17.ノルトラッハ観光2
勝手に納得したローランは観光案内を続ける。
「でも、もう少し時間があれば、この先の崖にも案内できたのに残念です」
「崖?」
「はい! 我がノルトラッハの街並みが美しいのはもちろんなのですが、我が国は自然の景観も特徴の一つなのです! 氷河により形成されたフィヨルドを一望できるそこからの眺めは、まさに国の宝と言っても過言ではないほど! ぜひ、セシルにも一度見ていただきたくて!」
「それは、すごいね……」
「あと、もっと北の方に行くとオーロラが見えるんですよ!」
「オーロラ……?」
オーロラというのは、あのオーロラだろうか。前世でもテレビの中でしかみたことがない、大気の発光現象。高い山に囲われたひらけた空に揺蕩う光の波。誰もが一度は見てみたいと思うだろう光景である。
呆けているセシリアをどうとったのか、ローランは慌ててオーロラの説明を始める。
「オーロラ、と言ってもわかりませんよね? 信じられないのかもしれませんが、夜に光のカーテンがかかる現象なのですよ。自然現象らしいのですが、昔はそれを神々からのメッセージとして受け止めていたそうです」
「確かにあれは、神様の仕業って感じがするよね」
「知っておられるんですか?」
「知ってるっていうか……絵本で読んだだけ?」
前世のことなど言えるはずもなく、咄嗟にそう言い繕うと、ローランはほほをひきあげながら「そうなんですね!」と楽しげに笑う。
「ローランはオーロラ見たことがあるの?」
「そんなにたくさんではありませんが、数回だけは。私は兄様たちに比べて割と楽な身分でしたから、よく北の大地まで行っていたんですよ」
その時の景色を思い出しているのだろう。ローランはうっとりと目を細めた。
「本当に綺麗なんですよ。私がみたことがあるオーロラは緑が多かったですが、青や紫。たまに赤といった色のオーロラも見ることができるんです」
「それは、なんだか凄そうだね」
「はい! 本当にすごいんです!」
言葉の端々から彼がノルトラッハを愛しているのが伝わって来る。
それは、もう少し時間があるのならば一緒に崖にいったり、オーロラを見たりしたいと思えるような言葉だったし、熱量だった。
キラキラと目を輝かせているローランは「そういえば!」とさらに顔を輝かせた。
「一度、ジャニス兄様とオーロラを見にいったことがあるんです」
「ジャニス殿下と?」
「はい! 兄様から誘ってくださって、私が案内したんですよ。あの頃はまだクロエ様も健在で、兄様もずっと穏やかに笑っていて……」
ローランを懐かしむようにそういった後、空を見上げた。
「実はその時、オーロラは見えなかったんです。でも、二人で空を見上げながら『いつか絶対に見よう』と約束して。本当にいい思い出です。……結局その約束は果たせずじまいでしたが……」
苦笑を浮かべるローランは先ほどとは違ってどこか悲しそうだ。彼は『ジャニス兄様を探す』と息巻いているが、その口ぶりからしてもう半分諦めてしまっているのかもしれない。
そんな彼にセシリアは今まで疑問に思っていたことをぶつけた。
「ねぇ、どうしてローランはジャニス殿下にこだわるの? 死んじゃったかもしれないけどお兄さんは他にもいたんでしょう?」
「そうですね……。ジャニス兄様が唯一私のことを家族として扱ってくれたからでしょうか」
「家族?」
「前にも言った通りに、私には母がいません。父は父というよりも国王ですし、腹違いの兄弟は、そこら辺を歩いている人よりも心の距離だけでいうのならば他人でした。でも、ジャニス兄様だけは違ったんです。部屋に閉じこもって出てこようとしない私に、『私たちは王位に関係なのだから、気楽に行こう』と声をかけて、手をひいてくださったんです」
「私は、クロエ様の気持ちが実は少しわかるんです。あの頃の兄様は、自分のことをずっと卑下して生きていました。『出来損ないの三番目』『期待されていない三番目』だと」
「それは……」
「兄様はとびきり優秀でした。だからこそ、王位をめぐるゴタゴタに巻き込まれなくて、そんなふうな発言をしていたのでしょう。あるいは、パスカル兄様とミシェル兄様の母上からクロエ様を守るのが目的だったのかもしれないです。……でも、私はそれが悔しくてたまらなかった」
隣を歩くローランの拳が少し震える。
「兄様が道化を演じる度に、本当は違うんだと叫びたくなりましたし、たとえ兄様の発言でも兄様を傷つけてほしくなかった。きっとクロエ様も私以上にそう思っていたと思います。…………ま、だからと言って、毒を盛るのは反対ですけどね」
ローランはそう弱々しく笑った後、瞬き一つでいつも通りの穏やかな彼に戻る。しかし、無理をしているのはバレバレで、彼の瞳の奥にはやはりどうしようもない悲しみが見てとれた。
セシリアは、そんな彼の手をぎゅっと掴むと、唇を引き上げる。
「ジャニス王子、見つかるといいね。俺も早く見つけられるように努力するね!」
はっきりいえば、それは同情で吐いた言葉だった。
自分達がジャニスを見つけてしまった場合、彼はきっと無事に国に帰ることは叶わないだろう。ここまで発展してしまったのだから見逃すことなどできるはずもない。だからといって、ジャニスのことを信じ切っているローランに自分達の目的やジャニスのしたことを、言ってしまうのは違うと思ったし、このまま何も言わないという選択もセシリアには取れなかった。
だから、嘘ではない精一杯の、彼の気持ちを汲む言葉として、セシリアはそれを吐いたのである。
ローランはセシリアの言葉を受けて、まるで花が咲くように笑った。
「ありがとうございます!」
可愛らしく頬を染めて彼はそう唇の隙間から歯を見せる。
「すみません。湿っぽくしてしまって。では、案内を続けますね!」
「うん。よろしくね!」
二人は同時に微笑みあい、少し歩幅を大きくするのだった。




