2.「私、ギルに直接聞きに行ってくる!」
それは、間違いなく青天の霹靂だった。
「え? ギルが、休学? それも長期の?」
「はい。……やはり、何も聞いていませんか?」
「ど、どういうことですか!?」
「どういうこともなにも、そのままですよ。今朝突然、学院にこのような書類が送られてきましてね」
モードレッドが目の前に滑らせてきたものは、シルビィ家の刻印が入った証書だった。
セシリアはそれを手に取り、一言断ってから中身を確認する。
そこには、父親の字ではっきりとギルバートを休学させる旨が書かれていた。しかも、どんなに目をこらしても、休学する期間は書かれていない。つまり、どのぐらい休学させるかは未定ということである。
(どうして……)
「まぁ、彼ならば少々休学しても勉学自体は問題ないのですが、あまりにもいきなりのことだったので、我々も少々びっくりしてしまって。君ならなにか事情を知っているだろうと思ってこうして呼び出したのですが……」
モードレッドの言葉に、セシリアは書類を握りしめながら「すみません……」と視線を下げた。
確かに数日前、ギルバートは数日だけ休みを取って、シルビィ家に帰った。しかし、それは長期休学をするためのものではなく、降神祭の報告をするためのものだった……はずだ。
セシリアの反応に、モードレッドも目の前の彼がなにも知らないとわかったのだろう、ソファに深くもたれかかり、身体の力を抜いた。
「そう、ですか。まぁ、何事もないなら良いんですよ。ただここ最近、彼には色々噂がありましたから、少し心配していましてね」
「噂?」
「聞いたことありませんか? ギルバートくんがコールソン家に戻るというやつですよ」
その言葉に、セシリアは大きく目を見開いた。
脳裏に蘇ってきたのは、降神祭が始まる前。アインとツヴァイの二人と仲良くなろうとして参加したお茶会でのリーンの言葉だ。
『私たちがこの前、ベルナールを捕まえたでしょ? それで芋づる式ティッキーの悪行も明るみに出ちゃって、彼がニコルのスペアとして機能しなくなっちゃったらしいのよ』
『コールソン家としては、もしもの時の備えが欲しいって感じじゃない?』
(いろいろあって、すっかり忘れていたけど……)
リーンの話では、コールソン夫人を学院で見たという生徒もいるらしく、直接頼みに来ているのでは……と噂されていたりもした。
困惑の表情を浮かべるセシリアに、モードレッドは続ける。
「教師の中には貴族出身の者も多いので気になる人も多いらしく、コールソン家に戻る準備のために実家に戻ったんじゃないかと噂している人もいましてね。まぁ、私にはその辺りはあまり興味がないのですが」
その後に続いた深刻そうな「ただ……」という声に、セシリアは顔を上げる。
「あんなに君のそばを離れなかった彼が、何も言わずにこんな形で自ら学院を離れてしまうのが、どうにも不可解に感じまして」
それは確かにそうだ。学院を休む際、彼はいつもどおりだった。あの時点で休学することが決まっていたのなら、なにか一言ぐらいは相談してくれたはずだ。
(なのに、こんな突然――)
セシリアの表情があまりにも深刻そうに見えたのだろう、モードレッドの声が柔らかくなる。
「私が言うのもあれですが、そんなに心配そうな顔をしないでください。シルビィ家から届いた証書も本物のようですし、恐らく何か急な用事でも入っただけだと思いますよ」
「そう、ですかね」
「そうに決まっています。とにかく、急に呼び出してしまい、すみませんでした。もうリーンさんのところに戻っても大丈夫ですよ」
そう変えるように促され、セシリアは胸に妙なわだかまりを残したまま保健室を後にするのだった。
..◆◇◆
「はぁ。まさか本当にコールソン家に戻るとはねぇ」
「ま、まだそうと決まったわけじゃないでしょ!」
頬杖をついたまま呆れたようにそういうリーンに、セシリアは立ち上がりつつそう反論した。
場所は先ほどと同じ空き教室。
セシリアは先ほど浮かせた腰をもう一度椅子に下ろしつつ、肺の空気を全て吐き出すような溜息をつく。そして、そのまま机に突っ伏した。
そんな彼女の様子を横目で見つつ、リーンは至って冷静に言葉を続ける。
「でも、あんな噂があった後に長期休学って、正直、それしか考えられなくない? もしかして、他に長期休学が必要な理由でもあるの?」
「それはないけど。でも私、なにも聞いてないし……」
「別にアンタに言う必要なんてないでしょ。……それに、言いにくかったんじゃない?」
リーンの言葉に、セシリアは机に突っ伏していた顔を上げつつ「言いにくかった?」と首をかしげる。
「十何年と家族やってきて、いきなり『今日から家族じゃなくなります』ってのは、やっぱりどう考えても言いにくいでしょ」
その言葉に、セシリアはギルの立場を想像した。
(確かに、言いにくいかもしれない)
相手との仲にもよるが、おそらく言った相手がショックを受けるだろうことがわかるからだ。ギルとセシリアぐらい仲が良かったら、なおさらだろう。
現にこうしてセシリアはショックを受けている。
(でも……)
「ああいうタイプは、口に出すときにはもう大体の覚悟が決まっているものだから、セシリアがどう説得したって状態は今と変わらなかったわよ」
「でも、なにか一言ぐらいあったって……」
「じゃぁ、事前に言われたとして、アンタ笑顔で『わかった!』なんて言えるわけ?」
「それは……」
「言えないでしょ? なら、ギルバートがアンタに言わなかった事も理解してあげなさいよ。アイツ、目の前でセシリアにそんな顔させたくなかったのよ」
