19.「今すぐ元いたところに返してきなさい」
「今すぐ元いたところに返してきなさい」
「そんな、犬猫を拾ってきた時みたいに言わなくても……」
静かな怒りの声を上げるギルバートに、視線を逸らすセシリア。腕を組みながら渋い顔で扉のそばに立っているのはオスカーで、外からはジェイドたちの明るい声が聞こえてくる。
そこはヴルーヘル学院だった。リーンがいつの間にか根城としてしまっている旧校舎の空き教室である。
セシリアたちがノルトラッハから帰ってきたのは、昨日の夜の話だった。
学院に馬車がつくと、知らせを受けていただろうギルバートとリーンが夜にもかかわらず二人を迎えてくれた。しかし、馬車の中の三人目に気づいたギルバートがセシリアに説明を求め、『えっと、ノルトラッハの第四王子、ローラン・サランジェ殿下です』とと馬鹿正直に答えたものだから事態は急変、この度緊急会議を開くことになったのである。
「犬猫の方がまだマシだよ。どうして他国の王族なんか拾ってくるの……」
「拾ってきたというか、勝手について来たというか」
「どっちにしたって連れ帰ってきたのは一緒でしょ? というか、どうせセシリアが何か迂闊なことを言って、それがきっかけで連れて帰ってくることになったんじゃないの?」
まるで見たてきたかのようにそう言う彼に、セシリアは驚きで目を見開いた。そして思わず「千里眼……」とつぶやいてしまう。
「なに?」
「いいえ、なんでもないです」
鋭い眼光で睨まれて、セシリアは萎縮したように体を小さくさせた。それを見ながらギルバートも「なんでこう、人たらしかな……」と小さくため息をつく。
ちなみに、ローランは現在ジェイドに学院の中を案内してもらっている。ローランの身分はみんなに秘密となっており、国王の計らいで『ノルトラッハからの留学生』ということになっていた。
「というか、そもそもどうして俺に黙って行くわけ? あとからリーンに事情を聞かされて、ホント心配したんだからね」
「それは、ごめんなさい」
「まったく、セシリアはいつもいつも……」
「まぁ、そう責めてやるな。セシリアだってお前のことを考えてだな……」
そう、助け舟を出したのは、それまで黙って話を聞いていたオスカーだった。
瞬間、セシリアに向いていたギルバートの視線がオスカーに滑る。
「わかってますよ、そのぐらい。きっとセシリアは、俺がセシリアのノルトラッハ行きを止めるために、国王様に直談判しに行くとか考えたんでしょう? そのせいで俺の立場が悪くなるかもしれないとか」
「ギルすごい!」
心を読むことができるのではないかというぐらいの的確さに、セシリアは思わずそう感嘆の声を上げてしまう。
「そんなことはわかってるんです! だとしても、腹が立つんだから仕方がないでしょう? ……というか俺は、貴方がセシリアと二人っきりで出掛けたことを許してはいないんですからね?」
「そ、それは、俺だって当日まで知らなかったんだから仕方がないだろう?」
「……何もなかったんですよね?」
「な、何もなかったぞ?」
そうは言っているが、彼の頬はほんのりと赤い。おそらく、旅行であった出来事を思い出してしまったのだろう。
そんなオスカーの様子にギルバートの眉間に三本ほど深い皺が寄るが、それも一瞬のこと。彼はため息一つで、眉間の皺を三本から一本にまで減らした。
「でもま、今回は国王様からの頼みだったんだから、仕方がないってことでゆるしてあげる。いつもみたいに勝手に飛び出していったとかなら、あと小一時間は説教だったけど……」
「ありがとう、ギル!」
ようやく、説明の場という名の説教時間が終わり、セシリアはほっとしたように頬を引き上げた。
「だとしても、ローランを連れ帰ってきたことは失敗だと思ってるんだからね? 他国の王族が怪我したり死んだりした場合、国際問題に発展する可能性があるんだから」
「それは、はい。……ごめんなさい」
