エピローグ1
「えっと。つまり……『二人で話してたらものすごく意気投合しちゃって、舞台ほっぽり出して夜が明けるまで遊んでたんだけど、リーンのピンチに気がついてツヴァイの『転送』の力でここまでやってきた』ってこと?」
「そうです!」
暴動者の『障り』を祓い終えた、その日の夕方。セシリアは学院にあるサロンで、床に正座したままそう頷いた。目の前で仁王立ちになっているのは、呆れ顔のギルバート。隣には同じように正座をしたツヴァイもいる。ギルバートの後ろにはオスカーとダンテ、それと項垂れるアインもいた。
ちなみに、正座はさせられているわけではなく、自主的にしているものである。
「……自分で言ってて無理があるって思わない?」
「お、思わない!」
背筋を伸ばしながら、セシリアは大きな声でそう主張する。
ギルバートは困ったような顔で、眉間の皺を掻いた。そして、赤い痕が残る彼女の首元にチラリと目をやり、大きなため息をつく。
「あのさ……」
「ぜ、全部僕が悪いんです! 本当にごめんなさい!」
ギルバートの声を遮るようにそう言ったのはツヴァイだった。彼は深々と頭を下げる。
「僕、セシルにアインを取られちゃうって、なんか勘違いしてて! それで、セシルを――」
「違うでしょ! アレは『障り』が!」
「憑いてないときでも、僕はセシルに嫌がらせしてた!」
叫ぶようにそう言って、ツヴァイはぎゅっと下唇を噛みしめる。
そして、今にも泣きそうな顔で、先ほど以上に頭を下げた。
「本当にごめんなさい。反省してます。憲兵にでもなんでも突き出してください! ちゃんと罪は――」
「俺からも謝ります。すみませんでした」
ツヴァイの隣に座ってそう頭を下げたのは、アインだった。ツヴァイの後頭部を持ち、彼は自分の額を地面すれすれまで持って行く。
「ツヴァイを突き出すなら、俺も一緒でお願いします。ツヴァイのしたことは俺の責任でもあるので」
凜としたその声に、ツヴァイは「アイン……」とますます声を緩ませた。そんな弟にアインは困ったように微笑みかける。
「お前の罪は、俺の罪だろ。俺たちは二人で一つなんだから」
「ごめん。ほんとうに、ごめんね……」
大きな瞳からぽろぽろと涙を零しながら、ツヴァイはしゃくり上げる。頬を転がる水滴を彼が袖で拭えば、アインが「赤くなるぞ」と優しく声をかけた。
そんな光景に、セシリアも瞳を潤ませる。
しかし――
「まったく。拉致監禁したうえに殺人未遂って、謝って済む話じゃないんですよ」
「まぁ、そうだな」
そんな二人を眼前にしても、ギルバートとオスカーは頑なだった。想い人が殺されかけたのだから、まぁ、当然と言えば当然である。
オスカーはギルバートの隣に並び立つ。
「アインはともかく、ツヴァイは法に則って裁かれてもらうぞ」
「書類の方は明日までに用意しますから、今日はおとなしく――」
「やだ!」
叫んだのはセシリアだった。あまりの唐突さにオスカーもギルバートもピタリと固まる。
セシリアは立ち上がり、涙をいっぱい溜めた目でこう叫んだ。
「心配させたのは、本当にごめんなさいだし! 一生懸命探してくれたのは、ありがとうだけど! 俺、なにもされてないって言ってるじゃん!」
「いや、しかし。お前、その傷で……」
「ツヴァイとは遊んでただけ! この傷も自分でぶつけたの!」
「さすがにそれは……」
無理がある。
そんなのセシリアだってわかっていた。首の痕はどう見たって絞められたものだし、手首の水ぶくれだって、明らかに縄の痕だ。しかし、ここで黙っていることは、セシリアには出来なかった。
「もしツヴァイに何かしたら、俺、俺、……二人のこと大っ嫌いになっちゃうからね!!」
