2.「セシリアもそろそろ決めないとね」
コミカライズ4巻、4月5日に発売です。
原作小説4巻も発売中ですので、どうぞよろしくお願いします。
「あー、笑った! 笑った!」
「もぉ、リーン。ああいうのやめてあげなよ。二人とも可哀想だったよ?」
セシリアが未だ笑い続けるリーンをそう諭したのは、学院の敷地内にある旧校舎だった。放課後を迎えた旧校舎の廊下には人はおらず、窓から夕日が差し込んできている。
セシリアの言う『ああいうの』というのは、もちろん二人の女装の事だ。
少し責めるようなセシリアのセリフに、窓側を歩いているリーンは、悪びれる風もなく、くるりと身体ごとセシリアに向いた。
「でも今回はあの二人から名乗り出てくれたのよ?」
「名乗り出てくれたっていうか、あれは脅したって言い方が正しいんじゃない?」
「あら、心外ね! 脅してなんかいないわよ。私はただ、事実を言っただけなんだから!」
「それはそうかもしれないけどさー」
「それに、私から言わせれば、脅されるような情報を他人に渡している彼らが悪いのよ!」
そのからりとした台詞に、二人が脅される原因となってしまったセシリアは思わず口を噤んだ。
リーンが、オスカーとギルバート、そしてセシリアを呼び出したのは、その日の授業が終わってすぐのことだった。
『空き教室に来てください。ご相談したいことがあります』
それだけ言って去ってしまったリーンを不信に思いながらも、特に用事もなかったということもあり、三人は言われた通りに旧校舎の空き教室に行った。指定された教室の扉を開けると、目の前には背の高いトルソーに掛かった二着のドレス。本物の仕立て屋もびっくりするほどきれいに縫製されたそのドレスの前に、リーンはいた。そして、三人が教室に入ってきたのを確認するや否や、突然、こう切り出してきたのだ。
『今回呼び出したのは他でもありません。お二人にはこのドレスを着ていただこうと思いまして!』
『お二人?』
『殿下とギルバート様ですわ!』
弾けるような笑みでそう言われても、『はい、そうですか』と素直に頷くことはできない。困惑……というか、心底嫌そうな表情を浮かべる二人に、リーンは彼らにドレスを着てほしい理由を語り出した。
――と言っても理由は至極単純で、実は次に出す本で『女装して潜入をするオランとクロウ』の話を入れたいらしく、二人に挿絵のモデルをたのみたいとのことだったのだ。そのためだけに、わざわざ夜なべまでしてこのドレスとカツラを用意したらしい。
ちなみに、オランとクロウというのはリーンが書いている小説のキャラクターで、オスカーとギルバートがそれぞれモデルになっている。
しかし、そんな衣装を持ってきても、二人は当然のごとく素直に頷かない。ギルバートなどは、誰がお前なんかに協力するか、という態度丸出しで『絶対に嫌です』と冷たく言い放っていたし、オスカーも困り顔で『趣味をやめろとは言わんが、それはさすがに……』と困惑した声を出していた。
そんな彼らの反応にリーンはため息をつき、演技がかった口調で『それは困りましたわ』と大袈裟にガッカリしてみせる。そして、さらにこう言葉を重ねた。
『それじゃぁ、話の内容を変えるしかありませんわ』
『どうするんだ?』
『お二人とも、NTRって概念はご存じですか?』
オスカーの疑問に、リーンは楽しそうな声をあげた。そして首を捻る二人にNTRの概念を丁寧に説明し始める。
NTRというのは、もちろん『寝取られ』の略である。
リーンはその勢いのまま二人にグッと身を乗り出した。
『ダンテ様に頼んだらいい感じに協力してくれそうなので、その方向でも実は考えていまして! 寝取られそうになるシエル様って最高にたぎりません?』
という台詞の後、二人は協力してくれることになったのだ。
ちなみにセシリアは、その台詞の直後『えぇ、聞いてないよ! 俺、そんなことしないからね!?』とひっくり返った声をあげていたのだが、『ほら、セシル様は私にいろいろ貸しがあるじゃないですか! 神殿でのこととか!』と言われ、もう何も言えなくなった。
確かにある。貸しはある。
「ま、仮に二人が頷かなくてもアンタにそんなことさせなかったけどね」
後ろ向きで歩きながらそう言うリーンに、セシリアは「え。そうなの?」と声を大きくした。すると彼女は「当たり前でしょ!」と人差し指を立てた。
「シエルは、私の中で永遠の攻めだもの! 寝取るならまだしも、寝取られるのは解釈違い! そもそもNTRって概念もあまり好きじゃないのよねー。まぁ、ああいうのが好きな人の気持ちが全くわからないわけでもないんだけど!」
「そう……」
ガッカリというか、気が抜けたというか。いつも通りの彼女に僅かな安心感も覚えてしまって、セシリアは困ったような顔で苦笑いを浮かべてしまう。
「それにしても、二人とも顔がいいのにあんなに女装は似合わないのね。セシリアの逆だから、てっきり行けると思ったんだけど」
「まぁ、二人とも身長あるしね……」
「オスカーはあれだったけど、ギルバートの方はやっぱり綺麗な顔立ちしているから化粧も似合ってたのに、二人ともどうやってもシルエットがねぇ。一応、身体のラインを隠すようなドレスにしたつもりなんだけど、さすがに甘かったかぁ」