自分の余計な一言が彼にトリガーを引かせた。その自覚はあるのだ。
素直に謝るセシリアにギルバートは「もういいよ」と呆れたように一息ついた。
呆れられたのかとセシリアが少しだけ気落ちしていると、ギルバートは彼女の前にしゃがみ込み、椅子に座る彼女を覗き見た。
「まぁ。でも、何事もなくてよかった。……怪我とか、痛いところは本当にどこもないんだよね?」
「うん。大丈夫。痛くもないし、どこも怪我もしてないよ」
「それならよかった」
ほっとした彼の顔が、どれぐらい心配したのかを物語っているようで、セシリアは彼に黙ってノルトラッハに赴いたことを少しだけ後悔した。
ギルバートはセシリアの頬を一撫でして、彼女の顔色を確かめたあと、立ち上がる。そして、オスカーを振り返った。
「ま、過ぎたことをとやかくいうのは後からでもできるので、いまはローランの話をしましょうか。ジャニスのことについて何か言っていたとセシリアから聞きましたが、具体的に何をどう言っていたか教えてもらってもいいですか?」
そう、これが今回の話の本題だったのだ。
ローランがどうして王国にくることになったのかももちろん重要だが、今回の主目的は彼から聞いた話だった。
オスカーはローランから聞いた話をギルバートに話す。
二人を呼び出した理由。ローランにとってジャニスがどういう兄だったか。クロエのこと。もちろん『ジャニスが自死しようとしているかもしれない』というローランの推測も全て話した。
「自殺ですか。普通の神経をしている人なら露知らず、彼がそういうことをする人には見えませんでしたけれど……」
「だな。それは俺も同意見だ」
「しかし、放っておきにくい情報でもありますね。死ぬのならば勝手に死ねばいいって感じですが、死に場所や死に方によっては面倒くさいことになりかねませんし……」
先程、セシリアにも言った話だ。
他国の王族が自国で傷を負ったり亡くなったりするのは、国際的にあってはならないことなのだ。発展すれば軍事衝突などもありえてしまう重大な問題である。
「それなら、俺達も本腰を入れて彼を探すか?」
「そうですね。あれだけの人数が動いていて誰も見つけられていないものを俺たちが動いた如きでそうにかなるとは思いませんが……」
そう言葉を切った後、ギルバートは「そういえば……」と何かを思い出したかのうように顔を上げた。
「ジャニスの母親であるクロエって人はプロスペレ王国出身じゃないですか?」
「そうなのか?」
知らなかった事実にオスカーは驚いたように目を見開いた。
「おそらく、生家――コールソン家の遠縁の人間なはずです。コールソン夫人が自慢げに言っていたのを何度か聞いたことがありますから『うちの親戚には隣国の王にみそめられて嫁いだ人がいる』って」
「そうか。その辺りは不勉強だったな」
「まぁ、嫁いだというか公妾ですけどね。それでも名誉なことだと夫人は胸を張っていましたが……」
自分の産みの母親のことを『コールソン夫人』と呼ぶあたりに生家との確執が見て取れるが、今そこは重要じゃないのだろう。彼の口ぶりはその先の不穏さを醸し出している。
「そこで、少し考えてみたんですが、クロエがおかしくなった原因はジャニスじゃないでしょうか?」
「どういうことだ? ローランが言っていたように、クロエはジャニスを不憫に思ってってことか?」
「いいえ、そういうわけではなくてですね……つまり、クロエには障りがついてたんじゃないかってことです」
その言葉に、セシリアはハッとしたように目を見開いた。
「ジャニスの十七歳の誕生日を皮切りにクロエはおかしくなったんですよね? もしかするとその辺りでジャニスの力は開花したのかもしれません」
ギルバートはそう考えを吐き出した後、「まぁ、意図的なのかそうじゃないのかは俺にもわかりませんが……」と続けた。
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