリアの荷物はトランク一つ分。御者の交代と供に、途中でセシルの姿から着替えたので、彼女は女性の格好をしていた。
(あまりにも急いでいて、お母様に連絡しないまま帰ってしまったけれど。いったい、なんて説明すれば……)
そう思い悩んだときだった――
「セシリア!」
自身を呼ぶその声に顔を上げれば、セシリアの母親であるルシンダがこちらに向かって歩いてきているところだった。
「お母様!?」
先に駆け寄ってきた使用人が門扉の横にある鉄門を開く。
セシリアが敷地内に入ると、いつものようにルシンダが両手を広げてセシリアを抱きしめてきた。
「お帰りなさい!」
「どうして?」
「来ると思ってたよ」
「お父様まで!?」
母親の後ろをゆっくり歩きながら、父親であるエドワードがほっこりと笑う。
エドワードがこんな時間にこんなところにいるのは珍しい。この時間ならば、執務室か外かで仕事をしているのが常だからだ。
エドワードは全てわかっていると言いたげな鷹揚な笑みを浮かべたまま口を開く。
「ギルのことを聞きに来たんだろう? ……とにかく入りなさい」
屋敷に入り、セシリアは自室よりも先にエドワードの執務室に通された。
エドワードは部屋の奥にある机について、引き出しを引く。そして、一番上の方にしまってあった、その封筒をセシリアに差し出した。
セシリアはそれを受け取りつつ、首をかしげる。
「これは?」
「ギルバートから届いた手紙だ」
「ギルから?」
セシリアは封筒を開けて手紙を取り出す。手紙は便箋一枚の簡潔なもので、内容は『長兄のニコルが倒れたので、コールソン家に戻ります。大変お世話になりました』というものだった。これまでニコルが担当していた家の仕事の引き継ぎや書類関係の整理が終わり次第、また連絡するとも書かれているが、それがいつになるかは書かれていない。
「そんな。なんでこんないきなり……」
「まぁ、ギルもいきなり聞いたらしいからな。仕方がないだろう」
「お父様は、この手紙が届いたから、学院に休学の申請を出したの?」
「ま、無断で長期間休むわけにもいかないからな」
仕方ないというようにそう言われ、セシリアは椅子に座る父親に身を乗り出した。
「お父様たちはそれで良かったの?」
彼らはギルバートを、シルビィ家の後継者にするために育てていたはずだ。なのに、それを手紙一枚で諦めることに、セシリアは納得がいかなかった。
セシリアの訴えに両親は互いに顔を見合わせる。
「良かったか良くなかったかと聞かれれば確かに残念だが……」
「最初からそういう約束だったから仕方がないわよねぇ」
「そういう約束だったって――」
「そもそもギルバートを引き取ったのは、うちを継がせるためという目的もあったが、それ以上に彼の身の上が可哀想だったからだ」
「ギルが生家に自分の居場所を見つけられたのなら、それが一番よね?」
「そうだな」
二人は納得していると言わんばかりの表情で頷き合う。
セシリアはそんな彼らの表情に、どうしようもない居心地の悪さを感じた。
(これじゃ、まるで私ひとりがだだをこねているみたい……)
みたい、ではなく、まさしくそうなのだろう。
二人はもうすでにギルバートがこの家から出て行くことを受け入れているし、それでいいと思っている。この家で受け入れられていないのは、セシリアただ一人だけなのだ。
困惑するセシリアを置いて、二人はどんどん話を前に進めていく。
「ウチはセシリアが継げば良いしね!」
「まぁ、前例は少ないが、女性が領地を継いだ例もなくはないしな。お前が殿下に嫁いだ場合、領地の管理は他の者に任せないといけなくなるが、それもまぁ、なんとかなるだろう」
「むしろ、離婚を言い渡されたときに戻る場所があると思えば良い話じゃない!」
「それもそうだな」
どこか楽しそうに笑い合う二人に、セシリアの胸のモヤモヤは大きくなっていく。
エドワードは椅子から立ち上がり、セシリアの隣に立つ。そうして彼女の肩を持ち、自分の方へと向けた。
「とりあえず、ギルバートは無事だから安心しなさい」
「でも――!」
「あの子の将来のことなんだから、私たちが口を出すことじゃないわ。……わかっているでしょう?」
まるで幼子に言い聞かせるようにそう言われ、セシリアは口を引き結んだあと、小さな声で「わかりました」と頷いた。
