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24.デート2

 そこまで考えて、セシリアはふと何かを思い出したかのように顔を跳ね上げた。


「そういえば! ギル、午前中の用事、無事に終わった?」


 ギルバートは午前中にローランから聞いた『プロスペレ王国でジャニスがいそうな場所』を探していたのだ。と言っても、場所も広範囲だったため実際に探していたのはシルビィ家が雇った人間で、ギルバートはその報告を聞きに行っただけではあるのだが。


「うん。全部空振りだったけどね。まぁ、どうせ潜んでるならこの辺だろうから、空振りでも別にしょうがないんだけど……」

「え!? ジャニス、この辺に潜んでるの?」

「潜んでたら、の話だよ? ジャニスの目的がこの国の転覆なら、王宮がある首都の方が色々と行動しやすいでしょう?」


 確かに、マルグリットの宝具は移動できるようなものもあったはずだが、それでも実際にこちらにいた方がかれらにとっては都合がいいだろう。


「問題は、それを国王様もわかっているのに、いまだに彼の行方が掴めないってことなんだけど」


 もしかすると、彼らが姿を隠しているのはマルグリットの持つ宝具によるものなのかもしれない。しかし、彼女の持つ宝具の全容はセシリアにもわからないし、神殿の方でもわからないというのだ。というのも、マルグリットが神子に選ばれた時、他の候補はなく、選定の儀も簡略化して行われたため、誰一人として彼女が宝具を使っているところを見たことがなかったというのだ。


(本当にジャニスはどこにいるんだろう)


 そして、マルグリットはどこにいるのだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、隣を歩いていたギルバートが「ん?」と両眉をあげた。セシリアも彼の視線を辿るように同じ方向を見てみる。すると、街のはずれにある建物に入るため、多くの人が並んでいるのが目に入った。


「何か新しいお店でもできたのかな」


 店の前に二十人ほどの行列。並んでいるのは女性が多かった。男性もそこそこいるが、八割方女性である。そのどれもがセシリアたちと同じような年齢の子だった。

 彼女たちは頬を染めながら何やら興奮した様子で一緒に並んでいる友人たちと話をしている。


「ちょっと、どんなお店なのか見てみる?」


 ギルバートの提案にセシリアは「うん!」と元気に頷いた。

 列を辿ってみると、一つのこじんまりとしたお店に行き着いた。建物と建物の隙間を埋めるような細長い建物の一階。奥まったところにある木の扉はなんの変哲もないもので、どこにでもあるアパートメントの入り口のようにさえ見える。

 しかし、一般的なアパートメントにはないものがひとつ。それは六芒星が書いてある布だった。入口の横には紫色の布に白い六芒星が書いてある小さな布が吊り下げられていた。おそらく、あの布は看板のような役割をしているのだろうと予測できた。


「あぁ、ここか」


 妙に納得がいったような声でギルバートがうなずく。セシリアは彼を見上げながら「知ってるの?」と首を傾げた。


「なんか最近、アーガラムでよく当たる占い屋ができたとか聞いたことがあって」

「あ! それ、私も聞いたことがある!」


 セシリアは少し前に聞いたリーンの言葉を思い出していた。


『そういえば最近、街で占いが流行っているらしいんだけど。そこに行ってみる?』


 あれはギルバートとオスカーがリーンの策略にはめられてドレスに着替えさせられた時である。

 着替える二人を残して教室を後にしたリーンとセシリア。その道中の会話で、なぜかギルバートとオスカーのどちらを選ぶのかの話になり、決められないなら占いでも行ってみる? という話になったのだ。

 もちろんそんなのは不誠実だからと、その時はお断りしたのだが……


「行きたい?」


 そう覗き込まれて、ちょっと迷った。

 あまり占いなんて信じるタチではないけれど、気にならないと言ったら嘘になる。前世でもテレビで流れる朝の占いは毎日チェックする方だったし、買った雑誌に載っている占いには一応目を通していた。


