19.ティーパーティ2
一時間後――
「で。なんでこんなことになったのかな……」
セシリアはサロンの惨状を見ながら頬を引き攣らせた。
ぐったりと机に伏せっているジェイドに、泣き上戸になっているアインと、笑い上戸になってるツヴァイ。部屋の隅に置いてあるソファーで横になっているのはモードレッドで。これまでにない緩さでぼぉっと虚空を見上げるのはヒューイである。頭痛がするのかオスカーは頭を抱えており、その隣では一人だけ平気そうなダンテがヘラヘラと笑っていた。
彼らの不調の原因は、ダンテが部屋から持って来たとあるものだった。
「なんでお酒なんか持ち出したんですか、ダンテ!」
そう怒りの声を上げるのは、ギルバートだった。怒られたダンテの手には、フルーツのような甘い香りを漂わせる飲み物がある。
怒られたダンテはまるで不服を表すように唇を尖らせた。
「えぇ……! これって俺が悪いの?」
「あなたが悪くなくて、誰が悪いんですか……」
「だって俺、別に強要してないし! みんな勝手に飲んだだけじゃん!」
ダンテが持っているのは、酒だった。しかも、数口飲んだオスカーが頭を抱えるぐらい、度数が強い酒。香りだけはジュースのように甘く、舌触りも良くて飲みやすいのも、みんながこんなことになってしまった原因だった。
ちなみに無事だったのは、用心していたギルバートと、お酒が飲めないグレース。お手洗いに行っていたリーンとセシリアも難を逃れていた。
「『勝手に飲んだだけ』って。あなた、最初ジェイドたちに『ジュースだ』って言ってたじゃないですか!」
「だって、燻製をつまみに酒飲むだなんて言ったら、怒られると思ったんだもん!」
その嘘を信じたジェイドが「ボクも飲んでみたい!」と手を出したのが最初である。そんなジェイドに続いて、アインとツヴァイも一緒に飲んだ。そして、三人揃って最初に撃沈したのである。飲んだ量は、三人合わせてコップ二、三杯程度である。
「あと、先生が飲んだのは事故だからね。先生が自分と俺のコップを間違えて飲んだだけだし!」
「まさか先生も生徒がお酒持ち込んでるとは思わなかったんですよ……」
プロスペレ王国では十六歳から飲酒が認められる。
認められる、が、食堂ではもちろん出していないし、学院に持ち込むような非常識な生徒も未だかつていなかった。
「ヒューイとオスカーは、本当に俺のせいじゃないからね。あの二人はわかっていて飲んだんだから」
「そりゃ何口も飲んでいるあなたがそんなふうにケロッとしてたら、そんなに強い酒なわけがないって思うにに決まってるでしょう!」
「だって俺、ザルなんだもん。それは仕方なくない?」
「仕方なくない!」
ギルはピシャリとそう言い放つ。
しかしその叱りを受けても、ダンテはなおも平然と笑っていた。
「もー、ギルってばお堅いなぁ。ほら。ぷりぷり怒ってないで、ギルも飲んでみなよ! 美味しいよ?」
「ダンテ!」
「あははっ」
彼は本当にどこまでも楽しそうだ。馬の耳に念仏とは、まさにこのことである。
セシリアはそんな二人のやり取りを、リーンと並んで呆然と見つめていた。彼女としては、みんなで仲良くワイワイとお茶会ができればいいと思っていたのだが、まさかこんな事態になるとは思ってもいなかった。
消費したかったはずの食べ物も、予定以上に全然消費できていない。
「リーン。なんか、ごめんね。ヒューイが――」
「酔ってるヒューイ君もなかなかに可愛いわね。今度、もうちょっとお酒飲ませてみようかしら……」
謝ろうとした瞬間、隣で不穏な計画が聞こえる。しかし、セシリアは無視することにした。「ごめんなさい。なに?」と聞き返されたが、「なんでもない」と首を振る。これ以上変なことに巻き込まれても敵わない。
「ギルー、セシルー……」
その時、死にそうな声を出したのは、ジェイドだった。
顔を上げた彼は、赤ら顔だった。頭の位置もはっきりと定まっていないし、目も開いていない。
「頭がくらくらするー」
「ったく。あなたはもう少し、人を疑うということをですね――」
「うー……」
「…………ほら、立てますか?」
ギルバートはため息を一つつくと、ジェイドの腕を自分の肩にかけた。そして仕方なさげに「部屋まで送ります」と彼の身体を支える。一人では大変だろうと、セシリアもジェイドのもう片方の腕を支えた。
その状態で、ギルバートは振り返る。
「殿下も……」
「俺は一人で平気だ。ジェイドを頼む」
「んじゃ、俺はヒューイを送ってくるかなー」
ダンテはそう言って、コップの中に入っていた酒を飲み干した。どうやら今日はこれでお開きらしい。いまだにへばっているモードレッドとアインとツヴァイは、これから順番に部屋に運んでいくしかないだろう。
「私たちは男子寮には入れませんし、片付けでもしましょうか」
「そうですね」
そう頷きあったのは、リーンとグレースだ。
そうして、短いティーパーティは終わりを迎えたのだった。




