10.「ナ、ナニモ、ナカッタヨ?」
それから一時間もたつころには――
「リアちゃんー! こっちの荷物運んでおいてー!」
「はーい!」
「リア、ここの食器の数もチェックしておいてくれたら嬉しいんだけど」
「わかりました!」
セシリアは、すっかりみんなと馴染んでしまっていた。特に、セシリアをここまで連れてきた女性――イザベルと、先月入ったばかりのアンヌは何もわからないセシリアにとてもよくしてくれる。
セシリアはそんな彼女たちに『リア』という偽名を使っていた。
「そういえば、リアちゃん。明日、ここを使う人たち知ってる?」
「ここを使う人たち? 貴賓用ってことだから、貴族の方がたずねてくるんですか?」
「惜しいわね。明日ここを使うのはね、隣国の王族と貴族らしいのよ」
「あー……」
すぐに自分達のことだと察知した。そうえいえば、昨日ローランから『今日と明日は難しいですが、明後日なら時間が取れるので夕食を一緒にとりませんか?』と誘われていたのだ。正確に言えば、誘われたのはオスカーだが、この感じだとローランはきっとセシリアのことも誘っていたのだろう。ただ目線がセシリアの方を向いていなかっただけで。
「それでね! 私ちょっと見ちゃったんだけど、貴族様の方、めちゃめちゃかっこいいのよ!」
「貴族様って、あの金髪の彼のことでしょう? 私も見た見た! 本当にイケメンよね!」
「私なんて声もかけてもらっちゃったんだから! 名前は確か、セシルって呼ばれていた気が……」
「ソウナンダー」
なんというか、もう乾いた笑いしか出なかった。我ながら本当に人気者だなと思ってしまう。もしかすると自分は男性に転生したほうが楽しく生きられたんじゃないかと思ってしまうが、それはそれで別の問題も孕みそうなのでそれ以上考えるのはやめておいた。
「ジャニス王子もカッコよかったけど、セシル様もまた違った趣があってかっこいいわよね!」
セシルのことを思い出し興奮したのか、使用人の一人が会話に割って入ってきた。それを皮切りに、次々と周りに会話の花が咲いていく。
「わかる! 月と太陽って感じがするわよね!」
「私は、セシル様推しだなぁー」
「でもやっぱり、ジャニス王子には敵わないんじゃない?」
「あぁそうだ! ジャニス王子!」
セシリアは本来ここを訪れた目的を思い出し、そう声を大きくした。
すっかり忘れていたが、彼女はジャニスの情報を得るためにこんな格好をしているのだ。決して掃除をするためではない。
突然上がったセシリアの声に、使用人の女性たちの視線が集中する。
「ジャニス王子がどうしたの?」
「あぁ、えっと……」
「貴女もあれでしょう? ジャニス王子の噂を聞いて入ってきた口でしょう?」
「噂?」
「そうそう、ジャニス王子の美しさは王都じゃ有名だからね。貴女みたいにちょっとのぼせ上がった子が、たまにうちに入ってくるのよ」
彼女たちは「ねー」とたのしそうに顔を和ませる
「ジャニス王子のこと、おしえてあげましょうか?」
「教えてくれるの?」
「いいわよ。リア、いい子だからね!」
真面目な態度が功を奏したのか、使用人の女性たちは顔を見合わせる。そんな彼女たちにイザベルは「はいはい、無駄口は仕事が終わってからだよ!」と喝を入れて、セシリアたちは元の持ち場に戻っていた。
その日の夜、セシリアはオスカーと一緒に部屋で夕食をとった後、自室に戻らず、間にある共通の部屋で寛いでいた。掃除で疲れた体をソファに埋めていると、オスカーが隣に腰掛けてくる。
「セシリア、今日は一日何をしてたんだ?」
「え? ……えっと、特になにもしてないよ! ゆっくりしてた!」
セシリアは咄嗟に嘘をつく。『使用人に変装して、明日使う予定の部屋を掃除してました』なんて口が裂けても言えない。それを言ってしまえば、オスカーに心配をかけてしまうだろうし、もしかしたら怒られてしまうかもしれないからだ。
「オスカーはどうだったの? ローランから話が聞けた?」
そう話を逸らすと、オスカーは視線を下げ「それが、うまくはぐらかされてしまってな」と疲れたような声を出した。
「ジャニス王子のことについて何か俺に伝えたいことがあるようなんだが、どうにも口が重くてな。促してもひどく迷っている様子で何も答えてくれなかった。とりあえず、明日も一緒に話がしたいというから了承をしたが、ちゃんと話してくれるかどうかはわからないな……」
「そっか」
「まぁ、まだ日程はあるからな。気長に聞き出すことにする」
「そうだね。なんか任せちゃってごめんね、オスカー」
「いいや。こればっかりは仕方がないだろう」
ローランがセシリアを避けている限り、彼の方はオスカーに任せるしかない。
こんなに避けるのならばどうして呼び出したんだろうとおもわなくもないのだが、その辺りも結局オスカーに頼らなくてはわからないのが現状だ。
(それにしても、なんかもう今日は疲れちゃったなー)
湯浴みはこれからだが、ちょっと眠気が足下まで這ってきている。きっと昼間に身体を動かしたせいだろう。湯浴みの準備ができるまでちょっと自室で寝るのも手かもしれない。
そう思い、セシリアは立ち上がった。そして、自室にと用意された扉の方へつま先を向ける。
「ちょっと休んでくるね。オスカー、今日はお疲れ様」
「セシリア」
「はい?」
「本当に、今日は何もなかったんだよな?」
その確認に一瞬だけ身体がびくついて、セシリアは固まった。そして一拍の間の後、できるだけいつも通りの笑顔と声色でこう口にした
「ナ、ナニモ、ナカッタヨ?」
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