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21.誤った選択

少し長いですが、一気に読んで欲しかったので……


 それから、三日後。セシリアの姿はアーガラムのそばの森の中にあった。

 彼女の左手側にはいつもより水嵩の増した川が流れており、右手側は高い崖がそそり立っている。道は馬車が通れるぐらいの幅があるが、その道も舗装されているというわけではなくぬかるんでおり、ところどころ水たまりができていた。


「すみません。みなさんにまで手伝ってもらってしまって……」


 先頭でそう頭を下げたのは、エルザだった。『みなさん』というのは、彼女の後ろにいる、セシリア、リーン、ヒューイ、ジェイド、オスカー、ダンテの五人である。

 エルザの申し訳なさそうな顔に、セシリアは首を振った。


「こればっかりは仕方がないですよ。それに、手伝いを申し出たのは俺たちなので、気にしないでください!」

「本当にすみません。本来ならお手伝いを申し出られても断らないといけない立場なのはわかっているのですが、わたしたちも切羽詰まっておりまして……」


 エルザはそう言いながら視線を落とす。

 ことの発端は昨日の夕方。

 その日、エルザと神殿からやってきた修道女たちは、翌日のネサンスマーケットの準備をしていた。

 ネサンスマーケットは十二月に入ってから一月の年明けまで続く、国内最大のバザーである。普段商いに参加しない人たちも、この時ばかりはこぞって店を出したり、軒先で手作りのものを売ったりする。さらには、隣町から出稼ぎに来る本職の商人たちもいて、降神祭とは別の意味で活気がある催し物なのである。

 だから、エルザたちも寄付金を募るためと運営資金の確保のため、毎年ネサンスマーケットへの出店をしていた。しかし、約一ヶ月も続くバザーなので、当然何日かに一度、商品を補充しないといけない。

 そして、昨日はその何日かに一回の商品補充の日だった。しかし、いつまで経っても神殿からの馬車は来ない。当然、物も届かない。

 どうしたのかと心配していると、しばらく経ってから、馬車がぬかるみにはまってしまい動けなくなったとの連絡があった。しかもその時に馬車も壊れてしまったらしく、もうこれ以上は走行ができないとの話だったのだ。


「幸いなことに、馬車が立ち往生をしてしまったのはアーガラムからそんなに離れていない場所だったので、私達が直接物を取りに行くことにしたんですが……」


 近くまでは荷馬車で行けるのだが、舗装されていない山道はやはり人力で運ばなくてはならないということになり、彼女たちは困ってしまったらしい。

 と言うのも、エルザ含め、神殿から来た人たちは全員女性だ。しかも、人数も五人と少ない。これでは重いものは持ち運べないし、量も持ってはいけないだろう。馬車を操ってきた御者は男性だが、彼は馬車が壊れてそれどころではないのが現状だった。

 そんな状況に困っていた時、たまたま学院が休みだったセシリアたちがシゴーニュ救済院にいたのである。

 ちなみに、ヒューイはネサンスマーケットの手伝い、ジェイドはリーンと次の出版についての打ち合わせ、オスカーは救済院の視察で、ダンテはなんとなくオスカーについてきたという形だ。


「最近雨が続いてたもんね。こうぬかるんでちゃ、馬車ではちょっときついよねー」


 そう言いながら空を見上げるのはジェイドだ。

 まだ降り出してはきていないものの、空は厚い雲が覆っており、今にも雨がこぼれ落ちそうである。


 エルザはまだ謝り足りないのか、頭を下げた。


「殿下も本当にすみません! しかも、兵まで貸していただいて……」

「それは、気にしないでください。彼らも俺についてくるだけじゃ、身体が鈍ってしまうでしょうから……」


 他所行きの顔でそう言うオスカーに、エルザはまた深々と頭を下げる。

 そんな彼の背中を見ながら、セシリアは三日前のグレースの言葉を思い出していた。


『セシリアさん。殿下に協力を仰ぎましょう。彼にすべてを話してください。私が考えるに、それしか方法はありません』


「そんなこと言われてもなぁ……」


 思わずそう言葉が漏れる。

 前にリーンも言っていたが、もう正直、オスカーが自分のことを害するとはセシリアだって思っていない。それは、セシルの正体がセシリアだとバレても同じだろう。気分は害してしまうかもしれないし、嫌われてしまうかもしれないが、だからと言って何かされることはないだろうし、そう信じている。


