35.舞台2
「お二人とも、最高ですわ! おかげで、想像以上に本がはけています!」
舞台裏に突撃したギルバートとオスカーを迎えたのは、そんな機嫌のいいリーンの声だった。
話を聞けば、あの舞台横で売っている本は、セシルとオスカーをモデルにした商業本の第二弾らしい。その中に『舞台に立ったシエルのキスシーンを見て、思わず立ち上がるオランとクロウ』という描写があるようで、リーンはそれをオスカーとギルバートを使って再現したようだった。
ちなみに、クロウはギルバートがモデルで。髪の毛が真っ黒で烏のようだから、クロウという名前になったらしい。
「あのシーンは、あらかじめ試し読みで舞台のチケットと一緒に配布していましたの。それを読んで来られた方々は、今回の騒動を見てきっと『この物語はノンフィクションかもしれない』と考えたはずですわ! そうなればもう、こっちに堕ちたも同義! ゆくゆくはお仲間です!」
熱く語るリーンに、ギルバートの隣にいたオスカーは眉間の皺を揉んだ。
「あー、それはつまり。俺たちは、君に踊らされたということか?」
「あら、私が殿下を踊らせるだなんて、そんな……。たまたま、物語のキャラクターとお二人の気持ちがリンクし、勝手に踊ってくださっただけですわ!」
逆にこっちが気持ちよくなるぐらいの笑顔を浮かべるリーンに、彼は頭を抱える。
「俺としたことが、初めて女性を殴りたいと思ってしまった……」
「珍しく同意です。殿下」
ギルバートも渋い顔で頷く。
そんな二人に、リーンは笑顔のまま手を打った。
「まぁまぁ、お二人とも。そうカリカリしないでくださいませ。セシル様も本当にキスしたというわけではございませんし! というかそもそも、相手も男性ではございません!」
「男性じゃない?」
「さすがにフリでも相手が男性だったら、二人ともいい気がしないでしょう? なので、女性の方に役をやっていただいていたのです」
「私もまだ命が惜しいですから」とリーンは続ける。
ギルバートは、そんな彼女の背後をのぞき見た。そこには一人の女性がござのようなものの上に寝かされている。おそらく彼女がセシリアとキスのフリをさせられた女性だろう。その証拠に、彼女の頭からは湯気が出ており、うわごとのように「とにかく顔がいい……」と呟いている。
よく見れば、そんな彼女を紙で扇いでいるのはツヴァイだった。「お前いつになったら慣れるんだよ」と低い声を出しているのはアインである。
どうやら二人ともこの舞台に巻き込まれてしまったらしい。
「やっぱり、二人ともきてたんだ」
その時背後で、見知った気配がした。ギルバートとオスカーは同時に振り返る。そこには案の定、セシリアがいた。劇が終わった直後ということもあり、服装は女神の衣装のままである。
「舞台の上から二人が見えたから、もしかしてそうかもなって、思ってたんだ」
そう言う彼女は、少し恥ずかしそうだった。それはもしかして、少し前の告白を気にしてだろうか。それとも単純に、いつもと違う格好で二人の前に立つことを恥ずかしがっているからだろうか。
オスカーは頬を赤らめながら「舞台、良かったぞ」と彼女を褒める。それに彼女も「ありがとう」とはにかんでいた。
ギルバートはセシリアの衣装をまじまじと見て、はっと顔を跳ね上げる。そしてリーンに視線を移した。
「言うのを忘れてました。リーン、あのスリット、なんとかしてください」
「スリット?」
反応したのは、オスカーだった。どうやら彼は、衣装のスリットに気がついていなかったらしい。
「スリットってこれのこと?」
セシリアはスリットをぺらりと捲る。その瞬間、覗いた膝頭にオスカーはおののいた。
「なっ! お前、そんな衣装で舞台に立っていたのか!?」
「そうだけど。変かな?」
「それ以上、捲るな!」
「え、なんで?」
「か、風邪をひくだろうが!!」
オスカーは上着を脱ぐと、セシリアを覆う。それでスリットが隠れるわけではないのだが、厚着させなくては理性を保てなかったらしい。
ギルバートは親指で顔を赤らめるオスカーを指さした。そして、リーンに向かって低い声を出す。
「舞台の客席で、こんな反応ばかりしてる奴らが大勢いました。俺が駆除してしまう前に、布でもなんでも当ててください」
「そうだな。それは確かに……」
オスカーが同意を示すと、リーンは「わかりました」と素直に頷いた。そして、こうも続ける。
「それでは、明日から二人とも舞台を手伝ってくださいね!」
「は?」
「なぜ、そんな話になるんだ?」
困惑した表情を浮かべる二人に、リーンは胸に手を当て、表情を曇らせた。
「単純に人手が足りないのです。このままでは、私も皆も疲労で倒れてしまうかもしれません。今は猫の手でも借りたい有様なのです」
「知りませんよ、そんなこと……」
にべもなくそう断ると、リーンは悲しそうな顔で「そうですか……」と呟く。
「わかりました。それではセシル様の衣装は当分このままですね」
「はぁ!?」
「だって私、毎夜寝ずに舞台の準備しておりますの! 練習の度に衣装は解れてしまいますし、台本だって毎回手直ししているんですよ? なので、もう私の中では問題ないとされている衣装の手直しは、後回しになるのが当然でしょう?」
ぐうの音も出ない正論に、二人はその場で黙る。
「もし、お二人が手伝ってくださったら、私も少しは衣装に手を加える時間が出るかもしれません! どうですか? 手伝っていただけませんか?」
ギルバートとオスカーは互いに目を見合わせる。そして、しばらくの沈黙の後、無言のまま首を縦に振った。リーンはそれを見ながら「それではよろしくお願いしますわ」と鈴の鳴るような声を出すのだった。
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