25.「セシリア」
皆さんの意見を参考にしまして、タイトルに数字と文字を入れることにしました。
今までのはゆっくりとつけていきますので、のんびりとお待ちください。
「それで不安になって、今に至るってこと?」
「うん」
セシリアが昼食のサンドイッチ片手にそう頷いたのは、リーンに不安を爆発させられた翌日のことだった。場所はいつもの温室。相談した相手はもちろんギルバートである。
彼女よりも早く昼食をとりおえた彼は、なんだかよくわからない難しそうな本のページをぱらりとめくった。
「で、大丈夫だと思う?」
「どうだろうね。俺から見ても姉さんとあの二人は仲良くなってきてる感じはするけど、その差って言われたら、正直わかんないし。そもそも、感情なんて誰にも見えないんだから、『仲良くしているように見せかけて、実は相手のことが嫌い』ってのも十分あり得るわけだしね」
「だよねぇ……」
セシリアは不安げな顔のまま、サンドイッチを口に運ぶ。温室の硝子越しに見る空は、今日も綺麗な秋晴れだ。
「ま。もうこういうのは、自分の感覚を信じて突き進むしかないんじゃない? 答えなんかないんだしさ」
「……そうだよね」
深く頷く。人の気持ちなんてわからないのが普通だ。何を考えて、どう感じて、何を思っているかなんて、せいぜい『わかっているつもりになる』ぐらいしか出来ない。
それなら、ギルバートの言うとおり、自分を信じて突き進むしかないのだろう。
(でも、私。そういうの疎いからなぁ。気がつかないうちに地雷とか踏み抜いてそうだし……)
自分自身の鈍さは、なんとなくわかっている。実家にいたときだって、兵士のハンスと侍女のシャロンが付き合っていることを、たった一人、気がついていなかった。他の人間はなんとなく察していたというのに、『二人とも仲が良いなぁ』とぼんやり思うぐらいしかしていなかったのである。
(人の感情っていったら、ギルが何を考えてるのかもいまいちわかんないんだよね)
セシリアは、本に視線を落とす彼を隣から眺める。
ギルバートは元々表情が豊かな方ではない。怒ったり、笑ったり、幼い頃は泣いたりもしていたが、基本は常にすまし顔だ。だから彼が本当は何を考えているか、何を思っているか、セシリアはわかったためしがない。
(コールソン家のことも、どうするのか知らないし……)
生家に戻るようにと言われているらしい彼が、どういう結論を出すのか。セシリアはそれを知らないし、察せられもしない。行かないで欲しいと内心では思っているが、それを言ってもいいのかさえも、よくわからないのだ。
そもそも、今に至るまで相談でさえもされていないのだから、何か思うのでさえも余計なお世話なのかもしれない。
「どうしたの? 何かついてる?」
顔を見ていたのに気がついたのだろう、彼は本から顔を上げてこちらを見てくる。
セシリアは目を瞬かせた。
「えっと……」
「何かあるならちゃんと言っておいてよ」
『後々面倒なことになるのは困るからね』と付け足され、セシリアは視線をさまよわせた。
聞いても良いものだろうか。相談されていないということは、もしかしたら言いたくないことなのかもしれないし、セシリアには知られたくないことなのかもしれない。しかし、ギルバートのことだから、言うほどのことでもないと思ってるだけなのかもしれないし、単に忘れているという可能性もある。
「そんなに悩んで、なに?」
「ギルってさ、その……」
「ん?」
ようやく口を開いたセシリアに、ギルバートは首を傾げる。そんな彼に、彼女はしっかりと向き直った。そうして、重い口を開く。
「あのね。コールソン家に戻る話があるって聞いたんだけど……」
「……だれから?」
「リーンから……というか、ジェイドから聞いたリーンから?」
「あぁ」
驚きの表情を浮かべた後、彼は納得したように一つ頷いた。
この反応だ。コールソン家に戻るという話は本当にあるらしい。
セシリアは膝の上でぎゅっと握りしめていた拳をさらにぎゅっと強く握る。
「それで、あの、ギルは、どうするつもりなのかなぁって……聞きたくて……」
「気になる?」
「ならないといったら嘘になります」
緊張でだろうか、なぜか敬語になってしまう。
そんな彼女を無言で見つめた後、ギルバートはふっと表情を和らげた。
「大丈夫だよ。俺は姉さんの側からいなくなったりしないから」
「本当?」
「本当」
はっきりとそう言われ、身体の緊張が解ける。どうやら思った以上に、彼が家からいなくなるのが嫌だったらしい。
「そっか! よかったぁ!」
「ん」
腑抜けた笑みを浮かべると、ギルバートも唇の端を引き上げて笑う。心なしか彼も嬉しそうだ。
(あれ? でも、どうしてだろう……)
なんだか少し違和感があった。
どう言って良いのかわからないが、なんだか言葉が足りない気がする。彼が何かを否定をするならば、もうちょっと――……
「セシリア」
「ん? え。はい?」
その違和感が形を持つ前に、吹き飛ばされる。
(え。今……?)
名前を呼ばれたような気がしたが、気のせいだろうか。
目を瞬かせるセシリアに、彼はもう一度それを口にした。
「セシリア」
「はい?」
「好きだよ」
「あ、はい。…………え?」
にっこりと笑って、いつも通りに。
しかし、呼び方だけは『いつも通り』じゃなかった。たったそれだけのことなのに、その後に続く『好きだよ』の響きがいつもと違うように聞こえてしまう。
(えっと、今のは……?)
頭が混乱して、耳が熱くなる。何がどうして名前で呼ばれたのか、それがわからない。
呆けるセシリアを置いて、ギルバートは立ち上がった。いつもだったら続けて立ち上がるのだが、混乱した身体には力が入らない。
無言で顔を上げれば、ギルバートと視線が絡む。
彼は締まらないセシリアの顔を見て、これまで以上に嬉しそうな顔になった。
「それじゃ、そろそろ教室に帰ろうか」
「あ、……はい」
かろうじてそう答え、差し出された手を取る。
握りかえしてきた彼の手は、なぜかいつもよりも冷たく感じられた。
彼の手が冷たいのか、彼女の身体が熱いのか。
面白かった場合のみで結構ですので、ポイント等よろしくお願いします。(毎回言っててすみません)
コミカライズも、書籍もよろしくお願いいたします。(こちらも毎回すみません)




