40.思いっきり、頭突きを食らわせた。
長かったので分けました!(なので本日は二話更新です)
ぎゅっと首を絞められたかと思えば、気を失う瞬間に緩められる。目を開ければ、エメラルドの瞳が怒りと後悔と懺悔に揺れていて、声をかけようとした瞬間、また首を絞められる。
何時間も、それの繰り返しだった。
首を絞めている側も絞められている側ももう体力の限界で、もうろうとした意識の中、セシリアはただじっとツヴァイの痣だけを眺めていた。
(『障り』って、こんな風に憑く人もいるんだな)
それが正直な感想だった。
腹の上にまたがっているツヴァイには、何の恨みも憎しみもない。だって彼は、本心ではきっと、セシルを殺したいだなんて思っていないからだ。だから『障り』に侵されてもなお、彼はこんなに躊躇する。
(触れれたら、消せるのに)
しかし、両手を縛られた状態では、それは叶わない。ロープを切ろうにも、道具も方法もない。ただ気まぐれに絞められた首に反応することしか、その時のセシリアには出来なかった。
「ねぇ、一つ質問して良い?」
手の力が緩むと同時に、セシリアは掠れた声を出した。手の力が緩んだすぐ後なら、話ぐらいは聞いてもらえるかと思ったからだ。思った通り、ツヴァイは少し驚いた表情を浮かべた後「なに?」と応えてくれる。
「俺を呼び出すとき、どうしてアインを名乗ったの?」
「だって僕のままじゃ、セシルはついてきてくれないと思ったから……」
「どういうこと?」
「だってセシル、僕のこと嫌いなんでしょ」
「何の話?」
意味がわからなかった。自身の行動を振り返ってみても、それらしい会話も、勘違いさせてしまうような言動も思い出せない。
「アインと僕の悪口、言ってたって……」
「そんなこと言ってないけど」
「嘘つかないでよ!」
首に回った手がまたぐっと力を増した。しかし今度は、息が出来ないほどではない。彼もまだ回復しきっていないらしい。
「聞いたって人がいたんだ! 二人が僕の悪口言ってるの、聞いたって人が――!」
三日前、ツヴァイは一人の知らない男性に声をかけられたそうだ。フードを目深にかぶった茶髪の男性。彼は深い紫色の瞳を細めながら『先ほどぶりですね』と笑いかけてきたらしい。
話を聞いてみると、彼は先ほどアインとセシルの二人と知り合いになったそうで、ツヴァイのことをアインだと思い込み、話しかけてきたというのだ。
『アインとは双子なんです。僕が弟で』
『あぁ。あなたが……』
含みが入ったその相づちが気になったらしい。それはまるで、ツヴァイのことを最初から知っていたかのような口ぶりだったからだ。セシルとアインが自分のことを話したのだろうかと、ツヴァイは気軽な気持ちで『僕のこと知ってるんですか』と聞いた。すると、彼は少し困った顔をした後、こう言ったそうだ。
『知ってるというか。先ほどお二人が会話しているのを立ち聞きしてしまっただけなんですよ。ちょっと物騒なお話だったので、耳に残ってしまっていただけで』
『物騒? 僕のことで、ですか?』
『まぁ、聞き間違いってことかもしれませんね。君は、その、いい人そうですから』
歯切れの悪いその言葉に、ツヴァイは食いついた。『二人は僕のことをなんて?』と聞くと、彼は『あの、傷つかないで欲しいのですが……』と前置きをした後、こう言ったそうだ。
『二人はあなたのことを――』
「『母親を見殺しにしたやつ、と』」
訥々としたツヴァイの言葉に、セシルは叫ぶ。
「俺はそんなこと言ってない!」
「じゃぁなんで! あの人が母さんのこと知ってるんだよ! 僕の他に知ってるのは、セシルかアインしかいないじゃないか……」
涙で濡れた声を聞きながら、セシリアは、そういえば……と三日前のアインの言葉を思い出す。ツヴァイが会ったであろう男と別れたすぐ後のことだ。
『いや。アイツ、実は見たことがあるんだよ』
『そうなの?』
『あぁ、カディおじさんの家で……』
(まさか……)
セシリアの脳裏に、その男の容姿がはっきりと思い浮かぶ。
茶色い髪の毛に、アメジストのような紫色の瞳。攻略対象者ばりの整った、でもどこかで見たことがある顔立ち。
あの茶色い髪の毛が、もし白髪だったら? 着ていた服が、もっと王族らしいものだったら?
(ジャ、ジャニス王子!?)
すべてが繋がった瞬間だった。しかもジャニス王子は『障り』を人に憑かせることが出来る特性があるらしい。
(つまり、ツヴァイの『障り』は……)
ジャニス王子につけられた可能性がある。しかも状況的に考えて、アインとツヴァイの母親を殺したとされるカディも、彼の毒牙にかかっていた可能性が出てきた。
「僕だって、セシルのことを傷つけたいわけじゃないんだ。だって僕もセシルと……」
「ツヴァイ、落ち着いて! あのね!!」
「でもあの人が、セシルが僕とアインの仲を引き裂くって――!」
ぶわっとツヴァイの身体から黒いもやが溢れる。その瞬間、これまで以上に首を絞められる。
「みんな、みんな、みんな、僕のことが邪魔なんだ! 父さんだって、使用人の皆だって、本当は母さんの代わりに僕が死ねば良かったって思ってるんだ! アインだって、僕がいなくなれば、もう『悪魔の子』なんて呼ばれることはないんだし、セシルだって――!!」
その直後、ふっと苦しさがなくなった。
見上げれば、ツヴァイが両手で自身の顔を覆っている。
「……そうか」
何か答えを得たように呟いて、彼はセシリアの腹の上から立ち上がった。
そして、おぼつかない足取りでセシリアから距離を取り、側にあった机に片手をつく。
「そっか、そうだよね」
「……ツヴァイ?」
「セシルじゃなくて、僕がいなくなれば良かったんだよね」
彼の片手から覗く、顔に痣が這っている。植物のツタのような痣はもう彼の右顔すべてを覆っていた。
ツヴァイの手が机の上をまさぐる。そして、何かを掴んだ。
「僕が死ねば良いんだ。そしたら、セシルのことも傷つけなくて済むし、アインにもこれ以上迷惑かけなくてすむ。アインはこれからもっと、幸せにならないといけないんだ」
「ツヴァイ!」
彼が持っていたのは、猟師が動物の皮を剥ぐときに使うナイフだった。手は震えているものの、今のツヴァイは刃物を怖がらない。母親を亡き者にした刃物への恐怖よりも、『障り』が増幅させた自分自身への殺意の方が感情的に上回っているのだろう。
ツヴァイはナイフの先を喉元に向けた。呼吸が荒くなる。セシルを殺そうとしていたときに見せた躊躇は、今の彼にはなかった。
「セシル、傷つけてごめんね」
そうして、ナイフが彼の首に触れようとした瞬間――
「なに、いってんの――!!」
「――ぁっ!」
セシリアは、頭からツヴァイに体当たりした。ツヴァイを転けさせると、手に持っていたナイフを彼の手のひらごと蹴り飛ばす。ナイフは床を滑り、そして棚の下に滑り込んでしまった。
「セシル、なにして!?」
「うっさい!!」
セシリアは先ほどのお返しとばかりにツヴァイの腹の上に乗る。そして大きく身体をのけぞらせた後
思いっきり、頭突きを食らわせた。
書籍もコミカライズもどうぞよろしくお願いします。
面白かったときのみでいいので、ポイント等もよろしくお願いします。