セシリアがそう言い放った瞬間、二人の空気がぴしりと固まる。
オスカーは震える声を出した。
「だいっきらい……?」
「ちょ、ちょっと。セシル、落ち着いて!」
「落ち着いてる! おかしいのは二人だもん! 俺、なにもされてないからね!」
めったに見れないセシリアの怒りに、二人は狼狽えた顔でお互いを見た。
そして、数秒の沈黙。
最初に声を上げたのは、それまで沈黙を貫いていたダンテだった。
「ふ、ふふ、はははっ! もう、セシル、最高!!」
腹を抱えながら、ダンテはオスカーとギルバートをかき分ける。そして、まるでセシリアに味方すると宣言するように彼女の方に腕を回した。
「もう二人とも諦めなよ。セシル、多分譲る気ないよ?」
「いや、しかし!」
「さすがに、これは……」
言いつのろうとする二人を無視して、ダンテはセシリアを覗き込む。
「セシル、『二人で舞台ほっぽり出して、朝まで遊んでた』でいいんだよね」
「うん」
「首のあとは?」
「自分でぶつけた!」
「この手首のはどうするの?」
「引っかけた!」
「……だってさ、二人とも」
満面の笑みでダンテがそう言い、オスカーとギルバートは再び顔を見合わせて、同時にため息をついた。降参、ということだろう。
ギルバートは、セシリアからダンテを引き剥がすと、彼女の肩に手を置いた。
「自分がしようとしてること、ちゃんとわかってる?」
「わかってる! 問題ない!」
「自分を殺そうとした相手を、許すんだぞ?」
「だから、一緒に遊んでただけだって!」
梃子でも動かない彼女に、二人は「仕方ないな」「ですね」と頷いた。その瞬間、セシリアの顔はぱあぁぁ、っと明るくなる。
「二人ともありがとう! よかったね、ツヴァイ!」
「え、うん。でも、ほんとうに良いのかな……」
「いいの! だって、俺たち、本当に遊んでただけでしょ?」
セシリアがそう言いながら、ツヴァイの手をぎゅっと握ると、彼は「ありがとう、セシル。本当にごめんね」と表情を崩した。
「あ、でも! ドレスの件はちゃんとリーンに謝らないとだめだよ? あれ、リーンが頑張って作ったものだからね!」
「それは、もちろん! 出来るかどうかわからないけど、あれなら僕が作り直すし!」
「その必要はありませんわ」
突然サロンに響いた声に、一同は入り口の方を見る。そこにはヒューイに支えられたリーンの姿があった。その足には包帯が巻いてある。
セシリアはリーンに駆け寄った。
「リーン! 火傷大丈夫!?」
「大丈夫ですわ。セシル様のおかげでかすり傷です。傷が残ることもないと先生が……」
「けが人が多いからと、後回しにされるぐらいには軽傷だそうだ」
ヒューイの険のある言葉に、彼とモードレッドとのやり合いが如実に表れていた。きっと、セシリア達が見ていないところで、一悶着あったのだろう。リーンもそんな恋人の言葉に苦笑いを浮かべていた。
「えっと、その必要がないって、どういうことですか?」
ツヴァイが右手を挙げながら先ほどのことをそう質問すると、リーンは自身の胸に手を置いた。
「この私が、予備を作ってないとでもお思いですか? ドレスや一点ものの衣装は、もしもの事を考えて二着ずつ作っております! なので、衣装の作り直しは不要ですわ!」
「リーン、さすが」
そうセシリアが褒めると、リーンは得意げに頬を引き上げる。
「ですから、謝罪はお受けしますが、衣装は作っていただかなくても結構です。その代わり……」
「その代わり?」
リーンはツヴァイにぐっと顔を近づけた。
「明日からの舞台、馬車馬のごとく働いてくださいな。セシル様が罪に問わないと言うことでしたら、今回のことはそれで水に流して差し上げます」
