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16.ノルトラッハ観光

「この度は私のわがままを聞いていただき、本当にありがとうございます!」


 食事会を終えた翌日、ローランはセシリアたちの部屋の前でそう目を輝かせた。

 それに相対するのは、セシリアだ。もちろんいつもの男装姿である。

 その日、セシリアはローランにノルトラッハの首都であるムーレイを案内してもらう予定だった。これは昨日の食事会の時にローランが提案してくれたもので、少し観光気分で街を見て回りたかったセシリアは二つ返事でOKした。

 ちなみに、オスカーはノルトラッハの国王に呼び出されてしまったので、今回は不参加である。


『大丈夫だと思うが、一応気を付けろよ。敵国とまでは言わないが、何が起こるかわからない国だ。いくら用心していても用心のしすぎってことはないからな』


 と、心配そうに言ってくれたオスカーの声が耳の奥で蘇る。

 ローランはこちらに友好的な姿勢を見せているし、彼の護衛も一緒に行くことになっているので大丈夫だとは思うのだが、彼の心配ももっともだ。確かに安心のしすぎはよくない。

 そんなセシリアの服装は、シャツとパンツの上にジャケットとコートを羽織るという、比較的簡易な服装だ。歩いて回るため動きやすさの方を重視しているのである。簡易な服装ではあるものの、貴族の息子かな? ぐらいの身綺麗さはあるし、平民には見えない。

 迎えにきたローランも同じように動きやすさの方を重視した服装だった。


「ローラン、今日はよろしくね?」

「はい! 任せてください!」


 そう頬を染めるローランからは、数日前までのよそよそしさなど、もう微塵も感じられなかった。


 二人は用意された馬車に乗り込み、大通りまで行く。そして、少し外れたところに馬車を置くと、揃って馬車を降りた。ローランからの強い要望で護衛は隠れて後ろからついていく形になるらしく、側からみれば彼らは二人で街を散策しているように見えた。

 ローランは第四王子ということで顔を覚えている国民も少なく、仰々しいお供を連れていくよりこの方が安全らしい。


「それじゃ、どこを案内しましょうか? 一応、プランも考えてきたのですが、セシル様が行きたい場所があれば、案内しますよ!」

「だから、そのセシル様っていうのは……」

「あぁ、すみません! つい……」


 ローランは頬を染める。あはは……と少し恥ずかしそうにはにかむ彼の表情は、ジャニスに似た中性的な容姿も相まって、どこか恋する乙女のような印象を受けてしまう。

 まぁ、正体として正しいのは『推しに会ったオタク』かもしれないが……


 ノルトラッハの街並みは、プロスペレ王国とは趣が違った。

 赤や黄色、白などといった色とりどりの明るい壁に、雪が降るからだろう、傾斜のきつい切妻屋根。建物の高さは全体的に高く、湾を囲うように建物が建っているので、船着き場も多い。

 全体的におもちゃ箱から飛び出してきた感がする街並みだった。建物の発色ははっきりとしているし、同じような形の建物ばかり並んでいるからか、その整頓された感じがなんだか可愛い。


「来る時も思ったけど、ノルトラッハの街並みって、本当に可愛いよね。すごく素敵!」

「ありがとうございます!」


 歩きながらのセシリアの言葉に、ローランは心底嬉しそうな顔を浮かべた。

 二人はまず市場の中に入っていく。その国のことを知りたいのならば、採れる作物や産物を知るのが手っ取り早いからだ。

 漁港が近いからか、市場にはたくさんの魚が並んでいた。見たことがないほどの大きな魚が捌かれることなく内臓だけ処理された状態で置いてある様はセシリアを驚愕させたし、客が来てから捌く手早さにも恐れ入った。

 魚に次いで多いのはお酒の数で、この辺などを持って帰ればきっとダンテは喜ぶだろう。もちろん持って帰りはしないが。

 その他には寒い地域でも育つ根菜類がいくつか並んでいて、乾燥肉なども吊り下げられている。


「我が国の料理は正直バラエティには乏しいのですが、その分漁港が近いので魚が新鮮でとても美味しいですよ。ソテーで食べるのもいいですが、シチューに入れても美味しいですし、生で食べるような猛者もたまにいたりします。推奨はしませんが……」


 ローランはそう苦笑を浮かべながら隣を歩く。

 市場を出て次に向かった先は、ノルトラッハの大通りだった。雪は残っていないものの、人もあまり出ておらず市場ほどの活気は見られなかった。それでも、ひとびとは皆穏やかそうな笑みを浮かべている。


「そういえば、その胸元のペンってオスカーからですか?」


 ローランが視線を向けたのは、セシリアのジャケットの胸ポケットに入っているペンだった。


「あぁ、うん! よくわかったね」

「そこの石がオスカーの瞳の色だったので。あと、意匠が少し豪華だなと……」


 オブラートには包んでいるが、男爵子息が持つには少し高級品すぎるということだろう。

 セシリアは胸元から覗くペンの先端を指でなでた。


「なんか今朝、渡されてね」


 あれは、まだローランが部屋に迎えにくる前。国王に呼び出されたオスカーが部屋を出ようとしていた時だった。

 身支度を終えたセシリアが扉の前で『行ってらっしゃい。気をつけてね』とオスカーを送っていると、急に振り返った彼から『念のためだ』とペンを胸ポケットに刺されたのだ。

 意味がわからずキョトンとする彼女にオスカーは続けて『一応、ローランも男だからな』とさらに意味のわからない言葉を重ねた。


「……お二人って、そういう仲なんですか?」

「え。そういう仲?」


 ローランに恐る恐る聞かれ、セシリアは首を傾けた。

 なにもわかってない様子の彼女に、ローランは「違うんですかね? すごく仲がいいってことでしょうか……」と顎をなでる。


「いや、男女の間ではあるじゃないですか。そういう、自分がいつも身につけているものを女性の見えるところにつけて、変な虫が付かないようにするってやつ」

「変な虫?」

「その、言い寄ってくる男性って意味です」

「……あー」


 途端、首筋が熱くなった。そういう意味だとわかった瞬間に、なんだか猛烈に胸元のペンが恥ずかしくなる。


(だから『念のためだ』で、『一応、ローランも男だからな』なのね……)


 セシリアの反応に、ローランは大きく目を見開いた。


「まさか本当に?」

「ち、違う! あ、いや、違わないんだけど、違くて!」


 セシリアならばそういう仲ではあるのかもしれないが、セシルとオスカーはただの友人だし、というか、そもそもセシリアとしてもそういう仲と言い切ってしまっていいのかも疑問である。


「オスカーはセシルのことが大切なのですね!」


 狼狽えるセシリアの反応をどう取ったのか、ローランはそう納得してくれた。

『まさか本当に?』と言いつつも、最終的に友人に収まってしまうあたり、リーンよりも随分と良心的だ。 


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