22.可愛い婚約者の奇っ怪な行動②
「誰が誰のなんですか」
その声がかかったのは、アインの冷や汗が流れた直後だった。
瞬間、オスカーとセシリアの間に手が差し込まれ、ベリッと引き離される。振り返ってみれば、そこにいたのはギルバートだった。
「あ、ギル」
「ギルバート!」
ギルバートはセシリアをオスカーから引き離すと、自身の背中に隠す。
そして、驚くオスカーに冷ややかな視線を向けた。
「セシルは殿下のものではないはずですよ? 何を血迷ったことでキレ散らかしているんですか?」
「しかし……」
「それと、婚約者がいる身でそういう不用意な発言はやめてください。俺は『友人として』という意味で理解できますが、万人がそうだとは限らないので」
要約すると
『何、馬鹿な発言してるんですか。アインに『セシル』が『セシリア』だとバレたらどうするつもりなんですか?』
ということである。
切れのいい辛口に頬が引きつるが、ギルバートの意見ももっともである。相手が鈍感の権化であるセシリアだから助かったが、普通の相手ならばオスカーがセシルをセシリアと認識していると解りかねない発言だ。
ギルバートはセシリアを背中に隠したままアインに一歩踏み出した。
「それより、アイン。セシルに近づくなと、何度言ったらわかるんですか。貴方がセシルを蹴ったこと、俺はまだ許してないんですからね」
「蹴った!?」
オスカーは驚いた顔でセシリアに聞き返す。
彼女は鼻の頭をかきながら、恥ずかしそうに苦笑いした。
「あ、うん。でも、それもいろいろと理由があったからで! 今は仲直りしてるんだけど……」
セシリアは前方に視線を移す。そこにはアインと舌戦を繰り広げるギルバートの姿があった。
「だーかーら!! お前には関係ないっていってるだろ! これは俺とセシルの問題だ!!」
「俺もセシルの友人です。その友人が、稚拙で後先考えない、短絡的で暴力的な人間と交友関係を続けていたらどう思います? 心配して当然でしょう?」
「お前は、過ぎたことをいつもそうやってネチネチと――!!」
「もう過ぎたことだというのなら、貴方の言う『責任』も過ぎたことでしょう? それならもう責任は果たされたので、セシルに近づかないでください」
「おーまーえーは――!!」
あまり口はうまくないのだろう、ギルバートの口撃にアインは顔を赤くしながらぷるぷると震えている。
そんな彼らの様子に、オスカーは感心したような声を上げた。
「ギルバート、絶好調だな」
「あはは……。いつもああやってギルが追い返しちゃうんだよね」
いつも、ということはこれが初めてではないらしい。それでも懲りずにセシリアに会いに来るアインも相当な胆力がある。
そんな彼らを見ながら、オスカーは何かに気がついたようにはっと顔を跳ね上げた。
「もしかして、さっき言っていた『責任』というのは、その時に負った怪我のことか?」
「うん。たいした怪我じゃなかったんだけど、痛みが完全に引くまで学院生活をフォローするってアインが……」
「そうか」
あからさまにほっとしたような声が出た。
彼女がそんな不貞を働くはずがないと解っていても、先ほどの会話は何も知らないオスカーの心を揺さぶるには十分すぎるものだった。
オスカーは気遣うような視線をセシリアに向ける。
「怪我は、本当に大丈夫なのか?」
「平気! 最初の頃は結構痛かったんだけど、今はなんともないよ!」
無意識なのか、セシリアは肩を摩る。
「いつからだ? つい最近の話か?」
「えっと、ツヴァイに話しかけたときだから、お茶会の時からかな……」
「お茶会!?」
前だとしても一週間程度だと思っていたオスカーは、そうひっくり返った声を上げた。お茶会ということは、もう二週間以上前の話ということになる。
「お前っ! なんで俺には言わなかったんだ!?」
「え?」
「肩の怪我のことだ! いくらでも言うチャンスはあっただろうが!」
怒鳴るようにそう言えば、彼女は一瞬首を竦ませた後、少しひいた様子で指先を合わせた。
「だって、ほら。オスカーには関係ないし」
おそらく『心配させたくない』という意味で言っただろうその言葉に、オスカーの血圧は上がる。いつでもどこでも悪意なく、自分を蚊帳の外に出そうとする彼女に、腹が立ってしかたがない。
「……ギルバートには言ったんだよな?」
「まぁ、ギルだしね」
そこに加わっていない自身が情けない。
オスカーが奥歯を噛みしめると、彼女はさらに爆弾を落としてきた。
「最近、ついてないんだよね。なんか、嫌がらせとかもされるし」
「はぁ!?」
「なんか、頭の上に鉢植え落とされそうになったり、鞄の中に変な物入れられたり。この前なんか、どこからか生卵落とされたりとかして……」
「……」
再び知らなかった情報がいきなり飛び出てきて、オスカーは頭を抱えた。
『なんで俺には知らせなかったんだ!』と叫びたくなる気持ちを抑えつけて、彼は奥歯を噛みしめたままセシルの両手を握る。
「セシル」
「え。なに?」
「もし今後、同じようなことがあったら、ちゃんと言って欲しい」
「え?」
「『怪我をした』とか『誰かに狙われている』とか、そういうのは俺にも知らせてくれ」
真剣な顔でそう言うと、セシリアは目を瞬かせた後、申し訳なさそうな顔で視線を落とした。
「でもそれは、さすがに申し訳ないよ。オスカー、いろいろ忙しいだろうし。俺のことなんかで……」
「俺は――!」
上げそうになった大声を、頑張って呑み込む。ここで怒っても怒鳴っても仕方がない。
オスカーは握っている彼の手を、もう一度ぎゅっと握りしめた。
「お前から見て、俺はそんなに頼りなく見えるのか?」
「そんなことは……」
「お前にだって、話せないことの一つや二つはあるんだろう! それはわかっているつもりだ! だがな、俺は――」
(お前の婚約者だろうが!)
それはさすがに口に出さなかった。出してしまえば、彼女だってさすがにオスカーが男装を見抜いていると解ってしまうだろう。そうすれば、今のこの関係は終わってしまう。
「オスカー?」
「心配ぐらいはさせろ。……頼むから」
不安そうな顔で覗き込む婚約者の頭を、オスカーはくしゃりとかき混ぜる。
オスカーの愛は深い。
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