17.生誕祭(クリスマスイベント)2
「本……って、これ!」
「うふふ。マーケットってことなら、売らないとね!」
まさかのニールの本である。もちろんBOYSがLOVEする本だ。とてもじゃないが、救済院で売るようなものではない。しかも、表紙の色が見たことがない色である。これはもしかして、もしかしなくても、オスカーとセシリアをモデルにした例の本の第三弾ではないのだろうか。
震える手で本を手に取るセシリアに、リーンははしゃいだような声を出した。
「実はこれ、会心の出来なのよ! しかも舞台は生誕祭!」
「時系列を合わせにきたな……」
「今回は、隣国の王子と攻が、受を巡って壮絶バトルを繰り広げる話で――」
「えぇ……」
隣国の王子、というのは、もしかしてもしかしなくともジャニス王子のことではないのだろうか。もしそのキャラクターがジャニス王子をモデルとして作られているとして、彼女は嫌な気持ちになったりしないのだろうか。
仮にも、相手は自分を殺しかけた人間である。
「もちろん! 最終的にはシエルがサイコパス王子を倒して終わる話になるんだけどね! こう、バサーって!」
リーンは剣で切るような動きをしてみせる。
やはり、多少は恨んでいるようだ。しかしながら、創作で恨みを晴らすとは、なんとも彼女らしい。
リーンは腰に手を当てた状態で、さらにこう続ける。
「これが無事ちゃんと売れたら、実はもうちょっと進んだ展開を考えててね!」
「進んだ展開?」
「将来的には、ネサンスマーケットを、コミ●クマーケットにしたいと思ってるの!」
「そんな野望、聞きたくなかった!」
親友が異世界で即売会を企てている。そんな事実、なかなか受け止めきれない。
耳を塞ぐセシリアに、リーンは悩ましげな声を出した。
「でも、こっちにはまだ自分で本を作るという文化がないでしょ? だから、ジェイドと一緒に、個人的な出版も受付できないかって考えてるの。でもそのためには印刷にかかる費用が問題なんだけど……」
貴族だけの趣味で終わらせたくないのよね……と彼女はどこまでも本気の声を出す。
今はジャニスよりも彼女の行動力の方が怖いセシリアだ。
どうやら彼女は本気でこの世界を腐海に沈めるつもりらしい。
「あら、お二人とも……」
そんな話をしていた二人に、よく通る、可愛らしい声が届いた。
声のした方を見ると、そこには見たことのあるメガネ姿の女性が立っている。頬にあるそばかすが愛らしい彼女は、二人を見つけて、頬を桃色に染めた。
「セシル様! リーン様!」
「エルザさん!」
小走りで駆け寄ってきた彼女にセシリアは明るい声を出した。
エルザの背後には、彼女が連れてきただろう修道女が数人いる。
「こんなところでなにをしているんですか?」
「神子様の命で、各救済院を回って祈りを捧げているんです。本来は神子様のお役目なのですが、神子様は今、体調がよろしくないようなので……」
エルザは困ったように笑った後、二人の手元を覗き込んできた
そして、目をこれでもかと見開いた。
「お二人は、ネサンスマーケットの準備ですか? ――って、これは!」
「あ、ちょっと!」
「これは、もしかしてニール様の新作なのでは?」
セシリアの手にあった若草色の本を、彼女は奪い、凝視した。その目はきらきらと輝いている。
そんなエルザの行動に、セシリアは圧倒されたまま片手を上げた。
「えっと、エルザさん。ニールの事、知ってるんですか?」
「もちろんです! そして、大好きです! 修道女の中でも人気なんですよ。男性同士の恋が、こんなに苦しくて甘酸っぱいものだと、私この本で初めて知りました!」
熱弁である。
仮にも貞淑を守らなくてはならない修道女が、あんな劇物を読んでもいいのだろうか。
「お二人もファンだったのですね! とっても親近感が湧きます! 特に嫉妬するシエルが可愛くて可愛くて……」
目の前にいるのが、作者とシエルのモデルだということを知らずに、彼女は頬を染めたまま体をくねらせた。
その後、五分以上もノンストップで語ったエルザは「すみません。つい熱くなってしまって……」と咳払いをし、身を正した。
「今回はうちも、寄付金集めを兼ねてネサンスマーケットに出店するんです。広場の方ですので、もしよかったら立ち寄ってくださいね」
そうして彼女は一礼をして、身を翻した。向かう先はシゴーニュ救済院の教会である。きっと今から祈りを捧げるのだろう。
シスターが子供たちを呼び、エルザと一緒に来た修道女も教会の建物に向かう。
「エルザさんて面白い人だよね」
「そうね。聖職者って、もっとお堅い人だと思ってたわ」
「……エルザさん、前はもっと暗い方だったんですよ」
そう二人の言葉に割り込んできたのは、エルザと一緒にやってきた修道女である。その栗毛に、二人はどこか見覚えがあった。
(この人って、私たちが『選定の剣』を探しに行った時の――)
あの、怖がらせてしまった女性である。彼女は「そうなのですか?」と首を傾げるリーンに声を潜ませる。
「えぇ。前はこう、もっと地味な方でした。聖職者になったのも、実家から縁切りをされたからだったらしく。毎日鬱々としておられて、笑った顔なんて見たことありませんでしたもの!」
「だけど、ニールさんの本が私達のもとにきたぐらいから、突然元気になられたんですよね!」
「そうそう!」
気がつけばセシリアたちは数人の修道女に囲まれていた。
「私達ももちろんニールさんの本は素晴らしいと思っていますけれど、一番魅了されているのはやっぱりエルザさんですわ!」
「何度も何度も繰り返し読まれてるみたいですもんね!」
「そう、なんだ」
なんとも複雑である。
『一冊の本が一人の女性の心を救った』
と言えば、なんともいい話風だが。その本の内容が自分をモデルにしたBL作品だということだけが、なんとも釈然としない。
セシリアが、「それは、よかったですね?」と首を傾げると、彼女たちは一斉に「はい!」と返事をする。
どうやらここに修道女が集まっていたのは、『エルザのことを話したい』というより、『セシルと話しがしたい』という思いの方が強かったようだ。
その証拠に、彼女たちの頬は皆ほんのりと桃色に染まっている。
「みなさん! 早く来てください!」
遠くの方でエルサの声がする。彼女たちはその声に「はーい!」と元気よく返事をし、二人に背を向けてその場を去っていくのだった。
ここ最近ヒーローたちがあまり出ていませんが、ご了承を。
面白かったら評価していただければ嬉しいです。
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