(だけど、今更、だよなぁ……)


 今まで男友達だと思っていた人間が、実は女性で婚約者でした……と言うのは、どうなのだろう。しかもその上で、『神子候補に選ばれています。ピンチになりました。助けてください!』というのは、あまりに都合がよすぎないだろうか。


(私が同じ立場だったら、絶対嫌な気分になるやつだもんなー……)


 だからと言って、それで友人からの頼みをむざむざと断るような彼ではないと思っているのだが。だからこそ、彼の気持ちを踏み躙るような真似はしたくなかった。

 セシリアは歩きながら「はぁ……」と肩を落とす。

 もう正直、どうしたらいいのかわからない。

 そんな彼女を心配したのか、リーンが覗き込んでくる。


「どうしたの? 体調悪い?」

「そういうわけじゃないんだけど。グレースと話したことがちょっとね……」

「グレースと? 『選定の剣』のこと、何か進展があった?」

「進展というか、後退というか……」


 どういえばいいのか微妙な感じだ。

 状況的には突破口が見えた感じではあるが、精神的にはどん詰まりである。

 セシリアの曖昧な返しに、リーンは「結局、どっちなのよ」と目を半分にさせた。


「あ! そういえば私、さっき修道女たちから変な話を聞いたんだけどね!」

「変な話?」

「なんか数ヶ月前から、神殿で修道女の幽霊が出るって噂があったらしいの! なんか、見た人も大勢いるみたいで……」


 それがどうしたと言うのだろう。セシリアは首を捻る。

 こう言ってはなんだが、ああ言う古い建物ではよくある話だ。現に、ヴルーヘル学院の旧校舎でも幽霊が出るという噂があったりする。


「それがどうしたの?」

「実はその幽霊、私達が『選定の剣』を見つけられなかった日から、パッタリと出なくなったらしいのよ!」


 話の行き着く先がわからず、セシリアは「へー……」と曖昧に相槌を打った。

 リーンはセシリアにしか聞こえない声を出しながら、腕を組んだ。


「その話を聞いて、私少し考えたんだけど! その幽霊、もしかしてジャニス王子だったんじゃないかしら」

「えぇ!?」

「女装して、夜な夜な『選定の剣』を探してたのよ!」


 まるで『犯人はお前だ!』と言わんばかりにリーンはセシリアの鼻先に指を突きつけた。

 最初は驚愕していたセシリアだったが、数秒経って我に帰ると、彼女の指をゆっくりと除けた。


「それは、さすがに無理じゃない?」

「どうして?」

「だって、ジャニス王子って顔は綺麗だけど、こう背は高いし、身体も結構それなりにしっかりしてるからさ。もし、女装してたら一発でわかっちゃうよ」

「じゃぁ、黒髪の護衛の人は? 私は見たことないけれど、そんな人がいるんでしょう?」

「一緒じゃないかなぁ。ジャニス王子よりは身長低かった気がするけど、そんなに低くもなかったし……」


 その言葉を聞いて、リーンは「そうなのね……」と少し残念そうにセシリアに向けていた指先を収めた。


「というかさ。そもそも、神殿に部外者は入れなくない? 招かれた私たちが入る時でさえ、色々チェックされたのに……。部外者がそう何度も何度も入ったり出たりできる場所じゃないって……」


