13.オスカーを招待した理由
「つまり、お二人は兄様を探そうとしていて。そのための情報を得るため、兄様の部屋に侵入していたと……」
ローランの言葉にセシリアは「えっと、はい……」と曖昧にうなずいた。
オスカーの説明により、『自分達は前からジャニスと面識があり、失踪した彼を探すために、たまたま空いていた彼の部屋に侵入した』ということになっていた。
セシルが変装していたのは、正直に言っても協力してもらえないと思っていたため、と。
その話を聞いたローランは「兄様をさがしてくださるというんだったら、協力はいくらでもしますのに!」と声を上げていた。
どうやらローランはオスカーの話を信用してくれたようだった。彼が人を信用しやすいのか、オスカーへの信頼がそうさせるのかはわからないが、なんとかことなきを得た形だ。
ちなみにローランは、オスカーと一緒にクローゼットに入っていた使用人を最初はセシルだとは思っていなかったようで、「オスカー、こんなところで使用人と何を……。まさか! そういう趣味が――?」と変な勘違いを起こしそうになっていた。たまらずセシリアが「俺です!」と片手を上げながら白状すると、一瞬だけ納得したような表情になった後、また目を剥いて驚いていた。
その時のローランの顔は、まさに豆鉄砲を食らった鳩だった。
一通り事情を説明し終えた二人は、その場に座り込んだまま、今度はローランの説明を聞く。
「この部屋の鍵が空いていたのは、私がよくここに来るからです。おはずかしながら、兄離れができていなくて」
彼は広い室内を見回した後、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「兄様は持っているもののほとんどを処分して姿を消したので、もうここには何も残っていないんです。だから普段から鍵もかける習慣もなく……」
「ローラン殿下はジャニス殿下と、その、仲がよかったんですか?」
セシリアの問いにローランは少し考えた後、困ったように眉を寄せた。
「仲が良かったかはわかりません。ただ、私は信用していましたし、目標としていました。私たち兄弟の中で、兄様が一番優秀でしたから」
ここ二日間、セシルのことを避けていた彼の姿はそこになかった。
ローランは少し迷うようにした後、意を決したように顔を上げてオスカーに詰め寄った。
「お二人……というか、オスカーを呼んだのは、実は兄様のことでお願いしたいことがあったからです」
「ジャニス殿下のことで?」
「はい。兄様を止めて欲しいんです」
その言葉に、オスカーとセシリアは顔を見合わせる。『探し出してほしい』ならまだわかるが、『止めてほしい』というのはどういう意味だろうか。ローランはプロスペレ王国でジャニスのしたことを知らないはずだ。失踪したとだけ聞いている状態のはずである。それとも何か察しているのだろうか。
ローランは数度躊躇したのちに口を開く。
「兄様はもしかしたら自死するかもしれないんです」
その言葉に話を聞いていたオスカーとセシリアは目を剥いた。
「ここから先の話は内密にしてもらえますか?」という前置きの後、彼は訥々と語り出す。
「兄様の上にもう二人兄がいたのはご存知でしょうか?」
「うん。二人とも優秀な人で、でも亡くなったって……」
そう頷きながらセシリアはイザベルから聞いた話を思い出していた。
『ジャニス王子にはね二人のとても優秀なお兄さんがいたんだけど、亡くなってしまってね……』
『上の二人の王子が亡くなって、ジャニス王子が王位継承権第一位になってしまったから、色々噂する人たちもいてね。あの時ほど王室が荒れたことはないわ。国王様もジャニス王子を疑っているのか、次期国王だと正式に指名はしていなかったみたいだし……』
その時期と重なるように母親も亡くなり、彼はあまりのショックに一時期部屋から出てこなくなったという。
セシリアの言葉にローランは「そうです」と頷いたあと、衝撃の事実を口にする。
「実は、その二人の兄を殺したのは、ジャニス兄様の母君――クロエ様なのです」
「それは、本当か?」
「はい。噂とかではなく、この目で見たので確かです」
ローランは視線を落としながら自身の胸に手を当てた。
