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8.ローラン・サランジェ


 ノルトラッハの王宮に着いたのは、それから三日後の話だった。


「お初にお目にかかります。私がローラン・サランジェです。オスカー殿下、セシル様、この度は我が国に訪問してくださり、ありがとうございます!」


 仰々しい軍楽隊を左右に並べ、人のいい笑みで二人を出迎えてくれたのは、ローラン・サランジェ。ジャニスの異母兄弟であり、この国の第四王子だ。

 ジャニスと同じアメジスト色の瞳に、鳶色の髪の毛。年齢は、確かオスカーとセシリアの一つ下だったはずだ。ギルバートやアインとツヴァイと同じ年齢である。身長はあまり高くなく小柄で、身体も小さめ。笑った時の顔などは、たしかにジャニスとよく似ていたが、彼の微笑みに裏などはなさそうで、どこからどう見てもただの好青年といった感じの様相を呈していた。

 話す様子も『しっかり』とではなく『おっとり』という感じで、セシリアは大変好感を持ったのだが……


(これは、どうしたらいいのかな……)


 セシリアは目の前の光景を見ながら、そうため息をついた。彼女の前には楽しそうに話しかけるローランと、それに受け答えをするオスカーがいる。

 現在、二人はローランに王宮の中を案内してもらっていた。


『お二人にはまず、私とこの国のことをよく知ってもらいたくて!』


 どうして自分達を呼び出したのか、その理由を問いただす前に彼はそう言って、城の案内を申し出てくれた。オスカーと話すローランはどこまでも無邪気で、後ろから見ていると飼い主とそれに懐く子犬といった感じに見える。見ていてとても心が和む。しかし……


「オスカー殿下、あそこがうちの中庭になっています! 広さが結構あるので初めて来た使用人などは迷うこともしばしばで……」

「そうなんですね。とてもお綺麗な庭で素敵だと思います。……セシルもそう思うだろう?」

「あぁ、はい! とっても綺麗なお庭ですね!」

「……」


 オスカーに振られそう答えれば、ローランはこちらを見て固まった。そしてすぐさま視線を逸らす。


(えっと……)


 セシリアが混乱している間にローランはまたオスカーに話しかけた。オスカーも困ったような顔でその話を受け止める。

 ここに来てからまだ数時間だが、セシリアは何故かずっとこんな扱いを受けていた。別に無視をされているわけではないのだが、セシリアが話しかけると何故かローランは一度固まり、そして顔を背けるのである。


(何か嫌われるようなことしちゃったかなぁ……)


 と言っても思い当たる節などない。ローランとはほんの数時間前にあったばかりだし、その前に会話もほとんどしていない。

 困惑するセシリアをよそに二人は楽しそうに目の前で会話を繰り広げる。


「この先に、兵たちの訓練所があるんです。もしよかったら見ていかれますか?」

「そうですね。もしよかったら案内していただけますか? ローラン殿下のご迷惑でなければ……」

「や、やめてくださいオスカー殿下!」


 ローランの焦ったような声にオスカーは驚いた顔で「なにをでしょうか?」と首を傾げた。そんな彼にローランは恥ずかしそうに俯いた。


「その敬称を、です。できれば敬語も。私も互いの立場は理解できていますが、だとしても、年齢も上、国も何倍も大きい王族の方にそのような扱いを受ければ畏れ多いです。それに、私は殿下と仲良くなりたいんです」


 まるで一世一代の告白をするように 頬を赤らめながらローランはそう言う。

 そんな可愛らしい姿を見ながら、セシリアは密かに「私も仲良くなりたいです」と聞こえないように呟いた。

 弟のような年齢の彼にオスカーは笑みながら肩をすくませる。


「それでは私のこともオスカーと。敬語も不要です」

「それはさすがに!」

「仲良くなりたいのでしたら、そうするべきでは? それに私だけが貴方のことを呼び捨てにしていると、この国の方に不敬だと思われかねませんので……」

「それは、確かにそうですね……」


 少し考えるそぶりを見せた後、ローランは顔を跳ね上げた。

 そして、意気込むように胸元で拳をギュッと握りしめる。


「それでは、これから『オスカー』と呼ばせてください! 敬語の方は、その、できればこのままで構わないでしょうか?こちらの方が話しやすくて……」

「……あぁ、構わないぞ」


 オスカーの砕けた言葉遣いに、ローランは嬉しそうに目をキラキラとさせ「ありがとうございます!」と頬を赤らめた。

 大変仲が良くて羨ましい限りだ。……本当に

 ちなみにここまでの流れでセシリアが参加できた会話は「お手洗いとかはよろしいでしょうか?」のあとの「はい」か「いいえ」だけである。


「それでは、オスカーもセシル様もこちらへ」

「あぁ」

「えっと……」


(『オスカーとセシル様』?)