その言葉に、セシリアは再び机に上半身を預けると、唇を尖らせた。
「なんか、リーンの方がギルのことわかってるって感じがする……」
「認めたくはないけれど、似たもの同士だからね。私たち」
「そうかなぁ……」
セシリアから見た二人は全然違うタイプに見えるが、以前ギルバートも同じようなことを言っていたし、二人の中だけで通じる何かがあるのかもしれない。
「ただまぁ、変って言えば、すごく変なのよね。この状況」
リーンの意外な言葉に、セシリアはすくさま顔を上げ、「え?」と目を瞬かせる。
彼女は口元に手を置きながら、何かを思案するようにそのまま視線を流した。
「正直な話ね、ギルバートはコールソン家にいつか帰るだろうとは思っていたのよ。ただ、タイミングが、ね」
「タイミング?」
「考えてもみなさい。私たち、一週間後にはどこに行く予定?」
「それは……神殿?」
「そう、神殿。それにはギルバートも行く予定よね?」
「――あ!」
そうだ。ギルバートは、一週間後には自分たちと一緒に神殿に行く予定だったのだ。
もう神子側には何人で行くかなど連絡しているし、この状態で姿を消すなんて普通に考えたらあり得ない。
(ギルなら――)
「ギルバートなら、あらかじめ私達にも神殿にも『用事があって行けない』と伝えておいて、私たちが神殿に行っている間に姿でも消しそうなものだけれどね」
セシリアの考えをなぞるように、リーンがそう一息に言った。
(そうだ。ギルならそうする。間違いなく)
ギルバートはセシリアの行動をたまに予想してみせるが、セシリアだって彼がどういう行動を取るかぐらい、ある程度予測がつくのだ。それぐらい一緒に過ごしてきた十二年は重い。
そのとき、セシリアの頭の中にとある考えが浮かんだ。
「あのさ、仮に、だけど」
「ん?」
「仮にだよ? 仮に。ギルがコールソン家に無理矢理連れ去られたとか、そういうことは考えられない?」
セシリアの言葉にリーンは大きく目を見開いた。
そのまま彼女は口元に手を置いて何かを考えるような素振りをする。それからややあって、彼女は口を開いた。
「それは――まぁ、可能性としてはなくはないんじゃない?」
「やっぱり!?」
「噂を聞く限り、コールソン家はどうしてもギルバートに戻ってきてほしいみたいだったし、無理やり連れ帰って説得するっていうのは、ありえなくもない話だとは思うわよ?」
「だよね!?」
「だとしても、可能性があるってだけの話よ? 長期休暇の申請はシルビィ家から出されていたんだし。そもそも、そういう不本意な方法で連れ帰られて、ギルバートがはいそうですかと従うとも思えないわ。コールソン側だって、今は一応シルビィ家の子どもであるギルバートを傷つける事もできないだろうから、たとえそうだとしても早々に開放されるわよ」
安心させるためにリーンはそう言ってくれたのだろうが、無理やり連れ去られたという可能性が少しでもあるという事実に、セシリアの胸はざわついた。
そんな彼女の様子に気づくことなく、リーンはさらに続ける。
「でもまぁ、真実はギルバート本人に聞いてみないとわからないわね。とにかく私たちは神殿に行って、その後――」
「私、行ってくる!」
突然机をたたきながら立ち上がったセシリアに、リーンは「はあ?」と困惑の声を上げる。
「私、ギルに直接聞きに行ってくる!」
「直接って、まさか今から!? 神殿はどうするのよ? トゥルールートは?」
「行きたいけど! 行かなきゃいけないけど! ギルが捕まってるかもしれないのに、そんな事考えられないよ!」
今にも走り出そうなセシリアの手を、リーンがぎゅっと掴む。
「ちょっと、待ちなさいよ! さっきも言ったけど、ギルバートはほっといてもちゃんと帰ってくるわよ?」
「でも、帰ってこなかったら? このままどっか行っちゃったら? そうなったら、私、一生後悔する!」
「……セシリア」
「ごめん、リーン……」
セシリアの表情を見て、リーンは何かを悟ったかのように一度大きくため息を付いた。
そして何かを諦めるように頭を振り、掴んでいた手を離す。
「アンタが一度そうなると、もう無理よね。……で、神殿は私達だけで行ってきたらいいの?」
「……お願い、できる?」
「選定の剣は?」
「取ってきて、ほしい」
「『障り』は?」
「なんとかしてほしい……」
「……全部、私たちに丸投げじゃない!」
「ごめん……」
今更ながらに申し訳なさが募って、セシリアは背中を曲げた。
そうだ。自分が神殿に赴かないとなると、そのぶんリーンたちに迷惑がかかるのだ。
その事実を目の当たりにして、セシリアの身体はますます小さくなる。
そんな彼女の隣で、リーンは一度ふんと鼻を鳴らす。
そして、思いっきり背中を叩いてきた。
「――でっ!」
「もう仕方がないから全部任されてあげるわよ!」
「リーン……」
「だから、セシリアは何も心配せず行ってきなさい!」
唇を引き上げながらそう言うリーンに、セシリアは感動したような声を出した。
リーンはそんなセシリアの鼻先に、ピッ、と人差し指を突きつける。
「その代わり、ちゃんとギルバートを連れて戻ってくるのよ? 迷惑を掛けたこと、アイツにもちゃんと謝らせてやるんだから!」
言葉とは裏腹に向けられた優しい笑みに、セシリアはしっかりと頷いた。
「うん、わかった! リーン、ありがとう!」
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