7.「もしかして、ジャニス王子が?」
それから二十分後、二人の姿は神殿の奥の廊下にあった。
倉庫のような部屋が立ち並ぶそこは、人の気配が全くない。
リーンはセシリアから受け取った紙を見ながら、自身のいる場所を確かめる。
「奥から三番目。この花瓶の横にある石畳を三回タップする……と……」
彼女はそう呟きながら、花瓶の横にあった石畳をしっかりと踏みつける。
一回、二回、三回……。すると、三回目で石畳が大きく凹んだ。そして、目の前の壁がゴゴゴ……と大きな音を立てて、一度沈み込み、横にずれていく。
隠し扉だ。そして、その先に現れたのは――
「階段……!」
地下に通じる階段だった。
神殿には本来地下はないとされていた。つまり、この先に選定の剣があるとみて間違いないだろう。
二人がその入り口に足を踏み入れると左右にランタンが置いてあった。グレースの指示通りに、そのランタンに持ってきた火打石で火をつけると、扉は自然と音を立てて閉まっていく。
どういう仕組みなのかはわからないが、すごいからくりだ。
そのランタンをかざしながら、二人は階段を降りていく。
階段は螺旋状になっていた。二人が降りるたびにカツーンカツーンと足音が反響する。
「なんか忍者屋敷みたいだね」
「というか、RPGのダンジョンって感じじゃない?」
どうして先人が、こんな仕掛けを作ってまで『選定の剣』を隠したかったのかは知らないが、何にせよ執念みたいなものを感じる。
セシリアは最後の確認というようにリーンを振り返った。
「この先の台座に灯りを灯したら、最後の扉が開くんだよね?」
「……」
「リーン?」
「え? あ、うん! そのはずよ!」
「どうしたの? なにかあった?」
心ここに在らずといった感じでランタンを見つめていたリーンを、セシリアは覗き込む。すると、リーンは難しい顔でセシリアの持つランタンを指さした。
「ねぇセシリア。ちょっと私、おかしなことに気がついちゃったんだけど……」
「おかしなこと?」
「これ見て。ランタンの屋根部分」
言われるがままにランタンを見下ろす。しかし、セシリアの視線の先にあるのは何の変哲もないランタンだ。なにがおかしいのか、少しもわからない。
「これがどうしたの?」
「埃が積もってないの」
「え?」
「何年も、何十年も放置してあったはずなのに、このランタンには埃が積もってないの。まるで最近誰かが使ったみたいに綺麗なのよ」
「それって――!」
嫌な予感が一瞬頭を駆け巡った。
でもまさか、そんなはずはないとセシリアは思い直す。
「でもここって、ゲームの中ではヒロインが見つけるまで誰も入ったことがない場所なんだよ?」
「そう、よね。そのルールに従うなら、私たち以外、誰もここに立ち入ることができないはずなんだけど……」
冷や汗が頬を伝う。
ゲームのヒロインのように、誰かが偶然、この場所を見つけてしまった……という可能性はゼロではないだろう。ただその場合、伝説の選定の剣が見つかった、と大々的に発表されているだろうし。その情報が当事者であるリーンやセシリアの耳に入っていないのは、どうにもおかしい。
「ちょっと、急ぐわよ!」
「うん!」
二人は階段を駆け足で降りる。
そして、降りた先にある小さな台座には――
「火が灯ってる……」
「セシリア、こっち!」
いつのまにか先に進んでいたリーンがセシリアを呼んだ。
呼ばれた方向に走っていくと、そこには開け放たれた石の扉がある。そして、リーンはその扉の先にいた。
「やられたわね……」
その呟きにセシリアはリーンが見ている方向に視線を向けた。
視線の先には、女神らしき象がある。その下には、短剣の形に窪んでいる台座があった。おそらく、そこに選定の剣は置いてあったのだろう。
「誰が……」
セシリアがそう困惑した声を出した瞬間、足先に何かが当たった。
視線を落とすと、何かきらりと光るものがある。セシリアはしゃがみ込み、それをつまみ上げた。
「これって……イヤリング?」
そのイヤリングにセシリアはどこか見覚えがあった。しかし、どこで見たのかはなかなか思い出せない。
答えをくれたのは、ここまで一緒についてきてくれた親友だった。
「それって、ジャニス王子のイヤリングじゃない?」
「あ!」
「もしかして、ジャニス王子が?」
リーンの言葉に、二人は互いの顔を見つめた。




