18.ノルトラッハ最終日
そうして、ノルトラッハ滞在、最終日。
最終日といっても、その日は朝からプロスペレ王国に帰る馬車に乗るため、最終日にノルトラッハでしたことは、忘れ物がないかという荷物のチェックぐらいだった。
セシリアはオスカーと同じ馬車に揺られながらじっと窓の外を見つめた。ノルトラッハの可愛らしい街並みがどんどん小さくなって、徐々に牧草地へと変わる。それだけでなんだかちょっと感傷的になってしまう。
「もう、ノルトラッハともお別れだね」
「そうだな」
「そうですね!」
「最初はどうなるかと思ったけど、結構楽しかったよね?」
「まぁ、そうだな」
「お二人と過ごせた日々は宝物です!」
おかしい。オスカーとの会話のはずなのに、応えてくる声が一つ多いのだ。
幼子ではないが、まだ子供っぽさが抜けないその声は、セシリアがこの数日でよく聞いた声と同じ物だった。
「……」
「セシル、どうしましたか?」
というか、セシリアはその声の主が誰だかわかっている。
だって、彼は彼女の隣に座っているのだ。満面の笑みを浮かべたまま足をぶらつかせて、彼はそこにいる。
いないように振る舞っていたのは、セシリアがその現実を直視したくなかったからだった。
セシリアは改めて隣を向く。そして、現実と目を合わせた。
「……なんでローランがここにいるの?」
「え?」
大きな目をこれでもかと見開いて、現実が首を傾げる。
そう、そこにしたのはローラン・サランジェ、その人だった。
彼は心底意味がわからないという顔をするセシリアに、同じように心底意味がわからないというような目をむける。
「なんでここにいる、というのは、どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だけど。えっと、この馬車、プロスペレ王国に帰るんだよ?」
「はい! 知っていますよ」
さも当然とばかりに彼はそう応えて、彼は胸の前でパンと手を叩いた。
「昨日、セシルが言ってくれたじゃないですか! 『俺も早く見つけられるように努力するね!』って。あれは一緒に探してくれるという意味だったのでは?」
「あ。いや、あれはその……」
正面に座るオスカーの視線が痛い。その表情だけで『お前、またやったのか……』という彼の気持ちが伝わって来るようだ。
そんな彼らのアイコンタクトに気づくことなく、ローランは意気揚々と胸元に拳を掲げた。
「兄様を探すなら、やっぱり最後に連絡が途絶えたプロスペレ王国だと思うんですよね!」
「あのさ、ローラン。国王様には止められなかったの?」
「父上は承諾してくださいました! 身内の罪を雪ぐのはやはり身内でなければな……と」
国王の変な決意が見え隠れするが、それならばどうして濯ぐ予定の息子に身内の罪とやらを教えないのだろうか。
確かに今の状況で王族を他国に送るという行為が『誠実な対応』としてみられる可能性はあるが、投げっぱなしにも程がある。
「それに、プロスペレ王国にいつか留学したいと思っていたんですよね!」
嬉しそうにそういわれてはもう、もう反対することも叶わない。
そもそも彼はもうすでに馬車に乗っているのだ。ここで放り出すわけにもいかないだろう。
「オスカー、セシル。今日からどうぞよろしくお願いします!」
ローランは今までにみたことがないような嬉しそうな顔で破顔した。




