6.修道女の幽霊
ちょっと更新遅くなりました。
修道女の幽霊が出る。
それは、神殿に勤める修道女たちの間で、最近囁かれはじめた噂だった。
噂によるとその修道女の幽霊は、ランタンなどの灯りも持たずに、神殿を夜な夜な徘徊しているのだという。
幽霊の目的はわからない。ただ、姿を見たことのある修道女の話だと、彼女は爪で壁をカリカリと引っ掻いたり、過去に人が死んだとされている開かずの扉の前で、何やらぶつくさと独り言をつぶやいていたりするそうだ。
「怖いわね……」
人も獣も寝静まった深夜。
そんなふうに声を震わせたのは、夜の見回りをしていた栗毛の修道女だった。その声に応えるのは、彼女とペアを組んだもう一人の修道女である。
「ばかね、あんなの噂に決まってるでしょ?」
「だとしても、怖いものは怖いじゃない! ほら、あの影から幽霊がこっちを見てそうじゃない? あっちの物陰だって、誰かが潜んでいるように見えるし……」
「お、脅かさないでよ! そんなふうに言われると、私だって怖くなるでしょ!」
二人は肩を寄せ合いながら歩く。
カリターデ教の教えでは、死んだものたちは皆、女神の住まう楽園に行けるとなっており幽霊なんてものは存在しないことになっている。しかしそれはそれとして、やっぱり得体の知れないものは怖い……というのが彼女たちの本当の気持ちだった。
「もう、寝れなくなったらどうするつもりなのよ!」
「だって……」
栗毛の修道女がそう弱々しい声を吐いた時だった。
二人の耳に、カツンッ……と、大理石を蹴る音が届いた。一瞬、自分たちの足音かと思ったが、どうもリズムが違う。これは、自分たち以外の足音だ。
二人は思わず足を止めた。
「え? 今日の見回りって、私たちだけよね?」
「そ、そのはずよ……」
声を震わせる二人は、知らず知らずのうちに手を握りあっていた。顔の血色は失われ、恐怖で歯が鳴り始める。
音は彼女たちの前方からしており、段々とこちらに近づいてくる気配がする。
カツーン、カツーン……
ゆっくりと、焦らすように。その足音は段々と大きくなっていく。
そうして、二人の持っているランタンが、暗闇から歩いてくる人影の輪郭をゆっくりと浮かび上がらせた。その姿は――
「修道女……」
まごうことなき修道女だ。
トゥニカと呼ばれるくるぶし丈のワンピースも、裾の大きなウィンブルというベール状の頭巾も、彼女たちと同じものである。
そして、流れるような金糸の髪。噂通り、ランタンなども持っていない。
二人は、互いをぎゅっと抱きしめあった。
「きゃ――」
「あら、こんばんは」
同時に発しそうになった叫び声は、おっとりとした声に遮られた。
二人は互いに互いを抱きしめあったまま、その声がした方を見る。
そこにいたのは――
「リーン様!」
神子に呼ばれ、神殿に滞在していた神子候補者だった。
そして、彼女の隣には俯いた一人の修道女がいる。どうやら二人は、彼女に驚いてしまったようだった。
怯えた様子の二人に、リーンが申し訳なさそうな声を出す。
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「い、いいえ! 大丈夫です! それよりどうしたんですか、こんな夜中に!」
「実は、少し外の空気を吸いたくなってしまって」
リーンはそう儚げに笑って、視線を落とす。
「神殿に勤める皆様の献身と、神子様の立派さを目の当たりにして、私なんかがこのまま神子候補でいいのかと、少し、心配になりまして……」
「リーン様……」
「でも、一人で外に出るのは危ないでしょう? ですから、彼女についてきてもらったんです」
リーンはそういって、隣の修道女を掌で指した。すると彼女は会釈する。
俯いていてよく見えないが、見たことがない顔だ。おそらく新入りだろう。
神殿に勤める修道女は多く、全員が全員顔見知りというわけでもない。
「そうなんですか。それでは、お気をつけて」
「はい、ありがとうございます。少し風に当たったら帰りますので……」
二人は、前からやってきた人物が幽霊じゃなかったことにホッと胸を撫で下ろしながら、リーンと金髪の修道女に道を譲るのだった。
..◆◇◆
「助かったー! ありがとうリーン」
「どういたしまして。にしても、あそこで叫び声をあげられなくて良かったわね」
「ほんとだよ」
ほっと胸を撫で下ろすのは、金髪の修道女こと、セシリアだ。
そう、二人は選定の剣を回収する作戦の真っ最中だった。
「というか、よく修道女の服とか手に入れられたよね」
「あぁ、それ? そういう服とか保管してる倉庫見つけてね。セシリアと合流する前にちょっと拝借してきたのよ」
「拝借って……」
ありがたいが、ちょっと危険な綱渡りである。もし、他の人に見つかったらどうするつもりだったのだろうか。まぁ、彼女ならばなんとかしてしまうのだろうが、話を聞いていると頬に嫌な汗が伝ってきてしまう。
そんなセシリアの心配などは露知らず、リーンは覇者の剣のある地下室への行き方を記した紙を見ながら、ふと思い出したかのように首をかしげた。
「そういえば、今回ギルバートは不参加なの?」
「あ、うん。ギルには、オスカーとか他のメンバーの足止め頼んでるの。『セシルがいない!』って探されたら面倒だからね」
「あー、それは確かに必要な人員ね」
今回の鬼門はジェイドだ。
彼は誰よりもこの旅行を楽しみにしており、昼間観光に行った時は「今日の夜はみんなで僕の部屋に集まってボードゲームしようよ!」なんて言ってはしゃいでいた。セシリアは「今日は疲れたから遠慮しとくね」とその誘いを丁重に断ったのだが、ジェイドがいつ何時「セシルの様子見てくるね!」と部屋に突撃してくるかわからない。
そういった事態への対策のためにギルバートには残ってもらっていたのだ。
なので彼は今、みんなと一緒にジェイドの部屋にいる。
「そうでなくても、もともとギルには廊下でみんなの部屋の見張りを頼むつもりだったんだけどね」
「そうなの?」
「うん。ほら、偶然でもこんな姿を他のメンバーに見せるわけにはいかないでしょ? ダンテはいいとして、オスカーとかジェイドに見られたらバレちゃいそうだし……」
セシリアの言葉に、リーンは何か考えるように下唇を撫でた。
「あのさ。一応聞いてみるんだけど、今更オスカーにアンタがセシリアだってこと黙ってる必要あるの?」
「え?」
「もうさすがに『男装がバレたらオスカーに殺される!』とか、思ってないんでしょ? ゲームの中のオスカーならまだしも、今のオスカーよ?」
「それは……」
思ってはいない。思ってはいないが、それこそ今更ではないのだろうか。
今までセシルは、男同士として、友人として、オスカーに接してきた。なのに今更『女でした! これからもよろしくね!』とは言えるはずがない。
(それに、殺されはしないだろうけど、嫌われちゃうだろうしな……)
顔見知り程度ならいざ知らず、オスカーとはそれなりに仲良くやってきているつもりだ。そんな相手からこんな重大な隠し事をされていたと知ったら、いくらオスカーだって、当然いい気はしないだろう。
「ま、黙っていたいなら別にいいけどね。言う必要もないわけだし!」
『言う必要もない』
その言葉に背中を押されるまま、セシリアは「うん」と一つだけ頷くのだった。




