14.セシルを招待した理由
それからしばらくは妙な沈黙が続いた。話が話だっただけにいきなり切り替えるのも難しく、空気はどこまでも重々しい。
そんな沈黙を破ったのは、セシリアだった。彼女は真剣な面持ちで、「あのさ……」とまるで質問するように片手を上げる。瞬間、ローランとオスカーの視線が彼女に集まった。
「これって俺が聞いてもよかったのかな」
「え?」
「だって、これって本当はオスカーだけに言おうと思っていた話だよね?」
だからこそ、ローランはオスカーだけを何度も呼び出したのだ。
話も箝口令が敷かれているような王室の深いところの話だし、セシリアならまだしも、たかが男爵子息であるセシルには聞かせたくない話だっただろう。
そんなセシリアの心配を、ローランは首を振って否定する。
「セシル様は、兄様の部屋に侵入するという危険を犯すぐらい、兄様のことを心配してくださいました。しかも変装までして、です。ですから、問題ありません。私はセシル様のことを信用していますから!」
「そ、そっか……」
猛烈に胸が痛む。
別にジャニスのことは心配していないし、もう現れないのならばそれに越したことはないと思っているのだが、こんなに彼のことを慕っているローランの前でそんなことを言う気には、さすがになれなかった。
「それならどうして、セシルを呼び出したんだ?」
そう聞いたのはオスカーだった。彼の問いにローランは少し身体をびくつかせた後、「それは……」と指先を合わせた。
「今は普通に話しているが、初日や昨日なんかはほとんど関わりを持とうとしていなかっただろう? むしろ避けている感じで……。用事があるから呼び出したはずなのにおかしいと二人で話していたんだ」
視線で「な?」と言われ、セシリアもコクコクと頷いた。
ローランはちらりとセシリアを見た後、なぜかじんわりと頬を染める。
「実は……」
「実は?」
「実は、降神祭の王子様に会ってみたかったんです!」
いきなりそう叫ばれて、セシリアは固まった。突然の出来事に放心する彼女に、ローランはさらに言葉を重ねる。
「実は私、民俗学を勉強していまして、プロスペレ王国の神話にも大変興味を持っているんです! かの神話はわが国ともとても重要な関わりを持っている神話ですし、民俗学的にも重要な祭りだと思っているので! それで、数年前から人を派遣して情報を集めてもらっているんですが、今年の降神祭でイワンの生まれ変わりかもしれない青年が現れたと聞いて、いてもたってもいられなくて!!」
さっきとは別の意味で興奮しだしたローランに、セシリアは頬を引き攣らせる。
「しかも、伝え聞くセシル様は伝説と遜色ないぐらいの活躍で! 私としては是非一度お会いしたいと思って、オスカーに招待状を送るのに乗じて送らせていただいたのです! でもまさか本当に来ていただけるとは思ってなくて、緊張してしまって……」
「いや。あの俺、そんな王族からの打診を断われるような身分では……」
「そんなわけないでしょう! イワン様の生まれ変わりということは現人神ということですよ! まさか、王国はあなたの身分をそのままにしていると?」
ここでローランはオスカーを見る。
オスカーもどう答えていいのかわからない様子で、目を瞬かせていた。
「えっと、俺がイワンの生まれ変わりというのは、いろんな方が騒いでいるだけで、本当にそうだと決まったわけでは……」
「しかし、知り合いの教会の方も『そういう話になりそうだ』とおっしゃってましたよ。教会が認めるという事は、事実そういうことなのでは? セシル様が無自覚なだけで、実はなにかそういう証拠が……」
つまりローランは、アイドルに会いたいぐらいの気持ちであの招待状を出したということだ。
(だから、私だけ『様』なのね……)
それでも王族であるオスカーを差し置いて様呼ばわりというのはどうかと思うのだが、理由がわかった分だけ、なぜかちょっとホッとしてしまう。嫌われているわけではなかったのだ。
ローランはチラチラとセシリアを盗み見る。
「しかし、まさかそのような趣味があるとは思いませんでした……」
セシリアの格好はまだメイド服のままだった。
彼女は自分の格好に今更ながらに気づき、頬を真っ赤に染め上げ、「あ、あの、これはね!」と弁解しようとした。しかし、変装をするにしても男性が女性の使用人に変装するなんて、確かにその人の趣味を疑ってしまう。
(せっかく、嫌われてないとわかったばっかりなのに!)
これではイメージダウン甚だしい。凄い失態だ。
そんなセシリアの焦りを知らないローランは、少しだけ頬を染めると咳払いをして、やっぱり彼女から視線を逸らした。
「女装をしている男性ですか……」
「え?」
「なんだか新たな扉が開いた気がします」
それ以上開いてはいけない扉が開く音がした。
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