28.アインの過去
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「悪い。逃げられた」
セシリアが馬車を降りた直後、そう言って頭を下げたのはアインだった。ツヴァイも彼の隣で荒い息を吐きながら、セシリア達に向かって口を開く。
「ちょっと追いつきそうだったんだけど、全員同じような服装だったから人混みに紛れて見失っちゃって……」
「フードかぶってたから、顔も確認できなかったしな」
「……だね」
二人とも必死で追ってくれたのか、額に汗が滲んでいる。
そんな彼らに、セシリアは申し訳なさそうな顔を向けた。
「大丈夫だよ。それより、二人ともありがとう」
「まぁ、あんな場面に出くわしちまったらな。追わないわけにはいかないだろ?」
「でもま、逃がしちゃったわけだけどね」
「それを言うなよ、ツヴァイ」
「だって本当のことだし」
眉をハの字にしながらツヴァイは苦笑を浮かべる。
そんな片割れをチラリと見た後、アインはセシリアに向き直る。そして、頬についたままになっていた卵白を指で払った。
「ま、困ったときはお互い様ってことだ。それよりも、生卵ってひどいやつもいたもんだな。……大丈夫か?」
「あ、うん。平気! 怪我はないよ」
カツラと服は要救護状態だが、身体には何ら問題はない。
そんな彼らの会話に割って入るように、リーンが口を開いた。
「でも、どうされますか? そのままでは、セシル様は馬車に乗れないでしょう? こんなことがあった後ですし、今日は中止になさいますか?」
彼女の目がチラリと背後の兵に向く。彼女達を守っていた兵の数は全部で四人。四人ともセシリアが生卵を食らった直後に犯人を追ったが、沿道の人をかき分けるのに手間取り、結局は逃がしてしまっていた。
そんな彼らに今後を任せるのが不安なのだろう、リーンの視線は少し冷たい。
「もし、中止されるということでしたら、私から皆さんにお願いしてみますけれど……」
「それなら、俺が代わりに参加しといてやるよ」
そう胸を叩いたのはアインだった。
「え?」
「俺がこの服、着てきててよかったな」
彼は着ていた灰色の上着をめくる。すると中には、セシリアが着ているものと似たような軍服があった。騎士の衣装はそれぞれで多少デザインは違うものの、基本のテイストは同じである。
「今日は別に着る義務はなかったけど、黒い服っての、他に持ってなかったしな」
「ちょうどよかったね」
そういうツヴァイの上着の下にも軍服が見え隠れする。こちらは殆ど、アインとのデザインの違いはわからない。
ツヴァイはセシルの背中を押した。
「ここはアインに任せて、セシルは一度寮に帰って着替えてこよう? 寮まで送るからさ」
「え? 送るのはいいよ! 道はわかるし、ツヴァイの時間取っちゃうのも悪いしさ!」
セシリアが首を振ると、馬車に乗り込もうとするアインから鋭い声が飛んでくる。
「お前はバカか? アイツがまだ近くにいないとも限らないんだから、おとなしくツヴァイに甘えておけ!」
「そうですわ。セシル様、送ってもらってください。今一人で行動してはいけませんわ!」
猫かぶりの口調で、リーンも援護射撃を飛ばしてくる。
そして最後にはツヴァイが笑顔で「だって?」と微笑んだ。
根負けしたようにセシリアは苦笑を浮かべる。
「それじゃ、……お願いしようかな。三人とも、ありがとね」
彼女がそうお礼を言うと、三人はそれぞれに顔を見せ合って、仕方が無いという感じで微笑んだ。
それからセシリアはツヴァイと共に市井を歩いた。
お祭り初日ということもあるのだろう。『灰の週』の名に似合わず、辺りには活気が溢れている。着ている服は灰色や黒色といった目立たない色が多いが、それでも人々の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「そういえば、セシルにお礼言ってなかったね」
一番活気のある大通りから一本入った路地裏で、ツヴァイはそうセシリアに話しかけた。
「お礼?」
「うん。セシルがこのブローチ探してくれたんでしょ?」
セシリアが首を傾げるとツヴァイは、胸についている緑色のブローチを指さす。
エメラルド色に輝くそれは、以前ツヴァイが倒れた日にアインとともに探したものだった。
