9.ちょっと準備させて
【ちょこっと用語辞典】
カディおじさん=アインとツヴァイの母親を殺した、マキアス家の使用人
ノルトラッハ =ジャニス王子の出身国.プロスペレ王国の隣国。
「奴の名前はジル・ヴァスール。年齢は当時十八歳。アーガラムに行く最中だと、知り合った人間には話していたそうだ」
五年前で十八歳と言う事は、現在二十三歳。年齢もジャニス王子の年齢にピッタリと当てはまる。
アインの言葉を引き継ぐようにして、今度はツヴァイが口を開いた。
「そのジルって人がカディおじさんの家で世話になったのは、母さんが殺される日の二日前からだったらしい。出て行ったのは母さんが殺されたその日。……五年前のことだけど、みんな鮮明に覚えていてくれてたみたい」
当時のことを思い出しているのか、ツヴァイの眉間には皺が寄っている。しかし、その顔は以前のように頼りなさげではなかった。しっかりと事実を受け止め、話をしているように見える。もしかしたら前回の事件を通じて、ツヴァイ的にも何か思うところができたのかもしれない。
「それと、ここからは親父に頼んで調べてもらった情報なんだけどな。隣国のノルトラッハに通じる北の関所が一つ買収されていたらしいんだ。お金をもらった役人の話だと三ヶ月ほど前に、男を二人、秘密裏に通したらしい」
「もしかして、その男が?」
「あぁ、ジル・ヴァスールだ。本人も『ジル』と名乗っていたらしい。で、もう少し詳しく話を聞いたところ、俺たちが出会ったジャニス王子と特徴が一致した」
セシリアは全身の毛が逆立つ思いがした。
これで、ジャニス王子の偽名が判明したことになる。偽名さえわかれば、居場所を特定するのはそこまで難しくない。
問題があるとするならば、それは、時間だろう。
(場所を特定したら、すぐさまおさえないと……)
ジャニス王子が宿を点々としているのならなおさらだが、一つの場所に長く滞在していたとして、それでも限度があるだろう。宿は突き止めたが、実際に行ってみたらもう出て行ったあとだった……というのは避けたい事態である。
二人もそんなふうに考えていたのだろうか、アインはさらに言葉を重ねた。
「実は、ジャニス王子が泊まっているだろう宿はもう突き止めてある」
「え!?」
「北の関所にそいつから手紙が届いたんだよ。『あの時は助かった。ありがとう。もうじきまたそちらでお世話になるから、次もよろしく』って」
「手紙がどこから来たのか辿ったら、今朝、このアーガラムに宿をとっていることがわかったんだ」
そう言いながらツヴァイは、ジャニス王子からきたというその手紙をセシリアに見せてくれる。
セシリアはそれを手に取り、中身を確かめた。封筒の中には便箋のほかに、もう一つ小さなものが入っていた。彼女は封筒を傾け、もう一つの手のひらにそれを出す。
「これって、――指輪?」
「うん。手紙と一緒に送られてきたんだ。孔雀石でできた指輪みたい」
その言葉に、セシリアは緑色の石がついた指輪を太陽に掲げた。綺麗だが、見たところそんなに高価なもののようには見えない。お金の代わりに同封した……というわけではなさそうである。
「んで、ここからが本題。……俺たちは今から、そいつに会いに行こうと思ってる」
「え? い、今から!?」
「うん。会って、カディおじさんのことを聞こうと思うんだ。やっぱりどう考えても、あの件はおかしいところが多すぎる。おじさんは、敬虔な信徒だったけど、あんなことをする人じゃなかったんだよ」
「俺たちはジャニス王子がおじさんを唆したんじゃないかって考えてるんだ」
二人の宣言に、セシリアは頬に冷や汗を滑らせた。
ジャニス王子が『障り』をつけることができることを、彼らはまだ知らないのだ。もし、二人だけでジャニス王子に会った場合、またツヴァイが……、もしくはアインが『障り』に犯されてしまうかもしれない。
そんなセシリアの心の内を知らない二人は、言葉を続ける。
「ジャニス王子にあまりいい噂がないのは俺たちだって知っている。会う場所は人が多い場所を選ぶつもりだし、十分に注意するつもりだ。だけど、もし、俺たちに何かあったら――」
「だ、だめだよ!」
言葉を遮って、セシリアはそう声を上げた。いきなり大きな声を出した彼女に二人は驚いたような顔を見せる。
「二人の気持ちはわかるけど、さすがに今すぐってのはやめない? もうちょっと作戦を練ってから……」
「それだと、相手が場所を移動しちゃう可能性があるから……」
「それに手紙には『もうじきまたそちらで世話になる』って書いてあったんだ。もしかしたらジャニス王子は、もうすぐこの国から出ていくのかもしれない」
畳み掛けられるようにそう言われ、セシリアは閉口した。
二人が言いたいことはわかる。セシリアだってそれと同じようなことは、さっき考えていた。ジャニス王子が国に戻ってしまえば、二人が彼に直接話を聞く機会なんてなくなってしまうだろう。
それに、できることならセシリアだってついていきたい。彼らが心配なのももちろんだが、彼女には『選定の剣』を取り戻さないといけないという使命があるのだあるのだ。今このチャンスを逃すべきではないだろう。
(だけど――)
今は……、今すぐはだめだ。
なぜなら、頼みの綱であるギルバートが、今学院にいないのだ。
『ジャニス王子のことで確かめたいことがあるから、放課後、少し出かけてくるね』
彼がそう言ったのは、お昼を食べている時である。当然、まだ帰ってきてはいないだろう。むしろ出たばかりかもしれない。しかもその時に――
『俺が目を離している間に、変なことしでかさないでね?』
と釘まで刺されているのだ。
アインとツヴァイの二人と一緒にジャニス王子に会いに行く。
これはもう、どう考えても変なことだろう。
(でも……)
セシリアは顔を上げて、同じ顔をした二人を見据える。
(二人は、行くんだよね)
彼らには確固たる意志があった。それは何日も、何時間も、かけて固められた決意であり、セシリアがどうこう言ったからといって変えられるものではないだろう。
だが、このままだとセシリアは、何も知らない二人をジャニス王子の元へ送り出さないといけなくなる。ここで『ジャニス王子は「障り」をつけることができるんだよ』と言ったって、すぐに信じてはくれないだろうし。もし、信じてくれたとして、事件の真相を聞きたい彼らの気持ちを助長させてしまうだけだろう。
セシリアは大きく息を吸う。
ここは賭けに出るべき時なのかもしれない。
「わかった。それなら俺もついていく」
「え?」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。二人の声は見事なまでに重なった。
「いや、でもお前――」
「俺もジャニス王子に聞きたいことがあったんだ。だから、もしよかったら連れて行って!」
「で、でも、危険かもしれないよ?」
「うん。それもわかってる」
セシリアは大きく頷くと、拳を握りしめる。
「だから、ちょっと準備させて」
突撃じゃー!