唇をとがらせながら「あのドレス作るの、結構大変だったのにー」と落ち込む親友を、セシリアは「それは、お疲れ様」と労う。
窓から差し込んだ夕日が二人の頬を赤く染め上げて、二人の間に僅かな沈黙が落ちる。
「なんか、最近平和ね」
「……そうだね」
セシリアはリーンに促されるように窓の外を見ながらそう同意した。
冬の休暇も終えて、一月もそろそろ半ば。
グレースが言うには、今の段階でゲームのメインシナリオは終わっているらしい。もちろん細々としたイベントはまだあるらしいのだが、メインイベントに関わるものではないというのだ。まぁ、それはそうだろう。神子になる人間も聖騎士も半ば決定しているのだから、これ以上何かが起こるわけもない。なので、『三月末まで、このまま何も起こさず過ごす』というのがここから先の目標だとグレースは言うのだが……
(本当にこのまま何も起こさず、三月末まで過ごせるのかな)
そんな風に思いながらセシリアは息を吐く。
本当にそんなことが可能なのだろうか。今が一月の半ばなので、三月末まではあと二ヶ月以上ある計算だ。これまでの一年間を振り返ったらいかにも無理そうだが、やらなくてはならないのなら頑張るしかないだろう。
これからのことを憂いながらセシリアがそう息をついた瞬間、リーンが口を開いた。
「セシリアもそろそろ決めないとね」
「え、決めるって何を?」
「何をって、二人のうちどっちを取るのか、をよ?」
「は?」
リーンの言葉を正しく理解したセシリアは、みるみるうちに頬を赤くした。その顔色のまま、彼女は眉を寄せる。
「な、なんでそんな話になるかなぁ……」
「なんでって、今が平和だからよ! アンタは一つのことに集中し出すとすぐに周りが見えなくなるんだから、こういう安穏とした時じゃないと自分の恋愛のことなんて考えれないんじゃない?」
「う……」
さすが前世からの親友だ。よくわかっている。
そして、セシリアがあえてこのことを考えないようにしていることも、見透かしているようだった。
「アンタって、自分の恋愛話が苦手なところは前世そのままよね? 乙女ゲームはやるくせに……」
「乙女ゲームは少女漫画と同じ感覚なんです! こう、自分が恋愛するんじゃなくて、恋愛を見守る的な? だから、自分のことのように考えたことがないというか……」
「じゃぁ、二人とも恋愛対象に見れないってこと?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
セシリアは頭を抱えたまま項垂れる。
別に二人のことをそういう目で見れないとか、そういうわけではないのだが。自分の気持ちと照らし合わせるのが難しいというか、そもそも自分の気持ちを上手に把握できていない……と言うのがおそらく本音なのだろうと思う。
「とにかく、もうちょっと待ってほしいと言いますか」
「そんなこと言ってたら、いつになるかわからないわよ」
「それは、そうだけど……」
そんなこと言われても、いきなり自分の恋愛なんて難しすぎる。
思い悩むセシリアを尻目に、リーンはからりと笑う。
「ま、私はセシリアが幸せになってくれるのなら、どっちとくっついてもいいと思ってるわよ! ……今のところ、どっちがいい、とかってのはあるの?」
「どっち……っていうか。そういう、選ぶ、って話じゃない気がするし。オスカーとギルは、それぞれ別に考えたいっていうか……」
「つまり、二人とも振られる可能性もあるってこと? やん! 魔性の女じゃない!」
興奮したリーンに背中を勢いよく叩かれて、セシリアは力無く「茶化さないでよ……」と眉尻を下げた。
「別に、茶化してないわよ。ただ、いい加減決めてやらないと二人とも可哀想って話じゃない!」
「それは、そうかもだけどさ。恋愛って、今まであんまり考えたことがないから、やっぱり難しいよ」
「まぁ、アンタはそうでしょうね」
リーンは腕を組みながらうーんと少し唸ったのち、ハッと顔を上げてこんな提案をしてきた。
「そういえば最近、街で占いが流行っているらしいんだけど。そこに行ってみる?」
「占い? そんなところ、行ってどうするの?」
「どっちの相性がいいとか見てもらう」
「それで決めるのって絶対不誠実だよ……」
占いで貴方の方が相性が良かったです。だから、お付き合いしましょう! ……というのはどう考えても不誠実すぎる。あみだくじと変わらないじゃないか、そんなもの。
「それなら、アンタ自身がちゃんと決めないと! 逃げてないでね!」
「そう、だよね……」
「ってことで、セシリアは今から私と二人で恋バナね!」
「こ、恋バナ!?」
「根掘り葉掘り、聞いちゃうわよー!」
なぜか両手の指をくねくねと動かしながらにじり寄ってくるリーンに、セシリアは「ひぃっ!」と声を出しながら後ずさりする。
「ほら、貴方の親友が、色々と話を聞いてあげるからねー!」
「ちょ、あの……」
下がった足の踵が何かに当たる。振り返れば背中には壁があった。
どうやら、知らない間に壁際まで追い詰められていたらしい。
「さ。恋バナしましょ!」
「あ、あの……! わ、私、さっきの部屋にカバン忘れてきたんだった!」
あまりの圧力に、セシリアはそう叫びながら元来た廊下を逃げていくのだった。
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