36.裂かれたドレス
視点が変わるので二つに分けました。
37も今日更新予定です。短いですが楽しみに待っていただければ幸いです。
灰の週最終日・舞台二日目。
「リハーサル、疲れたー!」
楽屋にと借りている救済院の一室で、セシリアはそう言いながら椅子に身体を預けた。
彼女の事情も鑑みて、楽屋は一人部屋。本番までにはまだ時間があるので、衣装は着ていなかった。
「リーンってば、ここに来て台詞変えてくるんだもんなぁー。リハーサルまで見に来る人いるし。なんか昨日の舞台より、今日の方が疲れた気がする……」
セシリアは天井を見上げながら、そうぼやく。
昨日一日で、舞台の噂はしっかりと広まったらしい。麗しき女装の王子様を見ようと、会場の入り口付近には人が大勢いた。一応、柵で会場を囲ってはいるものの、熱に浮かされた女性の何人かが、柵を乗り越えセシリアにサインを求めてきたのも、彼女の疲労の一因となっていた。
セシリアは時計を見る。まだ本番までは一時間近くあった。衣装を着たりメイクをしたりする時間も必要だろうが、少しぐらいは休憩できるだろう。
そう思って、備え付けの机に身体を預けたときだった。
「セシルさん、少しよろしいでしょうか?」
ノックとともに、どこかで聞いたことのある声が扉の向こうからした。
セシリアは扉を開けて、そこにいた人物に目を丸くする。
「え? グレース!」
「少し話したいことがありまして、リーンさんに案内してもらいました」
そこにいたのは研究棟以外ではめったに見かけない彼女だった。いつもの白衣ではなく、黒いワンピース。灰色の癖のある髪の毛はポニーテールになっている。
「休憩中だとお聞きしましたが、少しよろしいでしょうか?」
「もちろん! 私も、グレースに聞きたいことあったから助かった!」
セシリアは歓喜の声を上げる。ちょうどアインとツヴァイのことを聞きに行こうと思っていたところだ。公演が終わってから……と思っていたので、出向いてくれたのなら都合がいい。
グレースは「それはちょうど良かったです」と薄い唇を引き上げ、部屋の中にあった丸椅子に腰掛けた。セシリアも椅子を移動させ、彼女の前に腰掛けた。
「それで、どうしたの? 話したいことって」
「いえ、話したいことというか、少し質問なのですが……」
「質問?」
「はい。セシリアさん、これはリーンさんにもした質問なんですが、この降神祭の最中にジャニス王子と会いましたか?」
「へ? ジャニス王子って……。あの、ジャニス王子? オスカーとか、ギルとか、ダンテとかのルートでラスボスになる?」
「はい。そのジャニス王子です」
思わぬ名前にセシリアは目を瞬かせた。
ジャニス王子というのは、新雪のような白髪とアメジストのような紫色の瞳を持つ、隣国の第三王子だ。甘いルックスと穏やかなしゃべり方にもかかわらず、人を人と思っていない残忍さも持っている敵キャラである。オスカーにダンテを差し向けたのも彼なのだが、その意図は不明。作中で最も謎が多いキャラクターだ。
「私は会ってないけど、そのジャニス王子がどうしたの?」
「それが、ジャニス王子が降神祭に来ているかもしれないという話を聞きまして……」
「ジャニス王子が降神祭に?」
セシリアは過去の記憶を探る。しかし、いくら引き出しを開けても『ジャニス王子が降神祭に来ていた』ことで起こるイベントは思いつかない。
首をひねるセシリアにグレースは真剣な声を響かせる。
「私も話を聞いて思い出したんですが、『主人公とジャニス王子が降神祭で会う』ことが分岐のバッドエンドがあるんです」
そのバッドエンドとは『降神祭の神子代理に選ばれたにもかかわらず、ノーマルルートへ行くための好感度には達しておらず。さらに、特定のキャラクターからすごく嫌われている』という希有な条件でのみ発生するものらしい。
そのルートにたどり着くと、降神祭本番日にジャニス王子が大勢の人を操り、リーンを襲わせ、最終的には殺してしまうという話になるらしい。
「ちなみに、ゲームをしているプレイヤーにはジャニス王子が黒幕だとわかりますが、他のキャラクターにはそれがわからないので……」
「すべて、セシリアのせいになって、私は殺されちゃうわけね」
引き継ぐように発したセシリアの言葉に、グレースは頷く。
彼女の言葉にげんなりとした顔を浮かべていたセシリアだったが、とある疑問が頭に浮かび、彼女はふと首を傾げた。
「でも待って、『大勢の人を操って……』って言ってたけど、ジャニス王子にそんな力があるの? 彼って王子様だけど、ここは他国だし……」
「あぁ、そういえば、そこも話していませんでしたね」
忘れてたというように、彼女は両手を打つ。
「実際に明言されるのはトゥルールートのときなのですが。実は彼、他人に『障り』を憑かせることが出来るんです」
「えぇ!?」
おののくセシリアに、グレイスは「まぁ、誰でも……ってわけじゃないみたいなんですけどね」と冷静に言葉を足した。
「ほら、オスカールートを思い出してみてください。あれ最後、なぜか唐突に『障り』が憑いてしまったジャニス王子と戦う話になるじゃないですか? あれ、トゥルールートを経てから再度見ると、ジャニス王子が『障り』を自身に憑けて戦っているってのがわかる仕組みになってるんですよ」
「あー……」
「他には、ジャニス王子と会話していた人ばかりが、後々『障り』に憑かれたりする描写があったり……」
そういえばそんな描写もあったな、とセシリアは頭を抱える。正直、当時はまったくそんなこと気にもならなかった。オスカールートのときも『あ、ジャニス王子に「障り」憑く展開かぁ』とのんきに思っていたぐらいだ。
