22.デート当日
Hey Siri、デートの仕方を教えて
と、前世の未発達AIに相談したくなるぐらいには、セシリアは追い詰められていた。とはいえもう一度行くと言ってしまった手前、行かないと言うわけにはいかない。
デートに指定された休日の朝。セシリアはベッドに自分の持っている服を広げて頭を悩ませていた。
待ち合わせ場所と時間はギルバードがあらかじめ伝えてくれていた。昼からなのでまだ時間はあるが、だとしてもそろそろ準備を始めなくては、間に合わない。
「でも、デートって、何を着れば……」
そもそも男の格好で行くべきなのか女の格好で行くべきなのかそれさえもわからない。デートと言っているのだし、おめかしはしていくべきだろうが、着飾った男が二人街中を並んで歩くと言うのはどうなのだろうか。ギルバートが変な勘違いをされてもかわいそうだし、もしかすると女性の格好で待ち合わせ場所に来ることを彼は望んでいるのかもしれない。
「いやでも、そもそも女性の格好でこの部屋から出れる!? 無理じゃない!?」
ここは男子寮だ。いきなり男子寮から女性が出てきたら、そりゃみんなびっくりするだろう。
それなら普通に男性の格好か。セシリアは念のためにと実家から持ってきていた女性もののドレスをクローゼットの中にしまうと、またベッドの前で腕を組む。
「男性の格好なら男性の格好で困るわよね……」
どんな格好が適切か。デートに見合うのか。
というか、こんなことで悩むなんて前世通してはじめての経験だ。
「うぅ。もう、制服で行っていいかなぁ。……だめだよね」
そんな言葉を漏らした直後、部屋の扉がノックされた。セシリア「はーい」と返事をすると、珍しくツヴァイが顔を覗かせる。
「どうしたの?」
「なんか、リーンさんがセシルに話があるって」
「俺に?」
「なんか、『今すぐ来てくださいな』って」
突然の呼び出しに、セシリアは目を瞬かせるのだった。
..◆◇◆
デートしよう。
そう誘っても断られないだろうという予感はどこかにあった。でもそれは自惚れといってもいいような経験則で、彼女がデートのことをデートだと認識できていないからこそできる予測だった。
でもだからこそ期待はしていなかった。断られないとわかっているからこそ期待はできなかった。こっちがいくらデートという気持ちでいても、相手はきっと『二人で出かける』位の認識しかないのだろう。
そう思っていたからだ。
デート当日。待ち合わせ場所である時計台の前。
そんな達観しているギルバートを待ち合わせ場所で待っていたのは、予想だにしない『嬉しい誤算』だった。
「あ、ギル! ……やっときたー!」
そのはしゃいだような声は聞き覚えがあった。青色の瞳も今までに幾度となく見たことがあるもので、太陽のようなその笑顔も、令嬢らしくない落ち着かない雰囲気も、確かに彼女のものだった。
ただ髪の毛の色が燻んだ栗毛なのがいつもと違っていて、それがどうしようもなく気になった。
いいや、本当はもっと気になるものがあったのだが……。
ギルバートの唇は、頭の中に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「……なんで女性の格好?」
「えへへ。リーンがね用意してくれたんだ!」
そうはにかむ彼女はどこまでも可愛らしい。
セシリアの格好はいつもの男装姿ではなかった。黒茶色の長い髪にフリルのついた水色の動きやすそうなドレス。手に持っている小物から足元の靴まで、どこからどう見ても女性である。
髪の毛が地毛ではなく黒茶色のかつらなのは、きっと誰かに見つかってしまっても大丈夫なようにだろう。
セシリアはうれしそうな顔でくるりと回ってみせる。
「これ可愛いでしょ? リーンの手作りなんだよ! 本当にいつも思うけど、リーンってば器用だよねぇー」
よほど女性の格好をしていることが嬉しいのだろう、彼女は終始ご機嫌だ。
ギルバートが聞きたいのはどうしてそんな格好しているかなのだけれども、彼女の耳には先程の質問は届いていないようだった。
(単なるいつもの思いつきかな……)
セシリアが女性の格好をしていることに、ギルバートはそう結論付けた。
こんなに長く一緒にいるのに、彼女はたまに自分が思いつかないような突飛な行動する。きっとこれもその一種だろう。
なんだか感想を待っているようなセシリアの視線に、ギルバートは意識を彼女のドレスの方に向ける。
自分とオスカーが着た時も思ったが、リーンが作るドレスのデザインはなんだかあまり見たことがないようなものが多い。それが彼女の持つ遠瀬の記憶のせいなのか、それとも彼女自身の独特な感性なのかはわからないが。彼女が作るドレスはセシリアのかわいらしさや無邪気さをとてもよく引き立てていた。
「ほんとうだね、よく似合ってる。ドレスの色は瞳の色から取ったのかな?」
「そうなのかな。そこまで聞いてないからわかんないや」
「綺麗だよ」
本当は『可愛い』という方が正しいのだが、それを言ってしまうと彼女が『子供じゃないんだから!』と少しむくれてしまう気がして、二番目に頭に浮かんだ感想を述べる。すると彼女はニッと歯を見せて笑い「ありがと」と肩をすくませた。
やっぱり可愛い。
「でも、朝いきなり呼び出されるから何事かと思ったよー。まさか『デートなんだから、少しはちゃんと着飾りなさい!』って女性の格好させられるとは思ってなくてさー」
「え?」
呆けた声は反射的に出た。
彼女は自分の発言の意味に気がついていないようで、朝にリーンとどんな会話をしたとか、学院を出る時が一番大変だったとか、そんな感じの話を身振り手振りを交えながら話して聞かせてくれる。
「……でね、すっごく大変だったんだから!」
「もしかして、デートだから着飾ってくれたの?」
「へ? ……あ」
そこでようやくセシリアは自分の発言に気がついたようだった。瞬間、彼女の頬は、ぽっと赤くなり、目が泳ぎだす。今の今まで可愛いドレスが着れたことに興奮していて自分の状況を失念していたらしい。
(というか……)
デートだと思ってくれていたことが、彼女が着飾ってきてくれたことよりも、何より嬉しかった。
セシリアは何か言い訳をしたいのか口の中をゴニョゴニョとさせていたが、やがて諦めたようにひとつ息を吐き出すと、ギルバートに向き合った。
彼女の顔は変に赤い。きっと照れているのだろう。
「そうって言ったら、笑う?」
「ううん。……嬉しいよ」
その答えが何か不服だったのか、彼女の唇はとんがった。
けれど怒ったわけではなさそうなので、『ギルの方が大人みたい!』と意味のわからないことで少し拗ねているだけなのだろう。
「それじゃ、行こうか」
さすがに嫌がられるだろうなと思いながら腕を差し出せば、彼女は一度目を瞬かせた後、「うん」と事もなげに言って、腕に手を絡ませてきた。
自分で誘ったくせに、思っても見ない行動に頬がじんわりと熱くなる。彼女はそれを覗き見て「どうしたの? 顔赤いよ?」と首を傾げるのだった。
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