6.「もう本当に知らないからな……」
異変があったのは、それから二日後のことだった。
「えっと、これはどういうことだ?」
大きく目を見開くセシリアに背を向けた状態で、オスカーはそう困惑したような声を出した。彼の前には、警備の陣頭指揮をとっている壮年の騎士がいる。
そこは国境付近の街にある貴族や王族が泊まるような宿屋の一室。セシリアを背にしたオスカーは、片手で頭を抱えながら目の前の相手にどうしてこんなことになったのかの説明を求めていた。
壮年の騎士はオスカーの怪訝な表情にまったく怯むことなく、「ですから……」と、先ほどから何度も繰り返している説明を始める。
「殿下。ご存知だとは思いますが、この町は二つの国と隣接しています」
「あぁ、そうだな。それは知っている」
「他の町よりも外敵が侵入する危険が高く、警備に関しても厳重にならざるを得ません」
「そうだな、それもわかっている」
「ですから、警備の面から考えてセシリア様と同じ部屋にお泊りいただければ幸いなのですが……」
「だから、どうしてそうなるんだ!」
普段あまり荒げることのない声を、オスカーはそう荒げる。イライラしたように髪の毛を掻けば、「そう言われましても」と騎士は全く悪びれることなく言葉を続けた。
「去年ここを訪れた時も、同じように対応させていただいた気がしますが……」
「あれは相手が弟だったからだろう!? セシリアは女性なんだから、そこは対応が違っても当たり前だろうが!」
「しかし、部屋は広いので問題はないかと」
「広さの話をしているんじゃない! 第一、なにかあったらどうするつもりなんだ!」
「殿下が? なにか?」
するほどの度胸があるのかと暗に問われ、オスカーのこめかみに青筋が立つ。
「お前、俺を馬鹿にしているだろう?」
「しておりませんよ。殿下ほど誠実な方はいないと尊敬しているぐらいです」
「それを馬鹿にしていると言わずになんと言うんだ!」
きっと、いつものやりとりなのだろう。気の置けない二人のやりとりにセシリアは苦笑いをこぼした。
初日と違ってセシリアは女性の姿だった。今回一緒に行くメンバーは、当然セシリアが男装していることは知っているので、道中まで隠す必要はないという話になり、本来の姿で移動しているのだ。もちろんノルトラッハの王宮に出向くときはまた男装に戻るつもりである。
そんな彼女を背に置いて、オスカーはさらに声を大きくする。
「大体、なんでこんないつもいつも急なんだ! セシリアに関してもそうだ。お前らは知ってたのに、俺に黙っていただろう!」
「いえ、それは単純にご存知なのだと思ってました。表情がこわばっていたのも、そんなに楽しみなのかとみんなで噂していたぐらいで……」
「お前たち、そんなことを噂していたのか……」
驚愕に目を見開くオスカーに「はい」と騎士は事もなげに頷いた。
「それにまぁ、セシリア様は殿下の婚約者ですし、何か間違いがあっても、それはそれでいいのでは?」
「いいわけ――」
「オスカー」
いつまで経っても終わらないやりとりに、セシリアはオスカーを止めた。
諌められて冷静になったのか、彼は前のめりになっていた身体を元の位置に戻し、「はぁ……」と眉間の皺を揉む。
「すまない。これはこっちの不手際だ」
「いいよ。もう今回はしょうがないからさ、一緒の部屋にしよ」
「は?」
「なんだかほら、もう決定事項みたいだし。そのほうが警備の人が助かるなら、仕方ないんじゃない?」
自分達は守ってもらう側だ。それなら多少不便かもしれないが、守る側が守りやすい方を選ぶべきだろう。そう思いセシリアはその言葉を口にしたのだが、オスカーは未だ不満があるようで「そうは言うが、お前……」と眉間の皺を深めた。
「それに、ほら。私たち初めてじゃないんだし!」
「なっ! お前――」
「え?」
赤くなるオスカーに、意外そうな声を出す騎士。
セシリアとしては『林間学校の時も同じ部屋になったことがある』という意味で『初めてじゃない』と言ったのだが、目の前の男はどうやら別の意味で取ったらしく、驚いたような顔で顎を撫でた。
「意外にやりますね、殿下……」
「ち、違うぞ! さっきの言葉はそういう意味じゃなくてだな――」
「はいはい。わかっていますよ。国王様には内緒ですね」
「全然わかってないし、勘違いしてるだろうが!」
オスカーはそう怒鳴るが、セシリアの了承を得た騎士はもう話し合う必要はないだろうと踵を返す。オスカーはそんな彼を「おい、ちょっと――!」と引き留めたが、騎士は「それではごゆっくり」と二人を部屋に残し、でていってしまった。
男の背中を見送り、オスカーは扉の前で頭を抱えながら大きくため息をつく。
「なんでこう……」
「オスカー、もしかして私と一緒の部屋、嫌だった?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな!」
そのままオスカーはモゴモゴと口を動かすが、結局何も言葉にせず「はあぁぁ」と今日何度目かわからないため息をついた。
「もう、本当に知らないからな……」
オスカーはセシリアに聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で唸るようにそう言った後、諦めたように部屋に一歩足を踏み入れるのだった。
セシリアコミカライズ4巻発売しました。
原作小説4巻もよろしくお願いします。
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