そんな彼女の言葉を聞いて、両親は安心したように息をつく。
「では、数日後には学院に戻るように」
「しばらくそっとしておいたたら、またギルからも連絡があるわよ」
不服そうな表情を浮かべるセシリアに、母親がそう微笑む。
「ともかく、部屋に戻ってゆっくりしてなさい。あとでお茶を運ばせるから」
「そうね。荷物を見る限り、慌てて飛び出してきたんでしょう? 馬車も学院貸し出しのものだと疲れるでしょうし。今日はゆっくり休みなさい」
セシリアはそんな二人に頭を下げると、執務室を後にする。
そうして扉を閉める直前、父親のとんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「それにまぁ、結婚の事を考えれば、こうなるのも致し方ないしな……」
「え?」
セシリアが呆けた声を出すのと、扉が閉まるのは同時で、彼女はドアノブを握ったまま、そこからしばらく動くことができなかった。
「結婚……ケッコン……けっこん?」
セシリアは自室のベッドに転がりながら、そう呟いていた。
エリックの言い方からして、あの『結婚』がギルのことを指すのは間違いないだろう。しかし、どうしてコールソン家に戻るという話から結婚云々の話になるのかわからない。
(もしかして、コールソン家に戻るだけじゃなくって、もう結婚相手が決まってるって事?)
後を継ぐはずだったニコルの代わりにコールソン家を継がせたいと考えているのなら、確かに結婚相手ぐらいいたって不思議ではない。
そもそも、セシリアたちのような高位貴族は、幼少期に結婚相手が決まっているのが普通なのだ。ギルバートのように、これまでまったくそういった話がなかった人間の方が稀なのである。
「いや、でも……」
『大好きだよ、セシリア』
(ギルは私のことが――)
セシリアは、耳の奥で蘇ってきたギルバートの声と、それに引っ張られた自分の思考に「あぁあぁぁ!」と声を上げながら頭をかきむしる。
だってこんなの、あまりにも都合の良い考え方だ。
ギルは自分の事を好きだから他の人と結婚するなんてありえない――なんて。
そもそも、自分たちのような高位貴族の結婚が、好き嫌いなどといった感情で成り立つものじゃないということは、セシリアだって知っている。わかっている。
(そもそも、ギルになにも答えられていない私が、こういうことを考えるのもおかしな話だよね……)
だって、考えたくなかったのだから、仕方がない。
だって考えてしまったら、答えてしまったら、出た答えがどうであれ、ギルバートとの距離は変わってしまうだろう。
それがセシリアには耐えられなかったのだ。
(ギルのことは、この世界で一番信用しているし、頼りにしてる、けど……)
それがどこから来る感情なのかはわからない。
この離れがたい気持ちの正体がつかめない。
「家族として……なのかな」
それとも、前世からの感情か。
(確かに、ゲームではギルのこと推してたけどさー)
でも、ゲームでの彼と今の彼はもう全くの別物だ。人格形成にかかわる幼少期が違うのだから当然と言えば当然なのだが。セシリアから見て、もう二人を同一人物として見ることは出来ないほどに彼らはかけ離れてしまった。
「それなら、なんなのかな……」
『結婚』に異常に反応してしまったのは、なぜか。それで彼が急に離れてしまうわけでもないのに……
(よく考えたら、お父様とお母様よりも、ギルは私と一緒にいてくれたのよね)
瞼を閉じれば『セシリア』と微笑むギルバートの優しい表情が浮かぶ。
「やっぱり、ギルと直接話がしたいなぁ……」
『あの子の将来のことなんだから、私たちが口を出すことじゃないわ。……わかっているでしょう?』
「わかってるけど、わかってるけどさ……」
蘇ってきた母親の声にセシリアはゴロゴロと寝返りを打つ。
そうしていると、またギルバートの声が耳の奥に蘇ってきた。
『大丈夫だよ。俺は義姉さんのそばからいなくなったりしないから』
「いなくなったりしないって言ったのに……」
セシリアは少しだけ泣きそうになりながら、そばにあったクッションをぎゅっと抱きしめた。
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