12.ジャニス王子とのお茶会2
セシリアはジャニスから告げられた情報を整理しつつ、口を開く。
「どうして、あなたがそんなことを知ってるの?」
「それは、僕が最初の神子――リュミエールの子孫だからだね」
「え?」
「君たちの方ではもう抹消された歴史かもしれないけれど、ノルトラッハはプロスペレ王国を追い出されたリュミエールの子が作った国なんだ」
手のひらで自身をさしながら、彼はさらにこう続ける。
「神子を継ぐはずだったのに、なんの力も、痣もなく生まれてしまったリュミエールの子。迫害され国を追い出された彼は、それでも自分の祖国を捨てきれず隣に国を作った。それがノルトラッハ」
「……」
「その証拠に、僕は『障り』を自在に発芽させることができるんだよ。……と言っても、こんな芸当、王家の者でも僕にしかできなんだけどね」
サラリとそう告白され、息が詰まった。これは、ゲームでも明かされなかった彼の秘密である。まさかこんなところで知ることになると思いもよらなかった。
セシリアの反応に、ジャニスは少し意外そうな顔で首をかしげる。
「あれ? あんまり驚かないね。もしかして、もう知っていたのかな?」
「それは……」
「そっか、セシルは意外に観察眼に優れてるんだね」
言葉を濁したセシリアをどう取ったのか、彼はそう勝手に納得してくれる。
ジャニスはまるで握手を求めるように、セシリアに向かって手を伸ばした。
「だから協力してほしいんだ、セシル。僕はどうしてもこの国の国民を苦しめているカリターデ教が許せないんだ」
「……」
「セシル?」
「嘘、だよね」
「え?」
ジャニスは笑みを浮かべたまま首を傾ける。
そんな彼をセシリアは真正面から見つめた。
「カリターデ教の真実は正直わからない。もしかしたら、全てはあなたのいう通りなのかもしれない。だけど、あなたの本当の目的はそこじゃないんでしょう?」
「どうして、そんなことが言えるの?」
「それならどうして、『選定の剣』を俺たちよりも先に奪ったの? あなたはあの剣の扱い方も、効果も知っているんでしょう? もし、カリターデ教に対して本当に怒っているのなら、俺たちに剣を預けた方がいいとは考えなかったの?」
静かなセシリアの声に、ジャニスは差し出していた手を引っ込めた。
しかし、なおも飄々と彼は言葉を紡ぐ。
「君たちが剣を見つけ出すという確証がなかったからね。あれは先に確保しておいただけなんだよ。それで、不信感を抱かせてしまったなら悪かったね。……それに言っただろう? あれは君に渡すって……」
「成功報酬として、だよね? あなたの本当の目的が成功した後の成功報酬。それに『カリターデ教を潰す』のがあなたの目的なら、今までのあなたの行動が説明つかない」
「それは、後々説明するよ。君たちに迷惑をかけたのも、いろんな理由があったからなんだ。きっと理解してもらえる内容だと思う」
「それに、それならオスカーを殺そうとした理由がわからない」
ジャニスはそこで完全に口をつぐんだ。一瞬だけ、感情の抜け落ちた冷徹な為政者の顔になった後、彼は改めて人の良い笑顔を自身に貼り付ける。
そんな彼に、セシリアは言葉を重ねた。
「あなたが嫌いなのは、カリターデ教じゃなくて、この国そのものなんじゃない?」
その言葉の直後、ジャニスは本当におかしそうに肩を揺らし始めた。
大声こそ出していないものの、声だって震えている。
「いいね! うん、賢い子は好きだよ。そうそう。俺はこの国が大っ嫌いなんだよ。だからさ、全部壊したいんだ。王家も、国民も、宗教も。オスカー殿下に、個人的な恨みはないよ? ただ、やっぱり国を潰すなら王家を潰すのが手っ取り早いじゃない?」
「……」
「でもそっか。やっぱり即席の嘘じゃ繕えなかったかぁ。君、単純そうだから、なんとかなると思ったんだけど。やっぱり嘘をつくなら、しっかりと考えてからじゃないと駄目だね。……仕方ないから、本来の方法でお願いすることにしようかな」
ジャニスはそう言い、軽く手を広げてみせる。
「セシル、仲間になってよ。仲間になってくれなきゃ、ここに居るみんなの『障り』の種を芽吹かせちゃうよ?」
あまりにも軽くそう言われ、セシリアはあまりの不愉快さに眉を寄せた。
「アインとツヴァイはそうやって脅すつだったのね?」
「あの双子は、互いに互いを裏切れないだろう? 弟の方は兄に依存してる傾向があるし。兄は兄で、弟を守らないとって義務感に支配されている。どっちかを人質にして脅せば、傀儡にしやすいだろうなぁって、そう考えたんだ」
「……ねぇ、あなたが『障り』をつけた人の中に、カディ・ミラルドって人はいた?」
「誰それ?」
「アインとツヴァイのお母さんを殺した、使用人の名前だよ」
ジャニスはうーん、と顎をさする。
「どうだったかな。あんまり昔のことは覚えてないんだよ。特に、自分の人生にどうでもいい人間の名前は忘れるようにしているんだ。だってほら、人生の無駄だろう?」
「そう……」
「で、どうするの? 僕の仲間になってくれるの? くれないの? 僕がこの手で触れれば、種は発芽しちゃうよ?」
まるで見せつけるように、彼は手のひらをひらひらと目の前で晒して見せる。
「それとも、セシル自身が『障り』を体験したくなっちゃった?」
脅すようにそう言いながら、彼は手のひらをセシリアに近づけてきた。しかし、その手のひらはセシリアの触れる前に何者かに弾かれてしまう。
「――っ!」
「うちのお姫様に触らないでもらえるかな」
音もなく、気配もなく、セシリアの背後に現れたのは、ダンテだった。
彼はセシリアを背後から抱え込むようにして、ニヤニヤとジャニスを見つめている。
「お久しぶりだね、ジャニス王子」
「久しぶりだね。裏切り者の、ダンテ・ハンプトン」