「クロエ様は、とても優しい方でした。それこそ、兄様によく似たおっとりとした女性で。母親のいない私にもすごく良くしてくれたんです。……ただ、兄様の十七歳の誕生日。あの日からなぜか狂ったように乱暴な方になってしまって」
最初は精神の病気を疑われたらしいのだが、医者が診ても一向に症状は良くならず、一時期は幽閉までされていたそうだ。
「クロエ様は完全におかしくなっていました。兄様に嫁ぎにきた隣国の姫の腕を切り落としたり、国の金を横領した大臣の首をその場で刎ねるように命じたり。……でも、そこまでは国王様もなんとか庇えていたんです。上の二人の兄様たちに毒を盛るまでは……」
一番上の兄はその毒により亡くなり、二番目の兄はなんとか一命を取り留めたが、話を聞きつけたクロエが部屋に侵入し、王子の胸をナイフで刺したという。
「私は見舞いに来ていて、たまたまその場に居合わせました。クロエ様は私に目もくれず、真っ直ぐにベッド脇まで来て、なんの躊躇もなくミシェル兄様の胸を刺したんです。そして私に、『ジャニスのことをよろしくね』『次の国王にふさわしいのはあの子なの』と……」
すぐさま箝口令が敷かれ、クロエは捕らえられた。
ローランはじめ、目撃者もそれなりにいたため、クロエはすぐさま裁判にかけられることになったのだが……
「裁判を待たずに地下牢でお亡くなりになられました。クロエ様は兄様たちに盛ったものと同じ毒薬を隠し持っていたそうです」
「そんな……」
「そして、それらの事件のことを兄様は全て自分のせいだと考えているようでした。あの強い兄様が、全部自分自身のせいだと、私に愚痴を吐くこともありました。そして、その辺りからです。兄様がちょくちょく王宮を抜け出すようになったのは……」
クロエのことに、放浪癖。これではいかにジャニスが優秀だろうと、王太子に指名できるはずがない。しかし、ジャニスがいる以上、ローランを指名するのもおかしな話になってしまう。
「私は兄様が死に場所を探しているような気がしてならないのです。放浪癖と言っても今までは荷物もそのままだったし、ちょくちょく手紙も送ってくださっていました。なのに今回は、いつの間にか荷物もなくなっていて、手紙だって……」
ローランは悔しそうに膝の上で拳を作る。
「本当は、会ったその日に話すつもりだったんです。しかし、話が話なので、何度も躊躇してしまって……」
「その話、国王様は?」
「知っています。進言もしました。けれど、父上も兄様のことを厄介者だと思っているようで。『放っておけ』『あいつがいなくなればお前が次の国王だ。悪い話じゃないだろう』って。私はそんなものに興味なんてないのに……」
国王の対応がそっけないのは、もしかするとプロスペレ王国のことがあるからかもしれない。いま彼が戻ってきても、国王的には喜ばしい事は何もないだろう。彼のしたことが本当だと認められれば、ノルトラッハ及び国王は重大な責を負うだろうし、国際問題にも発展しかねない。
「私は兄様に早く帰ってきてほしいんです。ですから、お二人ともどうか力を貸してください! 私は兄様を止めたいんです!」
ローランはそういいながら深々と頭を下げる。
オスカーとセシリアはしばらく見つめあった。
彼に協力するのは別にいい。むしろ、協力した方がいいぐらいまである。二人ともローランと同じようにジャニスの行方を探しているからだ。
しかし、ここで問題なるのはジャニスを探し出す目的がローランとは真逆ということだ。ジャニスに国に戻ってもらいたいローランと、ジャニスが危険だから野放しにはしておけないと考えているセシリアたちでは、『ジャニスを見つける』という言葉の意味が違ってきてしまう。
言葉を発しない二人をどう思ったのか、ローランは悲しげに視線を落とし、「すみません。いきなりこんなことを言って……」と呟いた。
今にも泣きそうなローランを見かねてか、オスカーは眉間を揉みながら難しい声を出す。
「まぁ、少し考えさせてくれ。俺たちにもジャニス殿下を見つけたい気持ちはあるんだが、こちらにも事情があってな……」
「わかりました。できれば、こちらの国を出る時までにお返事をいただければ嬉しいです」
分をわきまえているのか、ローランはそう微笑むだけで会話は終了させた。
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