8.ジャニス王子の行方
神殿で選定の剣を回収し損ねてから二日後、セシリアの姿はヴルーヘル学院の研究棟、その中にあるグレースの部屋にあった。
「つまり、ジャニス王子が我々よりも先に選定の剣を確保してしまった可能性があると?」
「うん」
渋い顔で顎を撫でるグレースに、項垂れるセシリア。グレースが普段作業しているだろう机には、セシリアたちが拾ったイヤリングがあった。
何かを考えている様子のグレースに、セシリアは身を乗り出す。
「ちなみにゲームで、こういうストーリーはあったりした?」
「いいえ、ありません。そもそもゲームでは、『選定の剣』の存在自体が不確かなんです。ヒロインが見つけるまで短剣という事以外、形もほとんどわからなかったし、その用途も使い方も、現段階ではモードレッド先生しか知らないはずです」
つまり、セシリアたちのような転生者以外、『選定の剣』の隠し場所も使い方もわからないということだ。
「つまりジャニス王子も……?」
「それは分かりません。ただ……」
「ただ?」
「降神祭の日、モードレッド先生の部屋に何者かが侵入し、レポートを盗み出した形跡があったんです」
「え!?」
それは初耳だった。
グレースたちが気づいたのも、あの騒動の後だったらしい。
レポートの内容は『障りの発生源について』。その中に『選定の剣』のことも、その使用方法についても書かれてあったそうだ。
「レポートは隣の研究室から見つかり、犯人もその部屋を使用していた研究者ということになったのですが……。もしかすると、真犯人はジャニス王子の手先の者だったのかもしれませんね」
「つまり、降神祭の騒動はそのために引き起こされたってこと?」
「さすがにそこまでは断言できません。しかし、神子候補を亡き者にするという目的の裏に、そういう企みが隠れていた可能性はありますね」
グレースは、机に置いてあったイヤリングを持ち、灯りに翳した。
「この国で『障り』の研究をしている者は数少ないですし、『障り』を操れるジャニス王子としては、情報集めておくに越した事はない。もしかすると、ジャニス王子としても『選定の剣』のことは、寝耳に水だったのかもしれませんね」
いきなり飛び込んできた『障り』を完全に払えるかもしれないアイテムの存在。
ジャニス王子の立場ならば、確かにそれは脅威だろう。血眼になってても探し出そうとするはずである。
グレースの説明に頷きつつも、セシリアは疑問を口にする。
「だけどどちらにせよ、レポートに書いてあったのは『選定の剣』の使い方だけなんだよね? 隠されていた場所は、どうやって知ったんだろう……」
「そのことに関してはセシリアさんが言っていた通り、ジャニス王子が、実は私たちと同じ転生者だった……という可能性もないことはないですが。隠し場所が記載されている古い書物などを、モードレッド先生や私たちよりも先に彼らが入手していた……と考える方がより現実的かもしれませんね」
グレースはセシリアの疑問にそう答えると、イヤリングにむけていた視線をそのままセシリアに滑らせた。
「もしこのまま、セシリアさんが『障り』を完全に祓いたいと願うなら、やることは一つです」
「一つ?」
「次に神殿に行ける機会――つまり、選定の儀を終える三月末日までに、ジャニス王子から『選定の剣』を取り戻すんです」
..◆◇◆
「って言われてもなぁ……」
研究棟でグレースに相談をしてから三日後。放課後。
セシリアは中庭のベンチでそうぼやいていた。彼女を見下ろす空は見事な秋晴れで、頬を撫でる風はどことなく冷たい。さすが十一月も後半である。
セシリアは俯いていた顔を上げると、ほぉっと息をついた。
「とりあえず、ジャニス王子を見つけないといけないんだけど。どこにいるのかも見当がつかないし、どうやって探せばいいのかも分からないしなぁ……」
グレースは『ジャニス王子から「選定の剣」を取り戻せ』と簡単に言ってのけたが、セシリアはジャニス王子と繋がりなどないのだ。会ったこともなければ、言葉を交わしたのもこの間のが初めてである。
当然、彼がこの国で使っているだろう偽名も知らないし、どこに潜んでいるのかもわからない。もしかすると、今は自国に戻っている可能性だってある。
(ギルが探してくれるって言ってたけど、あれから進捗ないみたいだし。私にも何かできることないかなぁ)
そうは思うが、ギルバートからは『そのことに関しては俺が調べてくるから、セシリアは動かないで待っていて』と釘を刺されていた。どうやらギルバートは、ジャニス王子のことを相当警戒しているらしい。
