12.イン ザ クローゼット2
「ちょ、お前な――」
「大きな声、出さないで!」
セシリアの真剣な声色にオスカーも口を噤んだ。
しかし、足音の主がなかなか部屋の中に入ってこないところを見かね、たまらずともう一度口を開いた。もちろん声は顰めてだが。
「おい。前にもこんなことあった気がするぞ……」
「前?」
「お前が変な異国の服を着ていた時だ。リーンから逃げる時に……」
その言葉にセシリアは目を大きく見開いた後、「あはは……。あったね」と頬をかいた。
あれはまだオスカーがセシルの正体を知らなかった頃。リーンに半ば無理やりチャイナドレスを着させられたセシリアは、『全国デビューよ!』とスケッチブック片手に目を血走らせているリーンから逃げていた。その時、ちょうどオスカーに声をかけられてしまい、二人は空き教室に隠れたのである。その時もこんなふうにセシリアが無理矢理オスカーを教室に押し込めたのだが……
「全く、お前はいつまで経っても変わってないな……」
「いつまで経っても、ってひどくない? まだあれから数ヶ月だよ!? オスカーはあれから成長したっていうの?」
「少なくともこういう時に狼狽えなくなったな……」
「え? オスカー、狼狽えてたの?」
当時のオスカーの心境など全く知らないセシリアは目を瞬かせる。
それまで平気な顔をしていたオスカーは、彼女の言葉に頬を染めた。
「いや。まぁ、そうだな……」
「そっか。突然だったからびっくりしたよね? ごめんね、オスカー?」
「そういうわけじゃないんだが……」
びっくりしたから狼狽えたのではなく、突然押し倒されて上に乗られたものだから狼狽えたのだが、当然彼女はそんなこと知る由もない。
当時のことを思い出してしまったのだろうオスカーは上目遣いの彼女からあからさまに視線を逸らす。
どうして視線をそらされるのかわからないセシリアは彼を覗き込むが、ますます顔を背けられた。もう首が変な方向に曲がってしまいそうなほど、彼は視線を彼女に合わせようとしない。
「いいから、それ以上くっつくな……」
「え。なに?」
「だから! それ以上くっつくな、と!」
オスカーが思わず声を荒らげてしまいそうになった時だ。部屋の扉が開き、誰かが入ってくる。二人は思わず息をつめた。
扉の隙間から覗くと、そこにいたのはローランだった。彼は執務椅子に座り、上半身をぐったりと机に投げた。そうして、先ほどセシリアが調べた引き出しから万年筆を取り出し、自分の目の前に持ってくる。
その視線は何かを憂いているようで、セシリアはさらに扉に目をくっつけた。
「え? ここって、ローランの部屋だった?」
「いや。そんなはずはないが……」
『兄様……』
悲しみの声が室内に広がる。
二人は重なるように扉に近づき、今度は耳をそばだてた。
『兄様、どうして私に何も告げずにいなくなったりしたんですか……』
そう言う彼の声は、今にも泣き出しそうだった。彼は組んだ両腕に顔を埋めながら、長いため息をつく。その光景を見て、セシリアは眉を寄せた。
(ローラン……)
セシリアたちにとってジャニスは、もう現れないならそれが一番良いと考えてしまうような敵である。積極的に懲らしめたいとは思っていないが、もう関わらないで欲しいと心底思っている人間だ。
しかし、ローランにとっては違うようだった。見る限り、彼はジャニスのことを慕っていたのではないかと思う。失踪したジャニスのことを思って涙声を出すぐらいには、ローランは彼のことが好きだったのだろう。
そんな思いに浸っていたからだろうか、セシリアのつま先はクローゼットの扉を蹴ってしまう。その瞬間、ローランは反応した。
『だれか、いるんですか?』
「やば――」
「お前というやつは……」
二人の額に冷や汗が浮かぶ。
ローランはクローゼットの前まで歩いてきて、キョロキョロとあたりを見回した。まさかクローゼットの中に人が隠れているなんて思ってないのだろう。視線は一向にこちらに向かない。
二人が僅かにホッとした瞬間、ローランが何かに気がついてクローゼットの扉に手を伸ばした。そして、勢いよく開け放つ。
「わっ!」
「――っ!」
最初に扉にへばりついていたセシリアが飛び出て、次いで彼女を守ろうとしたオスカーも転げ出た。咄嗟に身体を入れ替えたオスカーのおかげで、セシリアは地面に身体を打ち付けることなく、彼女の身体は彼の上に倒れ込むような形になる。
「いたたたた……って、オスカー、大丈夫!?」
「――っ、俺は平気だが……」
身体を起こしたオスカーの視線の先を辿る。
するとそこには大きく目を見開くローランの姿があった。
「えっと、そんなところで何をしてらっしゃるんですか?」
セシリアはそんな彼に「あはは……」と苦笑いをこぼすのだった。
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