「でも、ギルってこういうのあんまり興味ないんじゃないの?」

「確かにあんまり興味は無いけど、セシリアが行きたいんだったら付き合うよ。それに、こういう時でもないと占いなんてしないだろうから、良い機会かもしれないし」

「それなら、行ってみようかな」


 占いは純粋に気になるし、そんなによく当たる占いなら、ジャニスのことを聞いてもいいかなと思ったのだ。こんなに探しても見つからないのだら、もう運に頼るしかないだろう。占いを鵜呑みにすることはないだろうが、何か助言でもあれば事態が好転するかもしれない。

 そうして二人は列の最後尾に並んだ。セシリアたちが列に並ぶ頃には、列の人数ももうだいぶ少なくなっていた。

 出ていった女の子たちの「すごいよね」「あんなに当たるなんて思わなかった!」という声を聞きながら、二人は順番を待つ。そうして数十分後、ようやく二人の番になる。

 入り口に立つ男性の「どうぞ」という声に促され木の扉を開けると、薄暗い室内に真っ黒い布が二枚、天井から床まで垂れ下がっていた。布は厚く、その先は全く見えない。

 布の奥から一人の女性が顔を覗かせる。ストンとしたまっすぐの髪に、黒いローブ。どこか怪しげな雰囲気を持つ彼女は、二人を見てなぜか少しだけ驚いた顔になった。

 しかしそれも一瞬の事、彼女は中にいるだろう占い師に、何やら話しかけた後「こちらへどうぞ」と分厚い布を横にずらして二人を誘った。

 部屋の中には人が一人、円卓の前に座っていた。人と表現したのは、そこにいる人物が男性か女性か判別がつかなかったからだ。顔を見せたくないのか、はたまたそういう演出なのかはわからないが、その人は黒い布を目深に被っていた。女性と同じ黒いローブから覗く手も女性のようであり、男性のようでもあった。


「お座りになってください」


 先程布を横にずらした女性が二人の後ろでそう言って席をすすめた。

 その瞬間――


(あれ?)


 セシリアは僅かな違和感を感じた。何に関して違和感を感じたのかわからないほど僅かな違和感。目の前に座る人物になのか、後ろで控えている女性になのか、はたまた自分たちが座った椅子になのか、この建物自体になのか。何にどういう違和感を感じたのか、全くわからないが、確かに感じたのだ。どうしようもない違和感を。


「今日はなにを占いましょうか?」


 目の前の占い師がそう問いかけてきて、また胸がザワザワとざわめいた。なんなんだろう、この焦燥感に似た妙な抵抗感は。


「どうかしましたか? 私の顔に何かついていますか?」

「セシリア?」


 異変を感じとってギルバートがセシリアを覗き込む。

 セシリアは自身の直感振り払うように首をぶんぶんと振った後、「あの、探している人がいまして……」と相談内容を口にした。

 占い師は「失せ物ですね。そうですか」と顔を上げて、ギルバートに視線を滑らせた。

「そちらの方は?」

「俺は別に」

「そう言っしゃらず、せっかく入られたんですからなんでも占って差し上げますよ? 時間内でしたら料金も変わりませんし。なんなら、恋占いでもいかがですか?」


 そう揶揄うように言われ、ギルバートの目が据わった。彼は「結構です」とキッパリと言い放つと、占い師の顔から視線を外した。


「そうですか。では、女性の方だけ。お名前等は結構ですので、手を出していただけますか?」


 セシリアは言われた通りに右手を差し出す。すると、占い師と目があった。その瞬間、セシリアの身体に衝撃が走る。


「――っ!」


 セシリアは思わず手を引っ込め、立ち上がった。そして、占い師から距離を取る。


「セシリア?」


 驚いた顔でギルバートはセシリアを振り返ってくる。

 セシリアは驚愕に目を見開いたまま、数歩さらに距離を取り、そして唸るようにこう告た。


「そんなところにいたのね、ジャニス」


 瞬間、ギルバートが驚いた顔をして立ち上がる。そして、警戒の色を目に孕んだまま、セシリアの隣にならんだ。

 男とも女ともつかないその占い師は口元に笑みを湛えたまま、小首を傾げた。

 

