【5巻発売記念】ダンテとのデート①
2022年9月1日に5巻が発売になりました!
どうぞよろしくお願いします^^
これは、ジャニスとマルグリットが海に落ち、同時にティノが姿を消してから三週間ほど経った後の話。
その日、セシリアは寮の外にあるベンチに腰掛けて、足をぶらつかせていた。
「暇だなぁ」
そう言う彼女の視線の先には、雲がゆったりと流れている。はぁ、と吐き出した息は、三月の陽気に白むことなく空に溶けていった。
セシリアは流れていく雲を見つめながら、恨めしげに唇をとがらせる。
「ギルも家の用事で忙しいみたいだし、オスカーは見当たらないし、リーンはなんかここ数日が修羅場らしいし……」
その日は久しぶに何もない休日だった。ここ最近の休日は事件の後始末やその他諸々の処理に追われていてとても休めたものじゃなかったのだ。なのに、暇なのはセシリアだけと言わんばかりに、他のメンバーには用事が詰まっていて、休みなのに何をすればいいのかわからないという、手持ち無沙汰な状態に陥っていた。
「部屋でゆっくりしていてもいいんだけど……」
なんだかそれも勿体無い気がする。身体が疲れていないわけでもないのだが、ゴロゴロとベッドの上で一日過ごすということがセシリアの性分に合っていないのだ。
ということで、外に出てきたまではいいものの、やっぱり何をしたらいいのかよくわからないまま、彼女はベンチで時間を潰すハメになったのである。
「ま、こうしていても始まらないし! ちょっと街の方にでも行ってこようかなー」
そう言って勢いよくベンチから立ち上がった時だった。見覚えのあるエメラルドグリーンが視界に映った。彼が歩くたびに、猫のしっぽのような結んだ髪の毛がぴょんぴょんと跳ねる。
「あ、ダンテ!」
思わずそう声をかけると、ダンテはこちらを見て少し驚いたような表情になった後、親しみのこもった笑みを浮かべた。そして、こちらに向かって歩いてくる。
「やっほー、セシル。なんか、暇してんね?」
「うん。暇してた。ダンテは、どこか行くの?」
「あー。ちょっと、オスカーのお使いにね!」
「そっか……」
オスカーのお使いということは、偉い人にでも会いにいくのだろうか。暇だったら街の散策に誘おうと思っていたが、どうもそうはいかないらしい。
セシリアの態度をどうとったのか、ダンテは意外なことを言ってきた。
「もしよかったら、一緒に行く?」
「へ。いいの?」
「そんなかしこまったところ行くわけじゃないし。なんというか、ちょっと様子を見てくるように頼まれただけだからさ。まぁ、セシルが行っても楽しくないかもしれないけど」
「行きたい!」
思っているよりもよほど暇を持て余していたのだろう、その声は自分が思っているより数倍大きかった。セシリアの反応に、ダンテは楽しげに唇を引き上げる。
「んじゃ、ちょっくら行ってみましょうか?」
「で、どこにいくの?」
「闇市」
「へ。やみいち?」
呆けたような顔でダンテの言葉を繰り返すセシリアに、ダンテは「そ、闇市」とウインクしてきた。
それはアーガラムのはずれにある平原にあった。
立ち並ぶ色とりどりのテント。元気な客寄せの声。通路にはこれまたカラフルなランタンが並び、中央の広場のような場所では大道芸人が火を噴いている。奥には木でできた大きな見世物小屋があり、人々が行列を作っていた。
セシリアはキョロキョロと物珍しげに辺りを見回し、機嫌のいい声を出す。
「へぇ。闇市って、こんな感じなんだ!」
「嬉しそうだね」
「うん! 闇市って、噂には聞いていたけど来るのは初めてだからさ!」
セシリアはまるで遠足にきた子供のようなほくほくとした笑みを浮かべている。それを見下ろすダンテもどこか上機嫌で、二人は並んで道を歩く。
「それにしても、どうしてここに来るのに服を変える必要があったの?」
そう言いながらセシリアは自分の服装を見下ろした。
セシリアが着ているのはアイロンもかかっていないシワの寄ったシャツに、くたびれたズボンだ。どちらもダンテが昔着ていたものらしく、袖も長いしズボンの丈もあっていない。ブカブカだ。さらに頭の上から布を巻いており、彼女の特徴的なハニーブロンドを隠している。
「まぁ、そりゃ。危ないから? 一見、普通に見える市場だけど、やっぱりここは闇市だからね。お上品な奴らばっかりじゃないわけよ」
「そうなの?」
「この闇市の闇の部分は、売っているものが普通と違うって意味もあるけど、何よりもここで買い物をする奴らが訳ありって意味だからね。ほら、俺らみたいな訳ありは表で買い物をするのも結構目立つからさ。ハイマートにいた頃は俺も結構お世話になったからね」
「つまり、ここにいる人たちってみんな怖い人たちってこと?」
「全員ってわけじゃないよ? 他には移民とか、なんらかの理由で国を追われた奴らとか。肌の色が違うとかで、買い物を断られるってこともままあるからね」
「なにそれ、ひどい!」
一瞬にして怒りをあらわにしたセシリアに、ダンテはぷっとふきだす。笑われた理由がわからなくてセシリアは首を傾げるが、ダンテはその疑問に答えることなく話を続けた。
「最近は物見遊山で一般の人も来るようになったみたいだけどね。それでも割合的には危なっかしい奴らが多いからさ、あんまり『お金持ってます!』みたいな格好は避けた方が賢明なわけ。変な輩に狙われちゃうからね」
「そうなんだね。……で、なんでダンテはここにきたの?」
ここに誘われた時から抱いていた疑問をそう口にすれば、ダンテは「うーん」と唸りながら顎をなでる。
「ま。素行調査、ってやつかな」
「素行調査?」
「さっきも話した通りに、ここは俺たち訳ありの生活基盤も務めてるからさ。国からしてもなかなか潰せないんだよね。ほら、食べていけなくなった人間は何するかわからないからさ。だけど、目を瞑るのにも限度があるからね」
「つまり、ここの人たちがやらかしすぎないように定期的に見回ってるってこと?」
「そ。セシル、飲み込み早いじゃん!」
ダンテはセシリアの背中を勢いよく叩く。その勢いで彼女は前につんのめるが、すんでのところで転けるのを免れた。ダンテはなおも口のとに笑みを浮かべたまま、話を続ける。
「俺としてもここを無くすのは惜しいからさ。めんどくさいけどオスカーに協力してるってわけ」
その顔にはどこか懐かしさが滲んでいる。もしかしたら、彼にとってここはいろいろな思い出詰まっている場所なのかも知れない。
そう思ったら、目の前の場所にさらに興味が湧いた。
「ね、早く見て回ろうよ!」
そう言ってダンテの手を引けば、彼は目を見開いた。
「結構前のめりだね。変な人多いって、俺、説明したと思うけど」
「でも、ここってダンテの思い出の場所なんでしょ? そう思ったら、色々見て回りたくなってさ!」
セシリアの言葉にダンテは一瞬固まってから破顔した。そのまま肩を揺らす。
「やっぱセシルはセシルだなぁ」
「へ?」
「気にしないで。連れてきて正解だなって思っただけだから」
ダンテはそういうと、セシリアの手を握る。そして、こちらに向かっていつもの飄々とした笑みを見せた。
「ってことで、デートしようか!」
「デート?」
「あの二人には内緒ね。怒られちゃうからさ」
ダンテはいたずらっ子のようにそう言った後、人差し指を立てて口元に近づけた。
続きは明日更新です^^




