25.寂れた教会にて
マルグリットたちを乗せた馬車は、夜には近くの廃教会についていた。そこはジャニスが用意した隠れ家の一つで、上物はただの寂れた教会だが、地下はそれなりに人が住める環境に整備されている。
馬車を降りたジャニスは、未だ馬車の中にいるマルグリットに手を伸ばしてきた。
「ほら、降りないの?」
優しくそう語りかける様はやはり王子様で、マルグリットは戸惑いながら彼の手をとり、馬車から降りた。
いつもと違う彼女の様子に、ジャニスはマルグリットの顔を覗き見る。
「どうしたの? 今日、元気がないね」
「いえ……」
自分がいつもの調子じゃないぐらいマルグリットだってわかっていた。理由だって、はっきりと理解している。やっぱりきっかけは昼間の出来事だった。あの意志の強い青い瞳だった。
「いやぁ、まったく今回は大変だったねぇ」
「ジャニス様」
「どうしたんだい?」
「今回の作戦ですが、やめませんか?」
静かな声で告げた言葉に、ジャニスは驚かなかった。むしろ持っていたかのようにその言葉を受け止めて、彼は目を細める。
「どうして?」
「あまりにも危険すぎるのではないかと……」
「それは、私が? それとも彼女が?」
その問いかけに、マルグリットは息を呑んだ。自分の心が見透かされていると感じたからだ。
もちろん今回の作戦、ジャニスのことは心配だ。すごく心配している。ジャニスの持つあの力はおそらく彼の命を削ることで成り立っていて、彼はそれをわかった上で、無作為に、乱暴に、あの力を行使しているのだから。
まるで自分の命など惜しくないというようなあの力の使い方は感心しない。
けれども、とも思うのだ。彼が自分から死に急いでいるのは感心はしないものの止めようとは思わない。死ぬことでさえも自由にならなかったマルグリットの価値観で彼を推し量るのはいかがなものかと思うのだが、それでも同じぐらい窮屈だっただろう彼に、死ぬタイミングぐらい選ばせてやりたいとも思うのも本心だった。
それに、一人で逝かせはしないと決めている。逝くのならば一緒に。そう随分と前から決心している。
エルザとしての仮初の生に虚しさを感じていた頃、初めてマルグリットとしての自分を見つけてくれたジャニス。生きる目的と生きる場所を与えてくれた彼以上に優先する事柄はない。
たとえ彼が、自分自身の目的のために、マルグリットを利用しようとしていたとしても。
例え彼の目に、自分が少しも写っていなくても。
けれども、この心中のような作戦に、彼女を巻き込むのは違うと思ったのだ。他のどうでもいい人間ならばいくら死のうがいなくなろうが構わない。けれど、彼女は……
「大丈夫だよ。別に責めているわけじゃないから。彼女と君が仲良くしていたのは知っているつもりだし、何より君にとっては命の恩人だしね?」
優しいジャニスの声が耳朶を打つ。
土砂災害に巻き込まれた時、マルグリットを助けてくれたのはセシリアだった。
あの時、宝具の力を使えば助かったかもしれないが咄嗟に力を行使することもできず、マルグリットは気がつけば命の危機に立たされていた。
振ってくる岩。すくんで動けなくなる足。唇からは悲鳴しか出てこなくて、ただただ怖かったのを今でも覚えている。
『大丈夫ですか!?』
そう言いながら肩を掴んできた温かい手を、マルグリットは今の今まで忘れることが出来ないでいた。
だからと言って、セシリアと馴れ合うつもりはない。自分達と馴れ合うことが彼女のためだとは思わないし、ジャニスの障害となるのならば自分達の敵であることも確かだ。
ただ、できれば傷つけたくなかった。
できることなら彼女の知らないところで全てを終わらせたかった。
ジャニスはマルグリットの手をぎゅっと握ると、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「心配してくれてありがとうね。でも、大丈夫だよ。セシリアのことはどうなるかわからないけど、できるだけ君が悲しまないようにするつもりだから」
できるかどうかわからない約束を安易にして、彼はマルグリットの手を離した。そして彼女の頭を優しく撫でる。
「今日はもうおやすみ。いい夢を」
「ジャニス……」
その声は彼に届くことなく、暗闇の中に掻き消えた。
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