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30.保険


 ジャニスが号令を出すように、顔の前にあげた掌を下げると、虚な目をした男たちが一斉に襲いかかってきた。


「セシリア、下がって! ――殿下!」

「わかってる!」


 ギルバートがセシリアの腕を引いて、そう声を荒げた瞬間、オスカーが飛び出した。襲い掛かってきた先陣を薙ぐように切れば、一気に三人がその場に膝をつく。


「なるほどそれが君の盾と矛か。いいね」


 ジャニスは、柔和な表情でまるで賞賛するように拍手をしてみせる。そして、セシリアに視線を留めたまま更に続けた。


「ティノから聞いたけれど、君はそんな格好をしていながら女性なんだってね?」


 ティノというのは、きっと自身をナナシだと言った彼のことだろう。ナナシには基本的に名前はないと言っていたが、どうやら彼には名乗るべき名前があるようだった。

 そんなティノは、ジャニスにそうしろと命じられたからか、オスカーの相手をしている。さすが王族の護衛といったところか、オスカーも圧倒されているように見えた。

 そんなティノたちに視線を一瞬だけ向けると、ジャニスはこう続けた。


「僕の予想だと、君は神子候補なんだろ?」

「だったら何?」

「いや。それなら君は今この場で実に取るに足らない存在だなぁと思ってね」


「取るに足らない?」とセシリアは声を低くさせる。


「だって君は、今この場で最も足手まといな人間じゃないか。たしかに、君にしかその剣は扱えないんだろうけど、今の君は宝具もなにも持っていない、ただの女性だ。そんな足手まとい、おそるるに足りないし、取るにも足らない」


 それが挑発だということは分かっていた。

 ギルバートの宝具の中にいるセシリアには、ジャニスだろうが、神子だろうが物理的な攻撃はできない。だから、見え透いた挑発で、彼はセシリアをギルバートの宝具の外へ、出そうとしているのだ。


 ジャニスの手には先ほどまでは持っていなかった、細長いレイピアのような剣が握られている。彼は常々『僕はひ弱だから……』というようなことを言っているが、モードレッドをあんな状態にした彼の言葉をそのまま信じるわけにもいかない。


(だけど――)


「足手まといの君は、そうやってお姫様のように守られながら、仲間が死んでいくのを見るんだろうね」

「そんなこと、するわけないでしょ!」


 セシリアは、身体を低くかがめて飛び出した。ギルバートが「セシリア!?」とひっくり返ったような声を上げたが、決して振り返らない。

 彼女は手に持っていた『選定の剣』でジャニスに襲い掛かる。しかし、案の定最初で最大の一撃は、ジャニスの剣によって弾かれてしまった。


「ふふふ、君はバカだね」


 誘いに乗ってきたと、ジャニスの口元が歪む。

 そんな彼に、セシリアも笑みを浮かべた。


「さて、本当にバカなのは、どっちなんでしょうね」

「ん?」


 セシリアの意味深な言葉にジャニスの顔色が変わる。

 ジャニスのふるった一撃をセシリアは飛び退いてかわすと、床に掌をついた。

 そうしてゆっくりと立ち上がり、彼女は二度目の攻撃を繰り出した。剣同士が交わり、鍔迫り合いのような形になる。

 セシリアは間近に迫ったジャニス王子に、不敵な笑みを見せる。


「ねぇジャニス王子、知ってる? ……神子候補って、三人いるのよ?」

「まさか――!」

「グレース!」


 セシリアがそう叫ぶと、何もないところから『選定の剣』を持ったグレースが現れる。場所は祭壇の前だ。彼女の手首にはジェイドの宝具が巻き付いていた。

 そう、これがリーンの言っていた保険(・・)だった。

 グレースは最初からリーンとヒューイとモードレッドと共に作戦に参加していたのである。彼女にたんのでいたことは、『合図があるまで、何があっても絶対にジェイドの宝具から出てこないでほしい』と言うものだった。


 あまりにも突然の登場に、ジャニスもマグリットもティノもろくに反応ができない。


「行きます!」


 グレースは『選定の剣』を思いっきり振り上げると、そのままの勢いで祭壇に突き立てるのだった。


 剣を祭壇に突き立てた後、特に変化は何もなかった。祭壇が光り輝くようなこともしないし、建物が崩れるような物騒な変化もない。ただ、女神像が持っている水瓶から水がぴたりと止み受け皿からも水が引いていく。

 しかし、突き立てたことには変わりがなく、ジャニスは狼狽えたように声を震わせた。


「なんで剣が二本もあるんだ。君のそれは?」

「これ? これはレプリカよ」


 当然と言うようにセシリアはそういう。

 走っている最中に、リーンに複製してもらったものだ。本物は隠れて行動を共にしているグレースに渡しておいたのである。


(けど、おかしい……)


 呆然としているジャニスを見据えながら、セシリアは困惑した表情になった。

 剣は祭壇に刺した。それに呼応するように水も止まった。

 なのに――


(なんで、『障り』はそのままなの?)


