5.いざ、ノルトラッハへ
コミカライズ4巻発売しましたー!
小説も併せて、どうぞよろしくお願いします!
突然訪ねてきた国王に、ノルトラッハから届いた招待状。
罠かもしれない一人旅を頼まれて、緊張した面持ちで国を発つ当日を迎えたセシリアだったが――
「まさかオスカーも一緒だったとはね!」
「俺もまさかお前が一緒だとは思わなかったぞ……」
安心しきった表情を浮かべるセシリアと、困惑したような表情を浮かべるオスカー。二人は同じ馬車の中にいた。
どうやらノルトラッハから招待状が届いたのはセシリア一人ではなかったらしい。しかも、二人がそのことを知ったのはなんと当日で、しかも馬車に乗り込んでからだったのだ。
「全く、それならそうと国王様も言ってくれればいいのにね。心配して損したよー」
「父上はよく重要なことを言い忘れるからな……」
敵国かもしれない隣国に一人調査しに行くという最悪の事態が避けられたセシリアは終始笑顔で、どこか心配そうな表情を浮かべるオスカーとはずいぶん対照的だった。そんな彼らは背もたれに深く身体を埋めたまま会話をする。
「でも、一人じゃないってだけで安心したよ。正直、ちょっと怖かったしさ」
「しかし、よくギルバートが許してくれたな」
「ギルには内緒にしてたんだ。絶対反対されるからね」
あの過保護な義弟は、セシリアが一人で行動することも危険なことをするのも良しとしない。セシリアが一人でノルトラッハに行くなんて、絶対に止めにくるに決まっているし、彼女が止まらないとなれば国王にでもなんでも直談判しに行くだろう。
「私がやるって決めたことだからさ、ギルに迷惑かけてもいけないじゃない? ギルの立場を悪くしたいわけじゃないしさー」
ノルトラッハへの訪問は決して命令ではなかったが、それに近いニュアンスはあった。国王がわざわざ出向いてきて頭を下げてきたのだ。これを無碍に断ることができる人間はそうそういないだろう。また断ったことが知られれば、社交界から白い目で見られることは明白だった。
だからもし、ギルバートが国王に直談判に行っていた場合、彼の立場は悪くなっていた可能性があるし、国王からの覚えもあまりいいものではなくなってしまうだろう。
「でもま、オスカーと二人だってわかってれば言ってたけどね。ギルだって私が一人でいくよりは安心しただろうし!」
「それはそれで、別の意味で止められると思うぞ?」
「別の意味で?」
「別の意味で」
どういう意味で止められるかわからないセシリアは首を傾げるが、オスカーはその疑問には答えず「わからないならいい」と話を切り上げた。
窓の外を向いた彼の耳がほんのりと赤い。その理由もわからなくて、セシリアはさらに首を捻った。
「しかしまぁ、お前もなんだかんだ言って、随分と過保護だよな。ギルバートに」
「そうかな?」
「自分が危険な目に遭うかもしれない事態とアイツの立場を天秤にかけて、ギルバートが勝つんだから、そういうことだろう?」
「そう、なのかな? 自分ではよくわからないや」
へへへ、とセシリアははにかんだ。
「なんていうか、ギルは『守ってあげなくっちゃ!』って思うんだよね! 実際は守られてばっかりなのが情けないんだけどさ」
「そうか。いい関係だな」
僅かに困ったような、寂しそうな声を出すオスカーに、セシリアは顔を上げる。
そして、拳をグッと握りしめた。
「大丈夫だよ。オスカーは、なんというか『一緒に戦おう!』って感じがするから!」
「それはいいことなのか?」
「いいんじゃないかな?」
「まぁ、いいということにしとくか」
はっと吐き出すようにしてオスカーが笑う。
つられるようにセシリアも笑みをこぼした。
「これから二週間、よろしくね。オスカー!」
「あぁ、よろしく頼む」
セシリアが右手を差し出すと、少しだけ困ったような顔で彼はセシリアの手を取るのだった。
..◆◇◆
(どうしてこうなった……)
セシリアとの二人旅が決まった瞬間のオスカーの感想がそれだった。
数日前、ノルトラッハから届いた招待状。行くかどうかを国王に問われ、考える間も無く『行かせていただきます』と返事をした。国がジャニス王子の行方を掴むのに難航している事実も知っていたし、国王を含めそのほかの重鎮がノルトラッハを怪しいと思っている事実も知っていたからだ。
自分が行くことでいろいろとはっきりすることがあるのならば、多少危険でも敵国かもしれない隣国に行こう。
訪問することが決まった直後のオスカーはそう覚悟を決めていたし、彼女が馬車に乗り込んでくるまでは、自分の身を擲つ、ぐらいの心持ちでいた。なのに……
(なんだか一気に緊張感が薄れてきたな)
オスカーは目の前で楽しそうな表情を浮かべるセシリアを眺めた。『一人で行くのが怖かった』と言っていたぐらいだから、ノルトラッハに行く危険性に関しては理解しているのだろうが、だとしてもこののほほん面である。こんな能天気な表情を浮かべる人物を目の前にして、馬車に乗る前と同じ緊張感を保ってられるほど、オスカーは自分を律しきれていないし、自分の気持ちに無自覚でもない。
一応、今もまだ緊張はしているが、なんだかその緊張が別の緊張へとすり替わった気がしないでもない。
(というか、これから二週間ずっと一緒とか、どうすればいいんだ?)
