1.「よかったわね、次は神よ」
4部連載開始しました!
いつもだったら、プロローグがあるんですが、いい感じのが思いつかなかったのですっ飛ばします。
何か思いついたら、差し込みますねー!
コミカライズも小説もどちらも三巻まで出ております。
皆様、どうぞ応援よろしくお願いいたします!
ヴルーヘル学院には、『王子様』がいた。
溶かした飴のような艶やかなハニーブロンドに、吸い込まれるような青い瞳。
形の良い唇は常に弧を描き、鼻梁は高く、手足は長い。
指先まで気を張っているかのような所作や、魅惑的で中性的な容姿は、男性でありながら『一顧傾城』と表現されるほどで。
物語の中から飛び出してきたヒーローのような甘言が、彼のその人気をさらに確固たるものにしていた。
『王子様』の名は、セシル・アドミナ。
男装の麗人であり、ヴルーヘル学院の王子様でもある彼は、今――
「みなさん、今日もお疲れ様です」
「きゃぁああぁぁぁぁぁぁ! セシル様!!」
神子の住まう白亜の神殿でも、立派に王子様をしていた。
..◆◇◆
「まったく。こんなところに来てまで何をやってるんだ、お前は……」
「あはは……、俺はただ挨拶しただけなんだけどね」
隣を歩く呆れたようなオスカーの声に、セシリアは苦笑いを浮かべたまま頬を掻いた。
それは『降神祭』が終わって、しばらく経った十一月の半ば。
セシリア含めたいつものメンバーは神子に呼び出され、カリターデ教の総本山であるトルシュに来ていた。
そこは、プロスペレ王国内にある神子をトップに据えた都市国家で、名実ともにカリターデ教会の国である。国民として認められている人間は全て修道士か聖職者という徹底ぶりだが、土地自体は小さく、敬虔な信者たちの巡礼や礼拝を毎日受け入れている関係上、国境らしい国境もないため、実質はプロスペレ王国内にある一つの都市として扱われていた。
そんな土地の神子が住まう神殿に、なぜ彼らが呼び出されたかというと――
「『降神祭』の時のお礼を言いたいって、神子様も結構律儀だよね!」
前を歩くジェイドが楽しそうに声を弾ませる。
そう。彼らが呼ばれた理由は、例の降神祭のゴタゴタを沈めたからであった。なので、騎士だと認識されていないギルバートと、本来なら神子に関係ないはずのヒューイ、それとモードレッドとともに治療に走り回ったグレースにも、今回はお呼びがかかっていた。
しかしながら、未だに罪の意識を感じているツヴァイとアインは辞退。病み上がりの妹を数日も一人にできないと、モードレッドも欠席。それに伴ってグレースも欠席を申し出たため。その場にはセシリアとリーン、ギルバートとオスカー、ジェイドとダンテとヒューイの七人しかいなかった。
「それにしても、彼女たちは修道女のはずですよね? あんなふうに、異性に声を上げていいものなんですか?」
未だ背中にかかる黄色い声を聞きながら、ギルバートは渋い声を出す。
その問いに答えたのは、先頭を歩く女性の聖職者だった。
彼女の名前はエルザ・ホーキンス。神子の住まう神殿と、神殿にいる修道女を束ねている司祭である。
修道女を束ねていると言っても、その年齢はセシリアたちと変わらない。赤毛のおさげと、頬に残るそばかす。それと、大きなメガネが特徴の女性だった。
そんなエルザは今回、セシリアたちの案内役を務めていた。
「確かに、彼女たちは修道女になるときに修道誓願をします。しかし、彼女たちが聖職者ではない以上、そこまでの無理強いは出来ません。明らかな誓願違反があればまた別ですが、男性に声を上げてしまうぐらいは許容しています」
「修道誓願って?」
「修道士や修道女になるときに立てる誓いのことだよ。貞淑、清貧、従順の三つを誓うんだ」
ヒューイ質問にジェイドはそう答える。
そんな彼らに笑みをこぼしながら、エルザはさらにこう続けた。
「それに、セシル様の事は私どもの方でも例外的な扱いになっておりまして」
「どういうこと?」
「有り体に言ってしまうとですね。セシル様にならば、こう、熱をあげてもいいと言いますか……」
要領を得ない彼女の言葉に、セシルはいぶかしげな顔で首をかしげる。
するとエルザは足を止め、彼らに振り返った。そうして、なぜか少し染まっている頬を両手で挟む。
「実は降神祭の一件以来、私ども教会の方で、セシル様がイアン様の生まれ変わりではないかと、ささやかれておりまして……」
「え? イアンって……。あの、女神を救って、この国の礎を築いたとされるイアン・ブリュエル⁉︎」
女神の影に隠れがちだが、神話のもう一人の主人公である。
悪魔に巣食われた国の王子にして、女神と共に死地をくぐりぬけた英雄。
