26.降神祭・灰の週 一日目
地面に等間隔に置かれたオレンジ色のランプ。そよ風にはためく蜘蛛の巣や埃を模した飾り。建物に掲げられているのは黒色の旗で、道の端にはドクロの形をした置物が置いてある。
人々は皆、黒いワンピースや古着をつなぎ合わせた衣装で身を包み、顔にはわざと煤やすりつぶした実などで汚れをつけていた。足下ではしゃぐ子供たちの中には、木で出来たお面をつけている者もいる。
十月二十三日。降神祭・灰の週一日目。
現代のものとは多少違うが、ハロウィーンの開催である。
「やっぱりこうなるのね……」
ヴルーヘル学院の入り口にあるアーチ型の門の前でそう肩を落としたのは、リーンだった。目の前には純白の煌びやかな屋根のない馬車。彼女の装いも、真っ白で重そうな修道服をモチーフとした神子としてのものである。
その隣に並び立つのは、黒い軍服のような装いのセシリアだった。
ちなみに、御者は馬を繋いだまま書類等の確認でその場にいない。
落ち込むリーンを励ますように、セシリアは彼女の肩を叩く。
「まぁ、こればっかりはしょうがないよ」
「アンタねぇ。人ごとだと思って……」
「人ごととは思ってないけどさ。だってこれ、ゲームのシナリオ通りの展開だし、しかたなくない?」
困ったような顔でセシリアがそういうと、リーンが口をとがらせながらそっぽを向く。『そんなことわかってるわよ』とでも言いたいのだろうか。
降神祭では、毎年、神子がプロスペレ王国の首都であるアーガラムを、聖騎士と共に馬車で回るのが通例となっていた。しかし、今回は体調不良を訴えた神子の代わりに神子候補であるリーンがその役目を負うことになってしまったのである。
「こんなの、セシリアがすれば良いのに! 私、宝具一つももらってないし、好感度も無駄に上げてないのに!!」
「仕方がないよ。今の私は、神子じゃなくて騎士なんだし……」
「でも、ルール上ではセシリアが選ばれるべきでしょう? こんなの不公平!」
相当やりたくないのだろう、リーンはいつになく不機嫌な顔で頬を膨らませる。そんな彼女にセシリアは苦笑いを浮かべることしか出来ない。
ゲームでの降神祭は、いわゆる中間発表イベントになっていた。つまり、この時点までで騎士達の好感度をより集められている神子候補が、神子の代理として騎士とともに街を回る仕様なのである。
一緒に回る騎士は持ち回り制で、『灰の週』の七日間と『明の週』の七日間、それぞれ一日ずつ神子候補について回る。
大変なお役目なのは確かだが実際に拘束されるのは二、三時間程度で、それ以外の時間は学院も休みなため、完全なる自由時間になっていた。ゲームでは、その日一緒に回った騎士の好感度が高かった場合、デートに誘われ、了承すればデートイベントが発生する仕様になっていた。
そして、『灰の週』記念すべき一日目に選ばれた騎士が、セシルだったのである。
「しかも、その服! 私が作った服じゃないし! ゲームでギルバートが着ていた衣装だし!! 吸血鬼の衣装はどうしたのよ! セシルには絶対あっちの方が似合うのに!」
「これも仕方ないよ。着ろって配られたやつだし……」
「でも私、頑張って作ったのに!」
「それはまぁ、ごめんね?」
いつになく荒れ気味の彼女に頭を下げるが、彼女はまだプリプリと怒っている。
「これ、騎士だけのイベントだからヒューイくんは関係ないし、あんまり好きじゃないイベントだったのよねー。もー、セシリアが男装してるせいで、こんなことに……」
「だから、ごめんって。……どうしたら許してくれる?」
セシリアがリーンを覗き込むと、彼女は恥ずかしそうに頬を染め、もじもじと指先を合わせる。
「それじゃぁ、もう一度あの服着て、殿下との絡み絵描かせてくれたら許してあげる」
「それは、やだ」
「なんで即答なのよ!」
「リーン、それやらせたいがためにごねてたでしょう! 私、本当に申し訳なく思ってたのに!」
セシリアにとって『男装をすること』は『命を守ること』だ。しかしそのせいで、リーンの運命に皺が寄ってしまったことは、本当に申し訳なく思っていた、のに……
「当たり前じゃない! 目的のために手段を選ぶのは三流のやることよ! 私は全力で、自分の目的を果たしに行くんだから!」
「それは、親友を困らせてまでやることなの?」
「私だって本当はこういうことしたくないのよ? でも、『理想の攻め』を親友に持った私の気持ちなんて、貴女にはわからないでしょ?」
そんなもの、わからないし、わかりたくもない。
どことない哀愁を漂わせているリーンに、セシリアはため息をつきながら首を振る。
「もー、とにかく嫌だからね。今後、ああいうことは一切いたしません」
「……」
「本当にしないからね!」
リーンはしばらく半眼でセシリアのことを睨み付けていたが、やがて諦めるように首をすくめた。
「まぁ、いいわ! 絡み絵なんかよりも、もっと萌える展開がこの後見れる予定だから」
「……なに企んでるの?」
「ナイショ」
そう言って唇に人差し指を当てる彼女は、やっぱり可愛らしいヒロインだった。
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