39.捜索
「あぁ、くそっ! ツヴァイとセシルはどこに行ったんだ!」
焦れたようにそう言ったのは、オスカーだった。
セシリアとツヴァイがいなくなって十数時間後、ギルバートとオスカー、アインとグレースは、二人の行方を捜していた。
暗かった外はもう白み、朝日が昇ろうとしている。
「とにかく、南の方はまだ探してません。行ってみましょう」
額に冷や汗を浮かべたギルバートは、荒い呼吸のまま南側を指さす。
グレースも汗を輪郭に滑らせながら、声を張った。
「アインさん、他にどこか思い当たる場所はないんですか?」
「そんなのあるわけねぇだろ! あったらもうとっくの昔に伝えてる!」
一時間ほど前にはリーンも一緒に二人の行方を捜していたのだが、彼女には『降神祭本番の日の夜明けを祝詞を上げながら迎える』というお役目があるため、迎えに来たモードレッドにもう会場の方まで連れて行かれてしまっていた。セシルのことが心配なのだろう、最後まで抵抗していた彼女だったが、「神子候補がこの大役をすっぽかしたとなれば、もしセシルくんが見つかったとき、彼の責任問題になります」と説得され、渋々従った形だ。
ギルバートは走りながらグレースの隣に並ぶ。そして、声を潜めた。
「二人がいる場所、本当にわからないんですか!?」
「ツヴァイさんのバッドエンドの場所はランダムなんです。私が見たエンディングの場所はいくつか回りましたが、そこにはいませんでしたし。そもそも、これがバッドエンドなのかどうなのかも……」
グレースの知っているバッドエンドの話と現在の状況には、大きな開きがあるらしい。そもそも降神祭で舞台なんて企画されなかったので、楽屋から出たところで浚われるなんてストーリーはないし、バッドエンドへの分岐はもう少し後の予定だというのだ。
つまり、変えてしまった運命のしわ寄せが、今ここで来ているということだった。
それから一時間ほど経って、人がパラパラと大通りに出てくる時間になっても、二人は見つからなかった。思い当たる節はすべて探したが、痕跡でさえも見つからない。
夜通し走った足は棒のようで、一番体力があるオスカーでさえも疲れが全身からにじみ出ていた。
アインは全員に向かって頭を下げる。
「みんな、本当に悪い! 俺、ツヴァイが最近おかしいことに気がついていたのに……」
ツヴァイがおかしくなったのは三日ほど前からだったそうだ。セシルと共に散歩に出ていた彼は、帰ってくるやいなや片割れに「誰と、どこ行ってたの?」と問い詰められたらしい。別に隠すことでもなかったので正直に言うと、彼はなぜか激昂。そしてアインに「もうセシルと一緒にいるのはやめて欲しい」と懇願して来たそうだ。
「その時は、なんか疲れてんのかなって、思ってたんだ。でも今考えたら、なんかアイツ思い詰めた顔してたし、おかしかった気もする」
そうしてもう一度「すまん!」と彼は頭を下げた。オスカーはそんな彼に視線をやったあと、背中を軽く叩いた。
「後悔は後だ。今は二人を探すことに専念するぞ」
「人通りが多くなってきたので、ここからは聞き込む人間と、足で探す人間に別れましょうか」
ギルバートは留まりかけた空気をそう切り替える。
「あぁ。それと、そろそろうちの兵を出す準備もいるな」
「……そうですね」
オスカーの言葉に、ギルバートは重々しく首を縦に振った。
国から兵を出すということは、セシルの正体をセシリアだと明かすことを指していた。ただの男爵子息が友人と一晩いなくなっただけでは、当然兵は出せないからだ。『王太子の婚約者が行方不明なった』という名目なら、その辺りは問題ない。
「こんにちは」
その時、アインの背にかけられるように声がした。振り返ると、そこには穏やかな笑みをたたえる青年がいる。目深にかぶったフードから覗く髪の毛は茶色で、その奥にある瞳は深いアメジスト色だ。彼の後ろには付き従うように黒い長髪の青年もいる。
(瞳が紫色?)
彼の姿を見るやいなや、ギルバートの眉間に皺が寄った。彼の瞳の色は、この辺では珍しい色だからだ。隣国のノルトラッハではよく見る色だが、ここまで深いアメジスト色は王族でないと珍しい。
(まさか……)
嫌な予感が頭によぎる。かの国の第三王子には放浪癖があり、お忍びでいろんな場所を巡っていると聞いたことがあった。話によると、彼の髪は新雪のような白色らしいが、髪の色程度ならいくらでも変えられるだろう。
(もしそうなら……)
「先日はお世話になりました」
紫色の瞳を持つ彼は、アインに向かって唇を引き上げた。
どうやら、二人は知り合いらしい。
「何かお探しものですか?」
「お前、そういえばアイツのこと知ってるよな! あのな!! セシ――」
「アイン!」
「アイン、彼はダメだ」
ギルバートの声に被せるようにして、アインを止めたのはオスカーだった。彼はアインの腕を引くと、後ろに下がらせる。そして自身が紫色の瞳を持つ男の前に立つ。
「そんなところでなにしておられるんですか、ジャニス王子」
「え?」
驚くアインの側でギルバートは、やっぱりそうか、と表情を濁らせる。
外交に出たことがないギルバートだって、ジャニス王子の悪評はたびたび耳にしていた。国の金を横領した大臣の首をその場で刎ねたとか、嫁ぎに来た姫の腕を戯れに切り落としたとか、子供を亡くした父親に『お前の子供を殺したのは彼だ』と嘘を教え、なにも関係無い人間を殺させたりとか。彼の名前の次に聞くのは、そんな聞くに堪えない醜聞ばかりだ。
そんな彼に、セシルの名前を出すのはいろいろと危険だろう。
「いやぁ、やはり殿下には変装していてもバレてしまいますか。ちょっと物見見物ですよ。プロスペレ王国の降神祭は有名ですからね」
「護衛も大してつけずにですか?」
「私は殿下とは違い、特に期待されていない第三王子ですからね。こんなものです」
虫も殺したことがないような笑みでジャニス王子は肩をすくめる。
「ところで、さっきから何かお探しですか?」
「別に、貴公には関係無いことだ」
「そうですか? それは残念です。何かお手伝いできると思ったのに」
少しも残念そうじゃない口調で彼は笑う。
(こんなところで足止めを食らってるヒマなんてないのに……)
ジャニス王子とオスカーのやりとりを見ながら、ギルバートは奥歯を噛みしめる。これがツヴァイのバッドエンドじゃないにしても、二人の居所を今すぐ見つけなければ、最悪、取り返しのつかない事態になる可能性だってある。
もう一人でも探しに行こうと一歩踏み出したその時、グレースの様子が目に入った。
「まさか……」
「どうしたんですか、グレース」
震えるグレースに声をかけると、彼女はぐっとギルバートの服の裾を持った。
「もしかすると、リーンさんが危険かもしれません!」
「え?」
ギルバートがそう聞き返すと同時に、正面のジャニス殿下が「あぁ、そうそう」と楽しそうな声を上げた。
「さきほど、あちらの方で何か騒ぎが起こっていましたよ? 神子が祝詞を上げている付近でしょうか。皆様、行ってみたらどうですか? 面白いものが見れるかもしれませんよ?」
その言葉に、グレースは焦った表情を浮かべ、すぐさま走りだした。
書籍もコミカライズもどうぞよろしくお願いします。
面白かったときのみでいいので、ポイント等もよろしくお願いします。