「アインから聞いたんだ。落としてたのをセシルが探し出してくれたって。これ、すっごく大事なものだからさ。本当に助かったよ」
「あ。でも、それはアインと……」
「セシル、ありがとうね!」
セシリアの声に被せるようにツヴァイがお礼を言う。雰囲気的にわざわざ訂正するのもおかしな気がして、セシリアは「あ、うん」と一つ頷いた。
(アイン、記憶を共有してないのかな……)
てっきり、記憶を共有しているものだと思っていたセシリアは首をひねる。しかし、少し考えただけで『まぁ、そういうこともあるか』と一人納得をした。
ツヴァイは少し遠くを見ながら、口を開く。
「セシルって、なんだか正義の味方みたいだよね」
「え?」
「強いし、優しいし、面白いし、なんか変だし」
「……変?」
「良い意味でだよ! 良い意味で!」
そうフォローを入れてくれるが、『良い意味で変』というのはどうなんだろうか。喜んで良いことなのだろうか。
前にもアインが同じようなことを言っていたし、もしかすると二人の故郷には自分のような人種は少ないのかもしれない。
「だから、アインもセシルと仲良くするんだろうね」
「……ん?」
「アインさ。ああ見えて、人見知りなんだ。実は、僕の数倍人見知り」
意外な事実に、セシリアは大きく目を見開いた。そんな彼女を目の端に止めたままツヴァイは続ける。
「小さい頃はそうでもなかったんだけどね。とある人に裏切られてからかな、誰のことも信用しなくなっちゃって……」
「裏切られた?」
「うん。……うちの実家にね、長く務めてた馬丁がいたんだ。『カディおじさん』って僕らは呼んでたんだけど……」
「――あ!」
その時、セシリアの脳裏にアインとの会話が蘇ってくる。
アインの話によると、彼らの母親を殺した犯人は『カディ・ミランド』。マキアス家の馬丁をしていた人物だった。
セシリアの反応に、ツヴァイは彼女の方を向いたまま目を丸くする。
「もしかして、アインからこの話聞いたの?」
「あ、えっと……」
「……セシルは嘘がつけないね」
ふっと悲しげに笑って、ツヴァイは視線を前に戻す。
「別に良いよ、地元じゃ有名な話だから。僕らだけの秘密ってわけでもなかったし」
「なんか、ごめんね?」
「なんでセシルが謝るんだよ」
困ったようにツヴァイは笑う。
そして、眉をハの字にしたまま視線を落とした。
「でね、そのおじさんとアインはすごく仲がよかったんだよ。馬の乗り方とか、ブラシのかけ方とか、アインはいろいろ教えてもらってた。……なのにさ、おじさんが母さんを――」
その後の展開は聞かなくてもわかった。部屋に押し入ったカディは、ツヴァイを襲い、それを庇った彼らの母親を代わりに殺してしまった。
「アインって、父さんとはあんまり折り合いが良くなかったんだ。まぁ、アインは嫡子だし、父さんもいろいろ期待してたから厳しくしちゃってたんだろうね。……だから、カディおじさんはアインのもう一人の父さんみたいな感じでさ」
ツヴァイは下唇を噛みしめる。
「それからアインはあんまり人のこと信用しなくなっちゃったんだよね。根は……」
そのままツヴァイは黙る。
静かになった彼の言葉を引き継ぐように、セシリアは口を開いた。
「根は、人のことが大好きなのにね?」
その言葉に彼は驚いたような顔になった後、片眉を上げて唇を引き上げた。
「そんなことまでわかってるんだね」
「なんとなく、だけどね」
「……そっか」
そう言った後のツヴァイの表情がどういう感情で作られたものか、よくわからなかった。寂しさなのか、悔しさなのか、驚きなのか。
よくわからないけれど、一瞬だけ苦しそうな顔をした彼は、すぐにもとの優しい彼の顔に戻る。
「ついたね」
「え?」
顔を上げれば、そこは学院の前だった。話に夢中になりすぎていて、ここまで来たことに全く気がついていなかった。
立ち止まったツヴァイは、握手を求めるように手を伸ばしてくる。
「これからも、アインも僕もよろしくね。セシル」
「あ、うん」
その手を握り返せば、彼は儚く笑って「それじゃ」と踵を返した。
次回、オスセシ回です。
面白かった場合のみで結構ですので、ポイント等よろしくお願いします。
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