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4.ピッチャー、第一球を投げた。

今日のは長いです。

サブタイトルは『おおきく振りかぶって』のフリから来ているので、内容とはまったく関係ありません。


「皆さま、行きますわよ。せーの……」

「セシル様ー!」


 幾重にも重なった声に、セシリアは「はぁーい……」と右手を上げながら苦笑いをこぼした。


 神子へ謁見した翌日、一行は神殿の前にいた。

 窓からは頬を染めた修道女たちが顔を覗かせ、セシルに手を振っている。

 ジェイドは黄色い声をあげる修道女たちを見た後、手を振るセシリアに視線を戻した。


「本当に、セシルには積極的に行ってもいいんだね」

「あはは……」

「大丈夫? 何か変なことされなかった?」


 心配そうなギルバートの声に、セシリアは首を振る。


「大丈夫。迷惑なことは何もされてないよ。ただ、お供えはされてたけど……」

「お供え?」

「なんか、扉の前に大量の花とか、カゴに入ったフルーツとか、手作りの食べ物とか、こんもりと色々置いてあったんだよね。通りかかったエルザさんに聞いたら『多分お供えでしょう』って」

「本当に信仰の対象になってるんだな、お前……」


 ヒューイにまで同情したような顔でそう言われ、セシリアは「あはは……そうみたい」と視線を逸らした。

 好意を向けられること自体は単純に嬉しいことだ。しかし、こうも極端だとどう反応していいか迷ってしまう。


「そういえば、供物に食べ物もあったと言っていたが。まさかお前、それ食べてないよな?」


 昨日のエルザの忠告もあり、心配してくれたのだろう。オスカーが怪訝な顔でそう聞いてくる。セシリアは首を振った。


「食べてないよ。……最初はもったいないって思ったんだけど、こう、手作りらしいケーキから、髪の毛っぽいもの見えて、やめちゃったんだよね」

「髪の毛……」

「普段、抑圧していたものが解放されたって感じだな……」

「人間、何事も抑圧のしすぎは良くないってことだね」


 オスカーとヒューイはドン引き、ダンテはカラカラと笑う。

 食べ物に髪の毛が入っていたという衝撃的事実に、さすがのジェイドも心配そうな声を出した。 


「セシルって結構危なっかしいから、この国にいる間は誰かと行動を共にしたほうがいいかもしれないね。ほら、何かあった時に一人じゃ対処出来ないでしょ? 今日は回るところも多いし、別行動になるかもしれないからさ」

「そうだね……」


 セシリアは悩むような声を出す。瞬間、ギルバートと目が合った。セシリアはだいたいこういう時は彼と行動を共にしてきた。だから当然周りもギルバートを指名してくると思ったのだが――


「じゃぁ、何かあった時はジェイドと一緒に行動しようかな!」

「僕? うん! じゃぁ、何かあった時は一緒に行動しようか!」


  セシリアのその判断にギルバートが一瞬驚いたような顔をしていたが、彼女はあえてそれを見ないふりをした。


 その日は、聖マリーヌ大聖堂とロージェ礼拝堂。そのあとは、カリターデ教に寄付された美術品や絵画が並ぶギャラリーを見にいった。

 昨日ジェイドが言っていた通りに、信者だけでなく、観光に来たの人にも開かれている国のようで、国の中心にある広場にはそれなりに店が立ち並び、露天も数多かった。礼拝に来た信者目当てに、出稼ぎに来ている物も多いようで、ジェイドの商会が管理している組合に登録している商人も何人かこちらに店を出しているらしい。

 特にすごかったのがギャラリーで、娘を預けた貴族が寄付したのだろうか、さまざまな展示品があり、多くの客で賑わっていた。


 そして数時間後――


「はぁー、つっかれたー!」

 夜。セシリアはベッドで大の字になっていた。観光で歩き疲れた足はもう棒のようで、夕食でお腹が膨れているためか眠気もすごい。少しでも目を閉じれば、次に目を開けた時は朝になっているのではないかというほどの疲労感で、体は鉛のように重たかった。