 彼らはまだ虚な目でこちらに向かって歩いてきていた。それは、まるでゾンビのようにも見える。

 ギルバートが抑えてくれているし、ティノと戦いながらオスカーが祓ってくれているので、セシリアとジャニスのところまで彼らの手は届いていないが。マグリットが次々といろんなところから呼び出しているせいで、『障り』の数自体は増えているようにさえ見える。


 狼狽えていたジャニスもそのことに気がついたのか、ゆっくりと顔を上げた。


「そうか……。そういうことか」


 ジャニスは、ある種の確信を持ったような声でそう呟いた。

 そして、嬉しそうに微笑む。


「『障り』がなくなる、というのは、そういうことか……」

「……何か知ってるの?」

「いやね、僕も君たちと同じ勘違いをしていたんだけど。きっと、なくなるのは蒔かれる種の方だけなんだ」


 意味がわからないというような顔をするセシリアに、ジャニスは目を細めた。


「僕もどうやって種を蒔いているのかわからなかったけど。きっとその水を使って、教会は種を蒔いてたんだね」

「何を言ってるの?」

「つまり、君たちが止めたあの水こそが、種だったんだよ。きっと、この種は川に蒔かれ、人々や獣はその水を飲料水として摂取する。そうして、種は広がるんだ」


 ジャニスの身体はふらりと揺らいだ。どうやら体調があまり良くないらしい。力を使いすぎたためか、彼の顔は青く、額には冷や汗も浮かび上がっていた。そんな彼の脇をティノが支える。どうやら、オスカーをおさえておくことよりも主の体調を優先したらしい。

 ティノに支えられながらも、ジャニスの笑みは崩れない。


「だから、もうすでに蒔かれた種は次代の神子が決まるまで芽を出し続ける。行き着くところ、君たち神子候補を全員を殺せば、僕の願いは叶うということだ」

「……」

「……でもまぁ、僕もちょっと疲れたからね。今日は帰ろうかな」


 しんどそうに肩で息をしていたジャニスは、深呼吸をひとつした後、背筋を伸ばす。そして踵を返した


「行こう。ティノ、マグリット。しばらくはゆっくりしたい」


 そんな彼の言葉に二人は「あぁ」「はい」とそれぞれにうなづく。そして、マグリットが歪ませた空間に三人は足を踏み入れた。


「じゃぁね、セシル。……生きていたらまた会おう」


 空間が閉じられる瞬間、ジャニスはそう言って手を振った。三人がいなくなると同時に、マグリットが最後に開けた穴から大量に人が吐き出される。

 もう体力も限界なのだろう。ギルバートもオスカーもグレースもセシリアのそばにより、四人で背中を合わせる形になった。


「さすがにこれはまずくないか?」

「まずいですね」

「しかも、私とセシルさんは今のところ戦う術を持っていませんからね。本当に彼のいう通りに足手まとい状態です」

「二人ともごめん。グレースも、巻き込んじゃってごめんね」


 セシルがそう頭を下げると、グレースは困ったような笑みを浮かべながら肩をすくめた。


「まぁ、同郷のよしみですからね。このぐらいはしますよ」

「しかし、実質的な問題、ここからどうする? ギルバート、これはどのぐらいまで持ちそうなんだ?」


 四人はギルバートの宝具により透明なドームに覆われていた。

 オスカーの質問にギルバートは少し考えた後、口を開く。


「俺の体力次第だと思いますが、後三十分ほどだと思ってもらえれば……」

「三十分か。その時間でこいつらをなんとかして、ここから出る方法も考えないとな」

「リーンさんたちも、こちらにまで援護しにくる余裕はないでしょうしね……」


 三十分。とギルバートは言っていたが、その三十分全てを使って作戦を考えるわけにはいかない。作戦を練っても彼の盾がなくては越えられない場面はあるだろうからだ。


(早く、作戦を練らないと……)


三十分で彼らを全員なんとかするのは無理な話だ。全員が揃っていれば話は別かもしれないが、ここにはオスカーとギルバートしか戦う術を持つものはいない。


(ジェイドの宝具を使って脱出とかは、できるかもしれないけど……)


 その場合、ここにこの人たちを残していくことになる。それはあまりにも危険すぎるだろう。


(もしかして、もしかしなくても。私たち、結構ピンチじゃない?)


 セシリアがそう実感したその時だ、祭壇の間に通じる扉が勢いよく開き、人が転がり込んでくる。そして、その後ろから見たことのある女性が登場した。


「おやおや。やっぱり無茶してるねぇ」

「マーリンさん!」


 そして、その後ろからは――


「やっぱりヒーローは、遅れて登場するものだよね」

「ダンテ!」


 声を荒げたのはオスカーだ。

 二人の後ろには彼らの配下と、少しくたびれた様子のリーンとヒューイ、そしてなぜかボロボロになっているモードレッドもいた。

 マーリンは部下たちに指示を出す。


「野郎ども! 全員まとめてひっとらえな!」


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