2.おおきく振りかぶって
通された応接間は、神殿の中にあるにしては華美だった。
白い壁に金色の装飾、窓は大きく蒲鉾型に切り抜かれており、左右の壁には神話の一場面が描かれている。何も言われなければ、貴族の住む邸宅の応接間だと言われても、誰も何も疑わないだろう。
「カリターデ教の総本山って聞いてたから堅い雰囲気を想像してたけど。エルザさんも気さくだし、なんだかイメージと違ったなぁ」
のんびりとした声でそういうのは、ジェイドだ。彼はいち早くソファーに腰を下ろし、興味津々に周りを見渡している。
セシリアもそんな彼に倣うように隣に腰掛けた。
「そうだね。神殿も思ったより、こう、豪華だったし!」
「だよね! 信者達に清貧を求めるぐらいだから、建物もシンプルな感じだと思ってた!」
外から見た神殿は実に荘厳だった。
大きさもさることながら、美術品のような外観は、見るものを惹きつける。
正面は丸くて太い柱が左右対称に何本も立ち並び、玉ねぎ型の丸い屋根が訪れるものを見下ろす。入り口前に置いてある女神の彫刻も、つくりは大変丁寧で緻密だった。
馬車から降りたセシリアたちも、最初はその荘厳さに開いた口が塞がらなかった。
全ての施設を合わせれば、王宮と肩を並べることが出来るのではないかというぐらいのものものしさだ。
「あんまりみすぼらしいと信仰の対象になり得ないからね。ここは信者達の寄付金で成り立っている場所だから、それなりに見てくれは良くしとかないといけないんだよ」
セシリアたちの会話を聞いていたのか、ギルバートはそう説明してくれる。
貴族や大きな商人の家といった、比較的恵まれたところに生まれた女性は、たまに作法修養のために修道院に入ることがある。その時の持参金は結構なもので、位の高い貴族の令嬢を預かる場合、大きな屋敷がポンと建つぐらいのお金が動くのだという。
「礼拝だけじゃなく観光に訪れる人もいるみたいだし、その辺は教会も商売上手だよね」
明るい声を出しながら、ジェイドは頬を引き上げた。
その楽しそうな笑みに、セシリアは首をかしげる。
「ここまで来るときも思ったけど。ジェイド、なんだか今日は嬉しそうだね」
「え? うん、嬉しいよ! だって、神子様が直々に褒めてくれるんでしょ? そりゃ、嬉しいに決まってるよ。それに、こうやってまたみんなで旅行できるのって、やっぱり楽しいからさ!」
はしゃいだような声を出しながら、ジェイドはセシリアを覗き込んだ。
「あと、今回はセシルも一緒だしね!」
「俺?」
「うん! 前にシルビィ家に遊びに行ったときはさ、セシルいなかったじゃない? なんか寂しかったんだよねー」
「ジェイド……」
思わず感動したような声が出てしまう。
彼が言う『前にシルビィ家に行ったとき』というのは、夏休み起こった『シルビィ家、突撃訪問』のことだろう。期せずして、お泊まり会になってしまったアレである。
実際のところ、セシリアは本来の姿でその場にいたのだが、未だにセシルの正体がセシリアだと気がついていないジェイドは、セシルの不在をさみしがってくれていたようだった。
「あのときはさ。うちの商会の人間にアドミナ家探してもらって、セシルことも呼び出そうかと思ったんだけどさ。ギルに止められちゃって……」
「……そんなことが……?」
「うん。セシルはセシルで忙しいだろうからって。……オスカーも賛同してくれてたんだけどねー」
その言葉にセシリアは青い顔で「そう……」とうなずいた。どうやら知らないところでまたピンチに陥っていたらしい。
事を未然に防いでくれたギルバートに、セシリアは心の中で感謝した。
そんなセシリアの心の内を知らないジェイドは、隣に座る彼女の手をぎゅっと握りしめた。
「だからさ、今回は思いっきり楽しもうね! 明日は観光とかもできるみたいだし!」
ジェイドのその声にセシリアは「そうだね」と頷いた。
神殿の滞在予定は二泊三日である。
首都のアーガラムからここまで、馬車だと半日かかる。今朝は夜が明ける前に学院を発ったので今はまだ夕方だが、これを連日で行うとなると、馬も乗っている者も、身体がもたない。
なので、間に一日休みの日をとっているのだ。
つまり明日は一日、自由時間である。
「まずは、聖マリーヌ大聖堂は行っておきたいよね! ロージェ礼拝堂も近くにあるから見てみたいし、画廊もあるみたい!」
「結構いろんな場所があるんだね」
「見どころいっぱいだよね!」
ちなみに、聖マリーヌ大聖堂だが、ゲームではリーンが神子として就任する場所でもある。
修学旅行のようなノリを見せるジェイドに、セシリアも天井を見ながら、ほぉっと息を吐いた.
「でもそっかー、そう考えると楽しみだなぁ」
「あと、ここ大浴場らしいから、セシルも一緒にお風呂入ろうよ!」
「な――っ!」
ジェイドの台詞の直後、反応したのはオスカーだった。彼の反応をどうとったのか、ジェイドはくるりとオスカーの方に体を向ける。
「あ、オスカーも一緒に入る? 大きなお風呂にたっぷりのお湯って、なかなかに贅沢だよねー! 林間学校の時みたい! あー、でもオスカーにとってはあんまり珍しくないのかな? でもでも、背中の流しあいっこしようよ! ボク、兄弟いないからそういうのに憧れがあったんだよねー!」
「あのね、ジェイド……」
勝手に話を進める彼に、流石のセシリアも声を上げる。
しかし、その声はジェイドの意は届いていないようだった。
「じゃぁ、俺がオスカーの背中流すから、セシルは俺の背中流して、オスカーはセシルの――」
「そ、そんなのだめに決まってるだろうが!」
オスカーが何故か赤ら顔でそう叫んだ瞬間、「神子様の準備が整いました」とエルザが部屋に入ってきた。
【おまけの小話】
セシリア:「そういえば、ダンテって、どこで私が女性だって気がついたの?」
ダンテ :「どこっていうか、全体的に? 強いて言うなら、腰?」
セシリア:「腰?」
ダンテ :「俺からしたら、セシルのこと男だと思てるやつ、みんな頭おかしいなーって感じだよ」
セシリア:「大丈夫? それ、親友のこと貶してない?」
ダンテ :「大丈夫。そういうところも含めて、オスカー面白いなーって思ってるから!」
他に質問があれば、感想欄にどうぞ。
答えられる質問は、対話形式で答えていきたいと思います。(多分)