 セシリアはベッドの誘惑を跳ね除けるように飛び起きる。

 そうして、首を振った。


「ダメダメ、今日は一番大切な日なんだから! このまま寝ちゃったら、なんのために神殿に来たのかわからなくなっちゃう!」


 神殿の地下にある『選定の剣』を回収する。

 そのために、アインとツヴァイの二人と仲良くなり、あの怒涛の降神祭も乗り越えたのだ。ここで眠ってしまったら、全てが水の泡である。


「でも、まだ決行までには時間があるしなぁ」


 リーンとの作戦会議で、決行は深夜ということになっていた。

 みんなが寝静まった後の方が、何かと動きやすいと思ったからだ。

 それに、ゲームでヒロインが『選定の剣』を入手するのも深夜だった。ここは合わせた方が運命が味方してくれるかもしれない。


「よっし! シャワーでも浴びようかな!」


 水でも被れば目も覚めるだろう。そう思い、部屋にあるシャワー室に向かったのだが……


「あれ?」


 水が出ない。いくら蛇口を捻っても水が出てこないのだ。ボイラー室が動いていないとかで、お湯が出ないということはままにあっても、水自体が出てこないというのはなかなかに珍しい。

 セシリアはエルザを呼びにいき、水道の不調を伝える。すると彼女は「では少し見てみますので、部屋の外でお待ちください」と微笑んだ。

 そして数分後――


「故障、みたいですね」

「故障!?」


 セシリアの部屋で、彼女は蛇口をクルクルと回す。


「明日修理いたしますので、今日は大浴場の方をご利用ください」

「……大浴場」

「あら? どうされましたか? もしかして、お嫌でしたか?」

「嫌っていうか……」


 無理である。

 いくらセシリアだろうとそれがどんな危険を孕んでるかわかっているつもりだ。

 

「それならすみませんが、どなたかのお部屋でシャワーを借りていただければと」

「えっと……」

「こちらの不備ですみません。それでは、よろしくお願いします」


 そう言って、あっけなくエルザは帰ってしまった。

 部屋に残されたセシリアは頭を抱える。

 正直、シャワーが使えないのは痛い。痛すぎる。観光で結構汗もかいたし、カツラの下もサラシの下も一度スッキリさせておきたい。しかも、これから自分には人生の大一番が待っているのだ。禊ではないが、一度リセットした状態で挑みたいのは確かだった。


「仕方がない。リーンに借りよう」


 こういう時の親友だ。女友達だ。

 彼女ならばシャワーを借りても何も問題がないだろう。

 そう思い、セシリアは着替えを抱えてリーンの部屋を訪ねた。

 扉の前に立ち、ノックを二回。


「リーン。いる?」


 部屋の前でそう声を上げた直後、扉が開いた。しかし、そこにいたのは――


「リーンに何か用か?」

「ヒュヒュヒューイ!?」


 恋人様のご登場である。

 セシリアは自分のタイミングの悪さを呪い、顔を青くさせた。

 ヒューイの後ろからリーンが顔を出す。


「あらあらセシル様、何用ですか?」

「いやー……」

「なんで着替えなんか持ってきてるんだ?」

「これは――」


 慌てて背中に着替えを隠す。

 今のセシリアの状態は、『恋人のいる女性の部屋に着替えを持って訪ねる男(しかも夜)』だ。まぁ、控えめに言って大大大問題である。ヒューイからすれば、今のセシルはかなりの危険人物のはずだ。


(ヒュ、ヒューイに殺される)


 元ハイマートの構成員。彼が本気になれば、セシリアなんてひとたまりもないだろう。

 眉を寄せるヒューイにセシリアは慌てて言葉を重ねた。


「ちょ、ごめん! 部屋を間違えちゃって!」

「いやお前、さっき『リーンいる?』って言ってただろ」

「き、聞き間違いじゃないかなぁ!」

「聞き間違い?」

「そうそう! リーンじゃなくて、リ、リ、リ……リャーンって言ったじゃないかな、俺!」

「リャーンってなんだよ」

「…………猫の鳴き声?」

「はぁ?」


 ヒューイの眉間に皺寄る。そりゃそうだろう。言っているこっちだって意味がわからない。セシリアの頬に冷や汗が伝う。


(ヒューイってこんなに怖いキャラだった!?)


