27.『長女~』は直します
そうして、『灰の週』一日目が始まったのだが……
「きゃぁあぁ! セシル様!!」
「あぁ! なんて麗しいお姿! 素敵すぎるわ!」
「眼福ってこういうことを言うのね! あぁっ、もうだめ私、立っていられない――っ!」
「しっかりするのよ! サマンサ!!」
(……えっと。これ、どういうこと?)
沿道から発せられる黄色い歓声に、セシリアは馬車の上で頬を引きつらせた。いつもの光景と言えばそうなのだが、その歓声を上げている人達がセシリア的には大問題だった。
「はぁ。あの男がかい?」
「そうなのよ。うちの娘が夢中になってる小説のモデルらしくて」
「確かに色男だねぇ、旦那が霞んじまうわ。私ももう少し若ければねぇ」
「あら、こっちを見たわよ。噂の王子様」
「実際に見ると、やっぱりいいわねぇ。可愛い男は好みだわ」
「わかるわ。うちの店に来てくれたら、男なんかによそ見させないのに。もったいない」
「あら、アレは創作物よ? もしかしたら本人は違うのかも」
「それじゃ、後からお店に誘ってみましょ」
「あ! おねえちゃんの言ってた『おうじさま』だよ! おねえちゃん、あの人好きでしょ?」
「そうだよ! 近くに行ってみようよ! かっこいいよ!」
「あぁ、もう! 違うの、やめてっ! 確かに私は、セシル様のことは大好きだけれど! 私は壁になりたいの!! 愛し合う二人の部屋の壁に!!」
「わかったわ。これが『尊い』って感覚なのね……」
「ニール様の小説で『受け』と『攻め』の解釈を学んだけれど。どうして! どうしてなの! 私にはセシル様が『受け』に見える!!」
「大丈夫よ、ケイ。教祖様は、その『萌え』もお許しになられてるわ。すべては、解釈のなせる技! 解釈違いも、また愛なのよ!!」
おばさまから教徒まで。
明らかに学院の生徒ではない人たちまで、セシルに向かって歓声を上げていた。これは大変ゆゆしき問題である。そして、彼らの手元にはやっぱり例の劇物があった。
セシリアは沿道に目を向けたまま、隣にいる本日の主役に低い声を出した。
「……リーン」
「なぁに?」
「これ、どういうこと?」
セシリアがそう振り返れば、彼女はしたり顔で懐から彼らの持っているものと同じ本を取り出す。
「これ、見たことあるわよね?」
「いやまぁ、一応目を通したけど……」
「あとがきはちゃんと見た?」
「あとがき?」
彼女はパラパラとページをめくり、最後の数ページをセシリアに差し出した。
「えっと、『皆様、この本を手に取っていただき、ありがとうございます。著者のニールです』」
彼女のあとがきは、そんなありきたりな文章から始まっていた。本の内容を簡単に説明した後は、読者や本を制作する上で関わってくれた人たちへの感謝の文。次回作への構想なども書かれている。
そして、最後には……
『この本のキャラクター・シエルには、モデルがいます。彼とは友人なのですが、この本と同じように「学院の王子様」として、学院で研鑽の日々を積んでいます。もし、学院へ通うご友人がおられる方は、話を聞いてみても良いかもしれません』
「『オランにもモデルがいるのですが、彼との話も聞けるかも知れしれませんよ』ぉおぉ!? これ、どういうこと!?」
セシリアは目を大きくひんむいた状態で、リーンに詰め寄る。彼女はふてぶてしい笑みを浮かべたまま、首を傾げた。
「そのままよ。『モデルがいるから、学院に通う人が近くにいたら話を聞いてみてね!』ってこと。あ、ちなみに、シエルはセシリアで、オランはオスカーだから」
「それはわかってるよ! 私が聞きたいのは、なんでこんな文章を書いたのかってことで……」
おそらくだが、この文章を読んだ一部の読者が学院に通っている友人に『学院の王子様』の話を聞き、その情報が人伝いに広まったということだろう。その時、セシルの名前も、容姿も、騎士であることも伝わってしまい、このパレードに参加することも伝わってしまった。