 無理やり強行突破するのなら話は別だが、そうでないのなら難しい場所である。

 さすが、神子の住まう神殿だ。警備体制は万全である。

 しかし、その言葉にリーンは腰に手を当て、怒りをあらわにした。


「それじゃ、そもそもジャニス王子はどうやって入ったのよ! 関係者に変装でもしてたってわけ?」

「え? それは……」


 確かに、どうやって入ったのだろう。転生者しか知ることのできない剣のありかを知っていたこともそうだが、そもそも神殿内部に潜り込んだ方法がわからない。


「もしかして――」


 セシリアが、そうつぶやいた時だ。


「セシル!! 上――!」


 まるで頬を叩くような鋭い声が彼女の背中からかかった。ジェイドのものだ。

 その声に顔を上げると、眼前いっぱいの大きな岩が見える。それが崖の上から転がり落ちてきたものだと気がついた時には、もう身体は反射的に岩を避けていた。 とんでもない音を立てながら、岩が真横を通り過ぎる。その岩はそのまま崖を転がり落ち、隣の川に落ちていった。

 そして続け様に大小様々な岩が転がり落ちてくる。


「くそっ! 雨で地盤が緩んでたのか!」

「みんな気をつけろ!」


 セシリアはすぐさま宝具を展開し、その場にいた人間を岩から守る。

 まるで透明なガラスのようなそのドームに、小さな石は砕け、大きな岩は弾かれていった。

 しかし――


「きゃああぁ!」

「エルザさん!」


 先頭を歩いていたエルザだけ、取り残される形になってしまう。恐怖でしゃがみ込むエルザに無数の岩が襲い掛かる。


「リーン、これ!」


 セシリアは咄嗟に自分の宝具をリーンに押し付けた。そして、彼女の「ちょっと!」という制止を聞くことなく、ドームから飛び出し、エルザに駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ……」


 恐怖で震えるエルザの手をセシリアはつかんだ。そして、「あれに入れば大丈夫ですから!」と、ドームまで走ろうとしたその時――


「え?」


 今度は視界が下にずれた。


「セシル! エルザさん!」


 リーンの悲鳴のような声に、自分達の足元がずれたのだと知る。

 地面ごと川に向かって走り出したのだ。


「きゃあぁぁぁぁ!」

「――っ!」


 セシリアは咄嗟にエルザの腕を掴んで、彼女をドームまで投げ飛ばした。

彼女の身体をダンテが受け止める。

 そして、セシリアは地響きにも負けない大声を張る。


「リーン! あとはお願い!!」

「ちょっと! セシ――」


 リーンの言葉を、セシリアが最後まで聞くことはなかった。

 その前に意識がプツリと途切れてしまったからである。


..◆◇◆


 自分の無力感を感じる暇もなかった。


 茶色い土砂と一緒に、濁流に流される彼女を見た瞬間、思考よりも、感情よりも、身体が先走った。


「ダンテ、あとは頼む!」

「オスカー!」

「止めるな! 恨むぞ!」


 ダンテが伸ばしてきた手を、オスカーは反射的に振り払う。


 本当は止められるまでもなく、自分で止まらないといけない。

 自分の身体は、頭は、自分だけのものではなく、この国のものなのだから。

 国を動かす歯車の一つになるために、自分は生まれてきたのだから。

 だからオスカーは、自分の意思で自分を危険に晒してはいけないし、感情のままに動いてはいけない。理性は何よりも優先するべきだし、選択は常に最善を選ばなくてはならないのだ。


 そんなことはわかっている。わかっているのだ。


 この場での最善の選択は、このまま一旦場が収まるのを待ち、それぞれの安全を確保したのちに、セシリアの捜索を始めることだ。


 だけど、オスカーにそんな選択はできなかった。選択肢にも出せなかった。

 このまま、宝具も何もない彼女を放置していたら、どうなってしまうかぐらいは想像ができるからだ。

 

 オスカーは駆け出し、セシリアを追うように自ら川に身を投じるのだった。


面白かった時のみで構いませんので、評価していただけたら嬉しいです!

Twitterとかでつぶやいてくださっても、励みになります。

小説書籍もコミカライズも三巻まで出ていますので、どうぞよろしくお願いします。


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