オスカーは赤らんでしまっただろう顔を片手で隠し、窓の外を見た。
嬉しいか嬉しくないかで言えばもちろん嬉しい。嬉しいのだが、事態が事態なだけにそっちの方にばかり思考を回してもいられない。だからと言って、この状態を無視するというのも難しいわけで……
(まぁ、一緒なのは馬車の中ぐらいだろうし、いつも通り過ごせば問題ないよな。さすがに部屋は別々だろうし……)
瞬間、在りし日の林間学校での様子が頭を掠めた。
同じ部屋になった、セシリアとオスカー。彼女が不審人物を目撃して眠れなくなり、それを不憫に思ったオスカーが彼女をベッドに誘って――
パァーン!!
オスカーは勢いよく自分の右頬を叩く。こうでもしないと、その時の感情や感触などを思い出してしまいそうだったのだ。あの時のオスカーはまだセシルのことを男性だと本気で思っていたし、ましてやセシリアだとは思いもつかなかったわけなのだが、だとしても随分と大胆なことをしたと思う。全てを知った今では、到底考えられない。
いきなり自分の頬を叩いたオスカーにびっくりしたのだろう。セシリアは大きく目を見開き、オスカーを覗き込んでする。
「だ、大丈夫? オスカー、どうかしたの?」
「問題ない。ちょっと虫がいてな……」
「虫?」
「あぁ、虫だ」
そんなごまかしにセシリアは「冬なのに、元気な虫もいるんだね!」とどこまでも能天気な感想を漏らした。
そんな彼女を見ていると、悩んでいる自分が段々と馬鹿らしくなってくる。
(もうこうなったら、思い出づくりと思えばいいか……)
ずっとそういう時間が欲しいと思っていたのだ。
自分の知らないセシリアを知っているギルバートのことをずっと羨ましいと思っていたし、そのことを本人にだって言ったこともある。
まともに二人っきりになる機会なんてあんまりなかったのだし、考えてみればこれはいい機会だろう。
(それに、俺だけが緊張していてもしょうがないしな)
男と旅行だというのにこの能天気っぷりだ。きっとセシリアはオスカーのことを男だと思っていない。もしかして……があるだなんて小指の先ほども思っていないのだろう。目の前に座っているのが婚約者だということも忘れているのかもしれない。
なら、こっちが緊張してやる筋合いもない。ポジティブに考えるのなら距離を置かれなくて都合がいいぐらいだ。
(しかし、思い出づくり、か。何をすればいいんんだ? とりあえず、会話でもしてみるか……)
オスカーはそんなふうに考え、窓の外を眺めるセシリアに声をかけた。
「セシリア」
「え!! な、なに?」
「なにに驚いてるんだ?」
過剰な反応をしたセシリアに目を瞬かせながらそう問えば、彼女は困ったように笑いながら頬を掻く。
「いやぁ、なんというかさ。オスカーから『セシリア』って呼びかけられたからさ。ちょっとびっくりしちゃって」
「……もしかして、嫌だったか?」
「嫌じゃないよ! ぜんぜん! 私が驚いちゃったのは、ほら、『オスカーも知ってるんだなぁ』って改めて認識したからというか……」
確かに、洞窟の一件以来、彼女のことを『セシリア』とは呼んでいなかった。どこで誰が聞いているか分からないから、いつも通り『セシル』と呼んでいたし、それで何も問題はなかった。
オスカーの『セシリア』呼びにあまり慣れていないのだろう。彼女は照れたような笑みを浮かべた。
「なんか、隠さなくてもいいっていうのは楽だね。あんなに隠していたけど、オスカーがそう呼んでくれてなんだか嬉しいよ」
「セシリア……」
なんだかちょっと感動したような声が出てしまう。セシルの正体を知ってからこっち、常に蚊帳の外にいる気分になっていたし、少し不貞腐れてもいたりしたが、それが少し報われた気分だった。
その時だった。
大きな石でもあったのだろう、馬車が大きくガタンと揺れた。
「わわっ!」
瞬間、セシリアは前のめりになり、座面からずり落ちそうになる。それをオスカーは咄嗟に支えた。両肩を持つような形で支えたので、顔の距離が一気に近くなり、額同士が僅かに触れ合う。
「――っ!」
目の前いっぱいに広がった彼女の顔に、オスカーは弾かれるように距離を取った。そして、自身を落ち着かせるように咳払いをする。もちろんセシリアの顔は見れない。
「だ、大丈夫か?」
「あ、うん!」
(落ち着け。こいつはなんとも思ってないんだ。俺だけが恥ずかしがっても仕方がないと、さっきも思ったばかりだろう!)
正面の彼女にバレないように深呼吸をして、顔色を元に戻す。そして、オスカーは改めて彼女を見据えた。
しかし、そのすました顔も長くは続かなかった。
「ありがとう。オスカー」
「……なんでお前まで赤くなってるんだ」
「あはは。なんでだろ」
少し赤らんだ彼女の顔色が移ったように、オスカーの頬もまたじんわりと赤く染まるのだった。
二人っきり(?)の旅行の始まりです。
面白かった場合のみで構いませんので、評価やブクマをいただけたら嬉しいです。
更新の励みになります。