そして最後は女神と結ばれ、この国の名を『栄える』という意味の『プロスペレ』と改めた国の始祖。
「つまり、オスカーのご先祖さまだね!」
「まぁ、神話ではそうだな」
ジェイドの言葉に事もなげにうなずくオスカーの隣で、セシリアは驚愕に目を見開いたまま自身を指さした。
「そんな人の生まれ変わりが……俺!?」
「はい!」
エルザは先ほどまでの冷静な顔を一変させ、まるで恋する乙女のような表情で両手を組む。
「リーン様を助け出されたその雄姿は、まるで神話の再現であるかのような神々しさがあったとお聞きしております! 炎の中に突然現われたセシル様は、リーン様をその腕に抱き、颯爽と救い出した。軽やかに地面に降り立ったその背には、人のものではない鳥のような翼があったと――」
(だいぶ、話盛っちゃってるなぁ……)
熱く語るエルザを見据えながら、セシリアはそう苦笑いをこぼした。
彼女の話によると、リーンを救ったセシルはその後、襲いかかってくる敵をバッタバッタとなぎ倒し、最終的には山のように巨大な大男と一騎討ちをして見事勝利を収めたという。
しかも相手は、空に穴を開け、山を裂き、海を割るほどの力の持ち主だったというから驚きだ。
(神話ってこうやって出来てくんだろうなぁ)
尾鰭背鰭に胸鰭、腹鰭、臀鰭。
鰭のオンパレードだ。というか、もうそこまでいくと鰭しか見えない。
話の盛り方でいうなら、大盛りを超えている。
一通り語ったのち、エルザははっと我に返り「失礼しました」と咳払いをした。自分でも語りすぎたと思ったのだろう。
エルザは未だ赤い頬のままこう続けた。
「えっとですね。つまり、何が言いたいかと申しますと。セシル様はそのような噂により神格化されつつありまして、イアン様を崇拝することは私どもの教義に反する行為とは言えず、むしろ推奨されている行為であります。ですから、セシル様=イアン様ならば、私どもがいくら熱を上げていても問題がないと言いますか……」
「よかったわね、次は神よ」
「何も良くないよ⁉︎」
耳元でつぶやくリーンの声にそう反応してしまう。
そうだ何も良くない。なんのために男装してると思っているのだ。
目立たず、構われず、ゲームの内容からは程遠いモブになる予定だったのだ――最初は。
(いや、もう今更目立たず過ごせるとは思ってないけど! 構われなくなるとか思ってないけど!)
だとしても神はない。神格化って何だ。
「ですから、セシル様には今後十分に気をつけていただければと!」
「気をつけるって……」
「セシル様がイアン様の生まれ変わりだと信じて、猛烈なアタックをしてくる修道女がいないとも限りませんから」
「猛烈な、アタック……」
「しかも、セシル様と修道女がどうにかなってしまった場合、こちらが罰することができるかどうか、それも定かではありません。セシル様の件は、まだ確定事項ではありませんが、セシル様と関係をもってしまった修道女を『貞淑を捨てた』ととるか『神に身を捧げた』ととるかは、枢機卿達の間でも必ず意見が分かれるところだと思いますので……!」
「……」
不穏な雰囲気が漂いだした会話にセシリアは頬を引き攣らせた。
もしかして自分は、とんでもないところに来てしまったのではないのだろうか。
神殿が伏魔殿だったなんて、笑い話にもならない事態だ。
「くれぐれも、私以外がお出しするお茶や食べ物を勝手に口にしませんように、お願いします。入ってるのが睡眠薬ならまだ可愛い方ですからね!」
「可愛くない方だとどうなるんですか?」
「それは……聞かれない方がいいと思います」
今までのどのエルザよりも可愛らしい顔で彼女は笑う。
寒気が一気に全身を駆け上り、セシリアはブルリと身を震わせた。
「とにかく、目の前にいるのは飢えた獣。甲高い声は獲物を見つけたときの遠吠えだとお考えくださいね。――ってことで、つきました」
エルザは一つの扉の前で身を翻す。
彼女は扉を開けながら、その場にいる七人にほっこりと微笑んだ。
「それでは、こちらでお待ちください。神子様の準備が整いましたら、またお呼び致しますので」
【おまけの小話】
セシリア十五歳のある日――
セシリア:「ハンス兄! みてみて!」
ハンス :「どうかしましたか、お嬢さ――」
セシリア:「もうちょっとで腹筋割れそう! すごいでしょ! 頑張っ――」
ハンス :「ちょ、お嬢様、何やってらっしゃるんですか!? 隠して! 今すぐお腹隠して‼︎」
◆◇◆
青い顔で頭を抱える残念イケメン・ハンス:「ギルバート様、監督不行き届きです……」
ギルバート:「は? 俺、何かした?」
その後、ギルバート(怒)に淑女とは何かを叩き込まれ、半泣きになるセシリア。