「わ、わかった! 頑張る!」
「アイン様もですよ?」
「わかった」
二人が頷いたのを見て、リーンは満足そうに微笑んだ。そして、入り口から身体をずらす。すると、まるで待っていたかのように扉が開いて、サロン専用の給仕が顔を覗かせた。
「ということで、皆様お疲れじゃないですか?」
「え?」
「私、先ほど厨房で食事を頼んできましたの。良かったらご一緒しましょう! もう私、昨晩からなにも食べていないので、お腹がペコペコで……」
「そういうことなら、鹿のお肉もあるよ!」
そう言いながらひょっこりと顔を覗かせたのはジェイドだった。どこへ行ったのかと思ったら、祭りを覗きに行ってたらしい。彼が押す食事を運ぶためのワゴンには、鹿肉のソテーが人数分乗っていた。
「へへ、網を貸してくれた店の人が、安く売ってくれたんだ! 鹿革のために鹿は定期的に捕ってるけど、お肉の方は余らせてるみたいで! だから、今度からうちが買い付けようかなぁって話にもなったんだ! しかも、余所で仕入れるよりも三割も安い値段で!」
「本当に商売上手だな、お前は……」
「それぐらいしか取り柄がないからね」
オスカーの言葉にジェイドは笑いながら、鹿肉の乗った皿を配っていく。
皆もぞろぞろと席に着いた。そこにリーンが頼んだ料理も到着する。
「わぁ! 机にいっぱいだ! ボク、お腹すいてたんだよね!」
「俺もペコペコ。眠る前に、まず何か腹に入れたい」
ジェイドにアイン。
「僕のせいで、皆ごめんね?」
「セシルと一緒に遊んでたんだろ? それはもういいよ」
ツヴァイにダンテ。
「あら、そういう話になってたのですね」
「納得のいく決着になったんなら、俺はどうでもいい」
リーンにヒューイ。
「こういう形式の食事は初めてだな。大皿から好きに取るのか?」
「そうそう! たまにはこういうフランクなのも良いよね! あ、オスカー毒味いる? 俺がしようか?」
「セシルはそういうことしなくて良いから! それより疲れたでしょ? 何か飲む?」
オスカーにセシリアにギルバート。そして……
「まったく、リーンさんの治療をしようと思ってやってきてみれば、何の騒ぎですかこれは……」
「皆さん、元気そうで良かったです」
モードレッドとグレース。
開け放たれた扉の前で呆ける二人に、ジェイドは人なつっこい笑みを浮かべた。
「あれなら、先生も一緒に食べようよ!」
「はい?」
「そうだよ! グレースも!」
「私もですか?」
セシリアの声に、グレースは自身を指す。
ジェイドとセシリアは立ち上がり、モードレッドとグレースの手を引いた。そして、空いてる席に二人を無理矢理座らせる。
「これで揃ったって感じがするね!」
「揃った、揃った!」
ジェイドとセシリアは満足そうな顔で席に戻る。
「まったく、君たちは行儀が悪いですよ。それでもうちの生徒ですか?」
「ま、いいじゃん。今日は学院お休みだし!」
「そうだよ、先生。堅いこと言うなよ!」
ダンテとアインの軽い調子に、モードレッドはしばらく険しい顔をしていたが、やがて諦めたように肩を落とした。
「……そうですね。今日ぐらいは良いとしましょうか」
「そう来なくっちゃ!」
ジェイドが声を上げると同時に、リーンが立ち上がる。
そして、席に座る全員を見渡し、鈴の鳴るような声を響かせた。
「それでは、皆様。今日はお疲れ様でした」
その声に「お疲れ様でした!」と何人かが応え、お疲れ食事会が始まった。
エピローグなのに終わらない(長くなった)
皆楽しんでくだされば嬉しいです!
次は本当に最後です!