 あからさまに睨んできているわけではないが、何か疑っている。訝しんでいる。背後にいるリーンも困ったような顔をしているし、もうこれは有耶無耶にしてここから逃げるしかないだろう。

 明日、同じように詰め寄られるかもしれないが、明日のことは明日の自分がなんとかしてくれるに違いない。がんばれ! 明日の自分!!

 未来の自分にそんなエールを送りながらセシリアが走り出そうとした、その時――


「なにしてんの、セシル」

「あ、ギル!」


 ちょうど廊下を通りかかった彼に声をかけられた。

 ギルバートは三人の状況とセシリアの背中に隠した服を見て、片眉をあげる。

 そして、セシリアの手首を掴んだ。


「まったくもう。探したんだからね」

「え!?」

「俺が呼んだのはこっちの部屋でしょ。ほんと、いつまで経っても方向音痴なんだから……」

「あ、おい!」

「ってことで、失礼します」


 ギルバートはリーンとヒューイに会釈をした後、セシリアの腕を掴んで歩き出す。ヒューイがまだ何か言っているような気がしたが、ギルバートの歩みが早すぎて振り返ることができなかった。


 それから数分後、リーンの部屋から見えないところにたどり着いたギルバートはセシリアの手首を離した。セシリアはすかさずギルバートに頭を下げる。


「ギル、助かった。ありがとう!」

「まったく。なにしてるの」

「いやぁ、私の部屋のシャワーが壊れちゃってね。リーンの部屋のシャワーを借りに行ったら、ヒューイが……」


 呆れたような彼の声にそう説明すれば、ギルバートは「あぁ」と一つ頷いて納得した。セシリアにあまり落ち度がないと思ったのかその声には怒りは含んでいない。

 セシリアはがっくりと肩を落とす。


「さすがに大浴場は使えないし、もう今日はシャワーは諦めるよ」


 おかげで目もバッチリと覚めてしまった。疲れをとるという目的は果たせなかったが、今日はこれで満足するしかないだろう。

 ギルバートは落ち込むセシリアを見下ろして、少し考えるように顎を撫でた。

 そして、さらりと爆弾を落とす。


「俺の部屋のシャワー借そうか?」

「へ?」


 一瞬だけ時が止まったような気がした。


お部屋に誘われたんですよ。


もしよろしかったら、面白かった時のみで構いませんので、評価をいただければ嬉しいです。

書籍版もコミカライズ版も第三巻まで出ていますので、どうぞよろしくお願いします。


書籍版第三巻では、ギルバートがセシリアのこと押し倒しちゃったり、オスカーがラッキースケベを巻き起こしちゃったりしてるので、たのしいと思います。よろしくお願いします。

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[良い点] 第三部の終わりも最高すぎて、セシリアがギルとオスカーからの告白に悩んでいることをすっかり忘れてましたが、ここへ来てまた関係が動き出しそうでニヤニヤしてます。 [気になる点] セシリアがギル…
[良い点] 第三部でセシリア的にはギルに姉としてではなく女性として見られてるって自覚持ったからシャワー借りるのはリーン一択だったのかな?? その場の状況ですぐに察知できるギルは流石セコム笑 [気になる…
[良い点] ギル、ナイス助け舟! [気になる点] 弟の部屋なのだから、最初っからギルの部屋のシャワーを借りるものかと。 [一言] ギルが頑張って節度を守れますように。(ヒドイ)
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