20.それしか方法はありません
「やっと終わった……」
「疲れたねー」
最後まで部屋に残っていたアインを寮の部屋に送り届ける頃には、もう日は傾いてしまっていた。みんなを集めたのが授業が終わってからなので、みんなでワイワイとしていた時間よりも、その後の後始末に時間がかかってしまっている感じだ。
ギルバートとセシリアは、ヘトヘトの状態でサロンへ続く廊下を進む。あと残っているのは、部屋の片付けだけだ。リーンとグレースが担当してくれているが、二人だけで片付けが終わっているかどうか定かではない。
「最後はなんか大変だったけど、今日は楽しかったよね! みんなも楽しそうにしてくれてたし! レナのスコーンはやっぱり美味しかったし!」
「そうだね」
「それにさ、ギルも今日はなんだかすごく楽しそうだったし!」
「え? 俺?」
自覚がなかったのか、彼は意外そうな声を出す。
目を大きくする彼に、セシリアはにっと唇を引き上げた。
「うん。とっても楽しそうだったよ。……特に最後の方とか」
「最後の方って、みんなにお酒が入ってからってこと」
「うん!」
セシリアの頷きにギルバートはげんなりとした顔になった。その顔はまるで『お前の目は節穴か?』と言っているようだ。
セシリアはそんな彼の表情に構うことなく、さらにこう続けた。
「なんかさ。ギル、みんなと仲良くなったよね!」
「仲良く?」
「『ギル』って呼ばれることにも抵抗してないし。それに、ギルは嫌いな人の世話は焼かないって、私、知ってるもん」
セシリアは背中に手を回しググーと背伸びをしたあと、少し後ろを歩くギルバートを振り返る。
「だからさ、今日とっても楽しかったし、嬉しかったんだ!」
へらりと気の抜けたような笑みを浮かべる彼女に、ギルバートは少し驚いたような顔になって歩みを止めた。
しかし、それも一瞬のこと。
彼はすぐに元の表情に戻ると、セシリアとの開いてしまった距離を埋めるように、少しだけ歩幅を大きくして、再び歩き始めた。
「私が知ってたギルってさ、誰も寄せ付けない感じで、一人孤立しててさー」
「それって、ゲームの中の俺ってこと?」
「あ、うん。そう! 私のせいもあるんだろうけど誰にも心開いてなくてね……」
セシリアは顔を正面に向けたまま、少しだけ視線を下げた。
思い出すのは、前世での記憶だ。あれはゲームのキャラクターに向けた感情だったが、あの時の気持ちは、今とあまり大差ない。
なんせ、最初にプレイしたのがギルバートで、一番プレイしたのも彼である。
思い入れも一入だ。
「一人で部屋に閉じこもって、ずっと寂しそうでさ。だから、この世界では誰よりも幸せになってほしかったんだよねー」
「……」
「なんかさ。今日みんなの世話を焼いてるギル見てて、ちょっと感動しちゃったんだ、私!」
ほくほくとそう言うセシリアをギルバートはしばらく眺める。そして、何故かある種の確信を持った声で、彼は彼女の背中に言葉を投げかけた。
「あのさ、リーンから聞いたんだけど、セシリアの推しって……俺?」
「…………え?」
「推しって言うんでしょ? 一番好きだったキャラクターのこと」
瞬間、ぼっと音を立ててセシリアの顔が赤くなる。そして、まるでそれが答えだと言わんばかりに狼狽えた。
「え? あ、え……」
「あ。やっぱり、そうなんだ」
別段嬉しそうではなく、淡々とギルバートは頷いた。
そんな彼にセシリアは言葉を重ねる。
「そ、それはそうなんだけど! 好きっていうか、守ってあげたいというか、幸せになってほしいというか……。あぁ、もう! なんて言えば良いのかな!」
「大丈夫だよ。わかってるから」
「え?」
「どおりで、いつまで経っても弟のはずだよな……」
ため息と共にそう言われ、セシリアは意味がわからず首を捻る。そんな彼女に「なんでもない。こっちの話」とギルバートは微笑む。
その時だ――
「あぁ、こんなところに居られたんですね」
「グレース、どうしたの?」
正面の曲がり角から顔を覗かせたグレースに、セシリアは声を大きくした。
グレースはギルバートに一度だけ視線を向けたあと、セシリアに歩み寄る。
「セシルさん、少し二人っきりでお話ししたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
その真剣な声に、セシリアは「え。うん……」と頷いた。
「二人で話したいことって何?」
呼び出された空き教室で、セシリアはそうグレースに聞いた。
グレースは背を向けたまま、少し考えるようなそぶりを見せたあと、ゆっくりとセシリアに向かい合う。
「セシリアさん、私なりに色々と考えてみたんです」
「なにを?」
「ジャニス王子のことです」
その言葉に背筋が伸びた。
「『選定の剣』がジャニス王子の手の内にあることはほぼほぼ確定でしょう。その上で、私たちにはジャニス王子を見つけられる方法がない」
それは確かにそうだ。
探せるところは探したし、公爵家の情報網でもダメ。あれからマーリンたちも探してくれているとダンテが言っていたが、こちらに報告がこないということは、未だめぼしい情報は得られていないということだろう。
セシリアとしてはジャニスからの接触に期待しているが、それも今のところその気配はない。
「正直に言います。もう私たちだけでは、ジャニス王子を見つけ出すことはおそらく無理だと思います」
「それは……」
「セシリアさんは相手が接触してきてくれることを望んでいるのかもしれませんが、あちらにはもう私たちに接触する理由はありません。少なくとも、セシルさんには……」
「誰だったら可能性があるの?」
「神子候補であるリーンさんになら……、おそらく。まぁ、接触といっても暗殺目的でしょうが」
「暗殺って――!」
「しかし、リーンさんのそばにはヒューイさんがいます。なので、そもそも接触されない可能性の方が高いでしょうし、接触されたとしてもそこまでの被害は出ないと思います」
それを聞いて、セシリアは安心したように身体の力を抜いた。
でも確かに、相手がプロスペレ王国の国家の転覆を望んでいて、選定の儀を邪魔したいと考えているのなら、リーンを狙うのは当然の話だ。
「話を元に戻しますね。つまり、私が言いたいのは、『もうこの状況では障りの元を断つのは諦めた方がいい』ということです」
不思議と衝撃は感じなかった。それは、セシリアが心のどこかで感じていたことだったからかもしれない。
俯くセシリアに、グレースはひとつ息を吐いたあと、妙な間を開け、口を開く。
「ただ、それでもセシリアさんが諦めたくないというのなら、ひとつだけ方法があります」
「方法?」
「探し出せないのなら、強制的に呼び出すんです。相手は無法者ではなく、身分のある王族。正式な書状があれば、私達の前に引き摺り出せます」
「それは……」
嫌な予感が頬を滑る。
王族を呼び出す。
そんな芸当ができる人間なんて、世の中、そんなに多くはない。
「セシリアさん。殿下に協力を仰ぎましょう。彼にすべてを話してください。私が考えるに、それしか方法はありません」