 セシリアは頬を引き攣らせた。

 王族であるオスカーが敬称なしなのに、男爵子息であるセシルには敬称ありとか、それはどうなのだろうか。見る人が見れば異様な状態だし、オスカーの話ではないが、この国の他の人間に「なんなんだアイツは……」と思われかねない事態である。

 セシリアは慌てた様子でローランに言い募った。


「お、俺も敬称とかいいよ! ほら、俺もローランと仲良くなりたいしさ!」


 出来るだけにこやかな笑みを貼り付けてそう言うと、ローランは振り返り、厳しい声を出した。


「セシル様はダメです」

「へ?」

「セシル様はどうやってもセシル様のままです!」

「え、なん――」

「それではご案内をしますね」


 ローランは元の穏やかな顔つきに戻るとそう言って案内を再開させるのだった。


..◆◇◆


「私、ローランに嫌われてるのかなー」

「どうだろうな」


 セシリアとオスカーがそんな会話を交わしたのは、その日の夕方のことだった。 一日中歩き通した足はもう棒のようで、セシリアはぐったりと部屋の中央にあるソファに身体を任せている。その後ろでオスカーは上着を脱ぎ、皺にならないようにハンガーに掛けた。


 そこは王宮内にある来賓用の客室だった。客室といっても扉を開けたらすぐにベッドがあるような造りの部屋ではなく、最初の扉を開けた先に一つの大きなフロアがあり、そこからいくつもの部屋が枝分かれしているような、団体でも泊まれるような部屋だった。二人がいるのはその中央のフロア。警備の兵などは部屋の外にいるので、いまそこにはオスカーとセシリアの二人しかいなかった。

 セシリアの憂いをオスカーもわかっているようで、彼は彼女を安心させるように優しい声を出す。


「でもまぁ、嫌われているのならこんなに待遇は良くないだろう?」

「でもそれは、オスカーと一緒だからじゃない? 一緒に呼び出した手前、あまり差をつけるのも……って感じなのかもしれないし」

「まぁそうかもしれんが、別に何かされたというわけでもないのだから気にしなくてもいいんじゃないか? あの態度だって、少し緊張しているだけなのかもしれんし……」

「いや、それこそ。オスカーに緊張しなくて、私に緊張する理由がわからないよー」


 セシリアはソファーの座面にぐったりと身を横たえながら「はぁ……」と情けない声をだした。


「私さ、今まで人からあんなふうに避けられたことがなかったから、ちょっとショックかも……」

「人のことは避けていたくせにな?」


 揶揄うようなオスカーの声にセシリアは振り返り、唇をへの字に曲げた。


「それは……言わない約束でしょ?」

「そんな約束はした覚えはないな」


 はっと吐き出すように笑うオスカーにセシリアは頬を膨らませる。

 なんだかちょっと負けた気分だ。別に何も勝負などはしていないのだけれど……

 セシリアは拗ねたような顔を収めると、昼間のことを思い出しながら首を傾げた。


「オスカーは明日、ローレン殿下と何か話し合いをするんでしょう?」

「あぁ。まぁ、話し合いというか。一方的に『話したいことがある』と言われただけだがな」


 王宮の案内が一通り終わった後、ローランはオスカーに向かって『明日二人っきりで少し話したいことがあるのですがいいですか?』と伺いを立てていた。オスカーがなんの話をするのかと聞いても、『それは明日お話しします』の一点張りで何も教えてはもらえなかったのだ。


「その話って、私たちを呼び出した理由と何か関係があるのかな?」

「そうかもしれないな。ただ、どうして俺とローランの二人っきりなのか……」

「もしかしたら、オスカーと私、呼び出した理由が別なのかもね」

「まぁ、こうなってくるとそうだろうな。俺はてっきり俺たち二人に選定の儀のことを聞くのかと思っていたんだが……」


 はたから見た二人の共通点なんて『ヴルーヘル学院に通っている』ことと『騎士に選ばれている』ことぐらいだ。ジャニス王子がプロスペレ王国でしてしまったことをローランは知らないという話だったが、もしかしたら何かの拍子で知ってしまって話を聞くために自分たちを呼び出したのかもしれない。そう二人は考えていたのだが……


「明日の話し合いでそれとなく探ってみる。ま、探るまでもなく向こうから何か言ってくるかもしれんがな」

「なんかごめんね、役に立たなくて」

「こればっかりは仕方がないだろう。それに、俺はローランがお前に興味を持たなくてちょっとホッとしてるよ」


 その言葉の真意がわからなくてセシリアは「へ?」と間抜けな声を出した。『興味を持たなくていい』というのがよくわからない。こういう場合はできるだけ仲良くなってできるだけジャニスの話を聞き出すのが得策ではないのだろうか。

 オスカーは小首を傾げるセシリアの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「ちょっと、オスカー!」

「お前はとんだ人たらしだからな」

「どういうこと? 意味がわかんない」

「まぁ、お前はわからなくてもいい」


 そこまでいってオスカーはセシリアの頭から手を離した。


「とにかく明日はゆっくりしていろ。旅の疲れも溜まっているだろうからな。旅先で体調を崩したなんて、土産話にもならんぞ?」

「うん! そうだね。お言葉に甘えてそうするよ」


 セシリアは元気にそういった後、「ふふふ」と楽しそうに肩を揺らす。

 その笑みの理由がわからないのだろう。オスカーは目を瞬かせた。


「どうかしたか?」

「ううん。別に大したことないんだけどさ。……なんだかそのセリフってギルみたいだなって思っちゃって!」


 セシリアのその言葉に、オスカーは一瞬目をすがめた後、面白くなさそうに息を吐き出すのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ローランの態度の差が気になりますね。 どういう意図あってのことなのか……。オスカーが言うとおり、セシルに興味がないからこそだといいのですが。。(それはそれでセシリアが可哀想ですが) オス…
[良い点] ローラン殿下がセシリアに興味を持たなくてホッとするオスカー ここに居ないギルに嫉妬するオスカー どちらもセシリアを思っている気持ちが伝わってくる様ですね^ ^♡
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