「トゥルールートは、神殿の最奥に封じられている『障り』の源を、自身に憑かせたジャニス王子と戦う話になります。勝てば、彼を封印し、二度と『障り』が現われない世界を手に入れることが出来ますが、負けると全滅です」
「……さらっと怖いこというなぁ……」
「ラスボスに負けたら全滅。普通の話ですよ」
あくまでも淡々と彼女はそう言う。
「話がそれましたね。それで、そのジャニス王子が大勢の人に『障り』を憑けて神子代理の一行を襲うというバッドエンドがあるんですが……。まぁ、予兆がないようなら大丈夫ですかね。そもそも、すごく希なバッドエンドですし……」
安心したかのようにグレースは息を吐いた。どうやら彼女の話はこれで終わりらしい。
衝撃的事実がいろいろわかったが、今の段階ではとりあえず必要はないだろう。
「それで、セシリアさんは、私に何のお話が?」
「あ、それがね――」
グレースに促され、口を開いたその時だ。
「きゃああぁぁぁぁ!!」
耳をつんざく女性の叫び声が二人の耳に飛び込んでくる。二人は同時に目を見合わせた。
「……何かあったみたいですね」
「行ってみよう!」
二人は部屋から飛び出した。
悲鳴が聞こえてきたのは、衣装や小道具を置いている部屋からだった。叫んだのは、たまたま衣装を取りに来た劇団の女性である。理由は、そこに置いてある女神の衣装だった。
「これは、ひどいですね」
「誰がこんなことを……」
二人の目の前にある女神の衣装は、引き裂かれ、ボロボロになっていた。その上から赤と黄色のペンキがぶちまけられ、色も変わってしまっている。色が混ざり合い、オレンジ色に染まっている箇所もあった。
部屋の中にはグレースとセシリア、オスカーとギルバートがいた。二人は昨日の約束通りに今日から舞台を手伝ってくれており、セシリア達と同じように悲鳴を聞いて駆けつけてくれたらしい。
「リーンが見たら、悲しむだろうな」
「さすがにこれは同情しますね……」
オスカーもギルバートも、苦虫を噛んだような顔になっていた。
ちなみに、最初にこの事態に気がついた女性は、現在リーンを呼びに走っている。
セシリアは、無残な状態になった衣装を前に表情を曇らせた。
「もしかして、嫌がらせの犯人かな……」
「まぁ、その可能性は十分にありますね。他の衣装は、傷つけられてないわけですし」
「そう、だよね……」
セシルのサインを求めて、女の子達が侵入できるぐらいの警備体勢だ。犯人が入る隙はいくらでもある。
ギルバートは膝をついて、床に落ちたペンキを指で確かめた。
「ペンキは乾いてないですし、犯人はまだ遠くへは行ってないかもしれませんね」
「しかし、なにも証拠は残ってなさそうだぞ?」
オスカーも膝をついてドレスの裾を持つ。昨晩、リーンが夜なべして手直ししたスリットの部分は、むごたらしく裂かれてしまっていた。
「ん? ……ギルバート!」
「どうかしましたか?」
「これ、足跡じゃないか?」
オスカーはドレスの裾付近を指さす。そこにはオレンジ色の足跡があった。どうやら、犯人が逃げるときにペンキを踏んでしまったらしい。一定の間隔を開けて、その足跡は廊下へと続いていた。
「木の色と似ているから気がつかなかったんでしょうか」
「何にせよ、この足跡をたどっていけば、犯人にたどり着くかもな」
「まだどこかに潜んでいる可能性もありますしね」
オスカーとギルバートは同時に立ち上がった。そして、肩を落とすセシリアに顔を向けた。
「俺たちは足跡を追います」
「あ、俺も行くよ!」
「セシルとグレースはここにいろ。リーンに事情を説明する人間も必要だからな」
オスカーにやんわりとそう止められ、セシリアは「わかった」と頷いた。
気持ちが落ち込んでいたこともあったし、今の自分が言っても足手まといになるだろうという気持ちもあったからだ。それに犯人が見つかったとして、刺激してしまわないとも限らない。
オスカーとギルバートは、足跡をたどるように部屋から出て行った。
残されたのは、グレースとセシリアの二人だけである。
セシリアは苦悶の表情で額を押さえた。
「……俺のせいだよね」
「悪いのは犯人ですよ。あなたが悔やむようなことはなにもありません」
グレースはそう励ましてくれるが、この感じだと原因は間違いなくセシリアだ。嫌がらせ犯をただ放置していたつもりはないのだが、今までの被害者が自分だけということもあり、後回しにしていた感は拭えない。
その時、背後に人の気配し、聞き慣れた声が耳に届いた。
「ドレス、想像以上にひどいことになってんな」
振り返ると、そこにアインがいた。
彼はズタズタになったドレスを見て、ため息を一つつく。
「話を聞いて、急いで駆けつけてみたらこれか……」
「アイン、ごめんね。多分これ、俺のせいだ」
どうやら叫び声を上げた女性劇団員が、アインにも状況を知らせたらしい。
彼は、落ち込むセシリアの背中を軽く叩いた。
「まぁ、気にするな。それよりちょっと、いいか?」
「どうしたの?」
「ツヴァイのことで少し相談したいことがある」
そう言って彼はグレースを見た。どうやら二人っきりで話したいことらしい。
グレースもそのアイコンタクトに気がついたのか「私は大丈夫ですよ」と一つ頷いた。
「んじゃ、あっちの部屋でいい?」
「あぁ、頼む」
いつになく真剣な様子でアインが頷く。
セシリアはグレースに振り返った。
「ごめんね、ちょっと行ってくる」
「わかりました」
その返事を聞いて、セシリアはアインを連れて部屋を後にした。