「ジャニスとはどなたのことですか? 私の名前は、ジャニス、ではありませんよ? どなたか別の方と勘違いをされているのではないですか?」

「それなら、ジル・ヴァスールという偽名の方を使っているのかしら? マルグリットの宝具じゃ、見た目を変えられても声は変えられないのね」


 そう、セシリアが感じた違和感の正体はこれだった。声がどこかで聞いたことがあったのだ。あの入り口の女性も、目の前の占い師も、そしてこの建物の入り口に立っていた男性も。どの声にも聞き覚えがあったのだ。

 セシリアの追求に、占い師はしばらく固まった後、瞳を閉じた。そして、まるで合図を送るように指を鳴らした。

 瞬間、セシリアの目の前にジャニスが現れる。そして、背後にはマルグリット。

 入口の男はきっとティノに代わっているだろう。


「ふふふ、見事だね。このマルグリットの宝具はさ、周りの人の視覚に訴えかけて認識を変えるってものなんだよね。だから、聴力にまでは影響しなくてさー。でもまさか、気づかれるとは思わなかったよ。一応、君たちがいつきてもいいように、声を変える練習もしていたんだけどな」


 悪びれることもなくそう言う彼に、冷や汗が伝う。まさかこんな近くに彼が潜んでいるとは思わなかった。

 占い師としての力は、きっとマルグリットの宝具によるものだろう。

 セシリアは声を低くした。


「何を企んでいるの?」

「企んでいるなんて、ひどいなぁ。僕らは逃亡生活に疲れ果てて占いで日銭を稼いでいるだけだよ?」


 いつものように飄々とそう言ってのけるが、そんなの絶対に嘘である。


「でも、君たちに見つかったんだ。占い家業も今日で終わりかな」

「この状態から逃げるの?」


 そのセリフは「逃げられるの?」という意味を含んでいた。

 なぜならその部屋は狭く、セシリアたちの背後に唯一の出入り口があったからだ。扉の近くにマルグリットはいるものの、彼女一人だけなら接近戦に持ち込めばセシリアが勝つだろうし、その間にギルバートがジャニスの相手をしてくれるだろうとも思う。そして、マルグリットを失ったジャニス側の戦力は大幅にダウンすることになるに違いない。

 それにたとえ、ティノが参戦してきて、万が一三人共に逃げられたとしても、お互いに無事では済まないのではないのだろうと思う。


「君は何もわかっていないね。私は『彼女の宝具は、周りにいる人の視覚の認識を変える』と言ったんだよ? ……本当に君が見えているものがすべてだと思っているの?」

「え?」


 ジャニスはもう一度指を鳴らす。すると、瞬き一つでジャニスがいる場所の背景が変わる。そこは、ただの空き地だった。目の前には二つの椅子と寂れた円卓だけが置いてある。

 そう、建物そのものが本当は無いものだったのだ。

 つまりジャニスは、右にだって、左にだって、後ろにだって、それこそ上空にだって逃げられるということなのだ。

 そのことに気がついた時――


「ジャニス!」


 鋭い声がセシリアたちの背中を刺す。

 振り返れば、あらかじめ用意されていただろう荷馬車にティノが乗り込む所だった。

 それに視線を奪われていたからだろう、ジャニスはいとも簡単にセシリアたちの横を通り、走り出したその馬車の荷台に乗り込んだ。遅れてマルグリットも乗り込む。


「それじゃぁね! また遊ぼうね!」


 ジャニスがそう手を振った瞬間、馬車の輪郭が滲む。

 そして、また瞬きの間に馬車は忽然と消え失せてしまった。


面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、今後の更新の励みになります。

小説4巻、コミカライズ4巻。

どちらも絶賛発売中ですので、どうぞよろしくお願いします!

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