ジャニス王子が危険な人間だということも、ギルバートが心配してくれていることもわかるのだが、このまま一人のうのうと待っているだけ……というのは、セシリアの性格上、なかなかに難しかった。
(ギルに心配させないようなことで、何か手がかりが掴めたら――)
そう思った時だった。
「何やってるんだ。セシル」
物思いに耽っていたセシリアはその声でハッと我に返る。声のした方を見ると、こちらに向かって二人の生徒が歩いてきているのが見てとれた。
幼さの残る同じ顔に、左右対称の編み込み――
「アイン! ツヴァイ!」
「久しぶりだな」
「久しぶりだね」
片手を上げるアインに、困ったように笑うツヴァイ。
セシリアはベンチから立ち上がると、二人の元に駆け寄った。
「わぁ、なんか久しぶりだね! 二人とも実家、大丈夫だった?」
セシリアがそう心配そうな声を出すのには訳があった。
実は、あの降神祭の騒動の後、二人は実家に呼び出されていのだ。というのも、アインとツヴァイの父親であるマキアス侯爵は、リーンからの招待もあり、息子が出る舞台をお忍びで見にきていたのだ。しかしタイミング悪く、その日はたまたまツヴァイが暴走してしまった日だったのだ。
突然中止になる舞台に、ざわめく舞台裏。
これをマキアス侯爵が、不思議に思わないわけがなかった。
「まさか、セシルを探しているところを、親父に見られてるとは思わなかったわー。話は根掘り葉掘り聞かれるし、ツヴァイは殴られるし……」
「殴られた!? ツヴァイ、大丈夫なの?」
「うん。平気だよ」
そう言いながらも、ツヴァイは左頬を撫でる。きっと、殴られた時のことを思い出しているのだろう。ツヴァイの頬は痣にこそなっていないものの、少し赤くなっていた。唇の端も赤いので、もしかしたらその時に少し切ったのかもしれない。
そんな痛々しい弟を隣に、アインは明るい声を出す。
「でもまぁ、それぐらいだったよ。親父も親父で思うところがあったのかもしれないな。ツヴァイのこと殴ったあと『お前を不安にさせて悪かった』って、呟いてたからさ。あと、『障り』に犯されていたせいってのもあるし……」
「そっか」
「あと、セシルがあらかじめ手紙を送っていてくれてたのも大きかったんだと思う。……ありがとな、あれは助かった!」
「うん。セシル、ありがとう」
二人の礼を受けて、「そんな! 大したことはしてないよ!」とセシリアは顔の前で手を振る。
セシリアは二人が実家に呼び出しを食らったと聞いたその日に、マキアス家に手紙を書いていたのだ。内容は『自分は大丈夫だから、二人から何を聞いても怒らないでやってほしい』という、情状酌量を願うものだった。自分の手紙にどれだけの効果があるのかわからなかったが、やらないよりはマシだと思ったのだ。
「そういえば。親父、今度セシルの家に謝りに行きたいって言ってたぞ?」
「……え?」
「いつごろがいいか都合を教えて欲しいってさ」
セシリアは頬を引き攣らせる。
これは困った。謝りにこられても、セシルの実家などどこにもないのだ。あるのはセシリアの実家であるシルビィ家だけである。
セシリアは頬に冷や汗を滑らしながら首を振った。
「えっと、それは遠慮しとくね」
「なんで?」
「侯爵様を招けるような家じゃないからさ! こっちも気を遣っちゃうし! お父さんには『気にしないでください』って伝えてて!」
「……まぁ、そっちの方がいいなら、そう言っとくけどさ」
アインの答えに、セシリアはほっと身体の力を抜いた。
何にせよ、二人が無事でよかった。ツヴァイなんて実家に帰る前は「もう会えないかもしれないけど、元気でね」なんてことを言っていたのだ。
せっかく仲良くなれたのに、こんなところでさよならだなんて寂しすぎる。
「あ。そういえば、どうして二人はここに?」
気分を切り替えるようにセシリアがそう問えば、アインとツヴァイは顔を見合わせる。そして、何かを確かめるように同時に頷せた。
「セシルを探してたんだよ」
「俺を?」
「お前には、ちゃんと話しておこうと思ってさ」
二人のまとう空気が少しだけ重々しくなる。
「実家に帰ったときに、親父や使用人のみんなに聞いたんだよ。……五年前、カディおじさんの家に泊まってた、ジャニス王子に似た人物のこと」
アインの言葉にセシリアは息を詰め、大きく目を見開いたのだった。
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