そして、この惨事である。
リーンは、沿道の人に微笑みかけながら、セシリアにしか聞こえない声を出す。
「私ね、アニメって最強だと思うのよ」
「はい?」
「映画でも舞台でもいいわ。とにかく、紙だけの情報よりも、動いてしゃべるってとんでもない情報を持ってるって思うのよ」
「はぁ……」
要領を得ない台詞に、セシリアは眉をひそめる。しかし、彼女はそんなことなど関係なしに、胸に手を当て情熱をあらわにする。
「だから考えたの! 私はアンタを全力でセルフ2.5次元にする! むしろ公式にする」
「はいぃいぃぃ!?」
「そうすればほら! アンタが動く度に、物語が生まれるし、解釈も生まれる! 誰もが皆、あんたを使って二次創作が出来るのよ!!」
「それはやめて!! さすがにやめて! 私が生きにくくなる!!」
そう涙目でリーンを止めようとするのだが、彼女はふっとニヒルに笑うだけだ。
「賽は投げられた」
「投げないで! 頼むから投げる前に一言相談して!」
「ちなみに、商業誌第二弾は近日発売だから!」
「本当にとんでもない情報を予告なしにぶち込んでくるな!」
若干泣きそうだ。いや、もう、人目がなかったら本当に泣いているかもしれない。
長女だから我慢できたけど、次女だったらきっと我慢できなかった。
「内容は、『舞台役者としてスカウトされたシエル。しかし、それがまさか女性の役だった! 本当に女性だと思って惚れてしまうクロウ。そんなクロウを牽制するオラン!』みたいな話だから!」
「……私、その話知ってる! どこかで見た!」
「あらホント偶然ね!」
セシリアは親友の肩をガクガクと揺さぶる。
「私を舞台に誘ったのは、そういうもくろみがあったわけね! 売るんでしょ! 舞台の袖でその本売る予定なんでしょ!」
「物語のワンシーンを三次元で見れるって、ホント最高よね?」
ニコニコリーンに、怒るセシリア。
騒いでいる後方に、御者がどことなく困った顔をしている気がする。辺りも騒々しいので話は聞こえてないはずだが、揉めているのはわかるのだろう。
リーンは笑顔のまま、人差し指を立てた。
「実はね、もう一つしかけがあって。それが――」
(えっ)
その時、セシリアの視界にこちらに飛んでくる白い球が映った。リーンの背後からこちらをめがけて一直線にそれは飛んでくる。このままではリーンの後頭部に白い球は直撃してしまうだろう。
「リーン! 伏せてっ!」
「え?」
セシリアはリーンを抱え込む。その瞬間、セシリアの頭に何かが直撃した。
「――っ!」
何かが当たる衝撃。そして、それが砕け、どろりとしたものが髪にべっとりとついた。
そのまま髪の毛から服にそのどろりとしたものが流れる。
(いた、くは、ないけど……)
「大丈夫!?」
焦ったような声を出したのは、腕の中にいるリーンだった。身体を離すと、彼女はおろおろとセシリアの身体を確かめる。
「なにこのどろっとしたの。って、もしかして今とんできたのって、卵!?」
「そう、みたい」
頭から流れるどろりとした白身に、セシリアは困ったような顔になる。とんできた方向を見れば、何者かの背中が見えた。年齢は、セシリアと同じぐらいだろう。『灰の週』特有の黒い衣装に身を包んだ彼は、そのまま人混みをかき分けるようにして逃げていく。そして、たまたまその場に居合わせたのだろう、それを追うアインとツヴァイの姿も見えた。
「この卵投げてきたのってもしかして、アンタが前々から受けてる、悪戯の犯人?」
「かもしれないね」
セシリアはそう頷いた。
『長女だから我慢できたけど~』のくだりは、もし書籍になったら直します(笑)
WEB版だけのお遊びです^^
面白かったときのみで結構ですので、ポイントよろしくお願いします。
小説書籍もコミックスの方も、どうぞよろしくお願いいたします。




