3.彼女は親友の顔でにっと歯を見せた。
神子への謁見は、わずか五分程度で終了した。
というのも、神子は御簾の向こうに隠れており、側にいたエルザが神子の書いた手紙を読み上げただけの謁見だったのだ。椅子に座っている神子のシルエットは見えたが、実際に顔を見ることはなく、当然、声を聞くこともなかった。
拍子抜けも拍子抜け。
こう言ってはなんだが、半日かけて来た甲斐もない謁見だった。
(せめて、顔ぐらいはちゃんと見たかったんだけどなぁ……)
そんなことを思いながら、セシリアは用意された部屋で荷解きをする。
部屋はもちろん、一人部屋だ。林間学校の時のように、誰かと相部屋、なんて恐ろしいことにはなっていない。
意外なことに、神殿は結構来訪者も多いようで、来た人間が泊まるための部屋もたくさん用意されていた。
(降神祭の時に神子が現れないのはゲームと同じだから特に疑問には思わなかったけど。もしかして、人前に姿を見せられない理由でもあるのかな……)
今年はリーンが代役を務めたが、昨年の降神祭では神子が街を回ったはずだし、そんなことはないと思うのだが、どうにも不自然な感じが残る謁見だった。
そんな胸の蟠りを抱えたままセシリアは荷の整理を進める。すると、不意に部屋の扉が叩かれた。ギルでも訪ねてきたのかと思い「はーい」と返事をすれば、聴き慣れた声が耳に届く。
『セシル様、少しよろしいでしょうか?』
「え! リーン!?」
ひっくり返った声を上げながら慌てて扉を開ければ、そこには案の定、ほっこりと微笑む親友がいる。
リーンはセシリアが許可する前に部屋に入り、後ろ手で扉を閉めた。
そして、すかさず鍵も閉める。
「リーン、どうしたの? 何かあった?」
「『何かあった?』って、作戦会議に来てあげたのよ」
「作戦会議?」
猫被りを止めていつもの調子に戻った彼女は、居丈高に胸を張る。
「そ。アンタ一人じゃ何かと大変でしょう? だから、手伝ってあげようと思って」
「えっと……なんのことかわかんないんだけど」
要領を得ないリーンの言葉にセシリアがキョトンとした顔で首をひねると、彼女はあからさまに眉を寄せた。
「もしかしてそれ、本気で言ってる? 今回の目的、忘れたとは言わさないわよ!」
「え? あ。『作戦会議』ってそういうこと!?」
「そ。そういうこと」
リーンは唇を引き上げる。
「この神殿滞在期間中に、『選定の剣』を回収するんでしょう?」
その言葉にセシリアはしっかりとうなづいた。
『選定の剣』というのは、グレースの言っていた『「障り」を断つのに必要となるアイテム』だ。トゥルールートに入った時にのみ手に入れることができるもので、アインとツヴァイの二人と仲良くなろうとしたのも、これを手に入れるためだった。
「確認しておくんだけど。その『選定の剣』を神子か神子候補が、神殿の最奥にある祭壇に刺せば、『障り』の大元が祓われるのよね?」
「うん。そのはずだよ」
グレースの話によると、『選定の剣』は神殿の地下に隠されているらしい。神殿関係者でさえもその場所は知らず、存在はまことしやかに囁かれているのだが、現物を見たものはだれもいないのだという。
ゲームではいろんな偶然が重なり、たまたま隠し部屋に迷い込んでしまったヒロインが、『選定の剣』を手に入れてしまう。そして、『障り』の研究をしているモードレッドにより、その短剣が『選定の剣』だと明らかになるのだ。
「隠されている地下室の場所は?」
「ちゃんと、グレースに聞いてきたよ」
セシリアは一枚の紙を取り出す。そこにはグレースから聞いた隠し部屋の行き方が書いてあった。ゲームをプレイしていての情報なので曖昧なところもあるが、いくだけならばこれでなんとか辿り着けるだろう。
リーンはそれを手に取りながら、考えを巡らせるように下唇を指でなぞった。
そんな彼女に、セシリアは伺うような声を出す。
「もしかして、回収するの手伝ってくれるの!?」
「えぇ。不本意ながら、前回は助けてもらったしね。私は借りを作らない主義だし、借りができたら早めに返す主義なの。……知ってるでしょ?」
彼女が言う『借り』というのは、降神祭で命を助けた件だろう。
セシリアとしては、自分が迂闊だったせいでリーンをあんな目に合わせてしまった、という負い目があるのだが、彼女はどうやら恩を感じてくれているらしい。
「それに、今回は掛け値なしに危ない橋だもの。セシリア一人に任せるわけにはいかないわ。どうせ止めたって聞かないんだろうし、それなら手伝う一択よ!」
「でも……」
「何? 私じゃ役不足?」
リーンの言葉にセシリアは首を振る。
「そんなことないよ。だけど、リーンも言ってた通りに、今回は結構危険だよ? エルザさん達に見つかる可能性だってあるし、見つかった場合どうなるかわからないし……」
『回収』だと表現したが、要は盗み出すことと同義なのだ。
いくらそれが存在が確定していない未知のアイテムだとしても、勝手に持ち出すことはあまり褒められた行為ではない。
「そんなのわかってるわよ。でも、見張りとか人の引き付け役とかのことを考えたら、人数は多い方が安全でしょ?」
「それは、そうなんだけど……」
それでも渋るような声を出すセシリアに、リーンはしばらく考えた後、自身の左手を掲げて見せた。
「ま、断るならそれでもいいわよ。ただ、それならこれは貸せないけどね」
「それって!」
「こういう時こそジェイドの宝具よね!」
そういう彼女の左手首には、キラキラと輝く、緑色の石がついた宝具があった。
ジェイドの宝具は、隠密行動特化型。姿や気配を消すことができるマントだ。今回の作戦にこれほどまでにうってつけの宝具はない。
しかし――
「なんて言って貸してもらったの? もしかして、今回のこと言って――」
「言ってる訳ないでしょ」
「え? じゃぁ……」
「『理由は言えないんだけど、その宝具貸してくれない?』って言ったら、『いいよ。貸してあげる』って、二つ返事でOKしてくれたわよ」
そのあっけなさに思わず「えぇ……」と狼狽えたような声が出た。
大変助かる。大変に助かるのだが、そんな軽いノリで貸していいものじゃないだろうと、ジェイドを叱りつけたくもなる。
ジェイドの宝具を見せた途端四の五の言わなくなったセシリアに、リーンは勝ち誇ったような笑みを向けた。
「ってことで、決行は明日の晩ね! 作戦はこれから詰めましょう。今日は遅くまで付き合うわよ」
「リーン、ありがとう」
「どういたしまして」
そういって彼女は親友の顔でにっと歯を見せた。
リーン主人公の話が書きたいなー。