20.エメラルドのブローチ
それから一時間後。
二人の姿は救済院の倉庫の中にあった。舞台のために救済院から借りているそこには、先ほどの小道具の箱も含めて、いろいろな舞台の道具が置いてある。
「見つからないね……」
「見つからないな……」
二人は倉庫の中で同時にため息をつく。外はもう暗く、一番星が瞬きはじめていた。この調子では寮の夕食を食いっぱぐれてしまうだろう。
「そういえばさ、お前。聞かないのかよ」
「何を?」
探している手を止めて、彼女はアインの方を向く。すると彼もセシリアの方を見ていたようで、視線が絡んだ。
「ツヴァイがあんなに刃物を怖がる理由」
「教えてくれるの?」
「お前になら、教えてやってもいい」
耳に届くか届かないかぐらいの小さな声に、セシリアは目を瞬かせる。
「どうせお前。この話聞いても、変なことに使うような頭、持ってねぇだろうし!」
「それはもしかして、……貶されてますか?」
「ちげぇよ」
「ん?」
「褒めてんの」
ぶっきらぼうだが間違いなくそう言われ、セシリアは目を見開いた。
アインは、驚く彼女から視線を外し、下唇を噛みしめた。
「アイツさ、目の前で母さんが殺されてるんだよ」
「え?」
「俺たちの地元で、双子が『悪魔の子』って忌み嫌われてたってのは知ってるだろ?」
「あ、うん」
それは、ツヴァイから聞いた話だ。アインとツヴァイが生まれたとき、彼らの両親は領民から『どちらかを殺せ』と詰め寄られたらしい。
「父さんや母さんが窘めて、一時はそういうことを言う奴らもいなくなってたんだ。だけど……」
ある夜、誰よりも信心深いと評判だったカディ・ミランドが刃物を持って屋敷に押し入ってきたらしい。カディはマキアス家の通いの馬丁をしており、無断で敷地内に入ってきても誰も疑わなかったという。
カディは木を伝い、ツヴァイの部屋に侵入。その時ちょうどマキアス夫人はツヴァイの部屋にいたらしく、彼を庇う形でカディの刃を受け、亡くなってしまったというのだ。
「それ以来、ツヴァイは刃物が怖いんだ。たぶんずっと、アイツは母さんじゃなくて自分が死ねばよかったんだって思ってる」
「そんな……」
セシリアは壮絶な過去に言葉をなくす。目の前で母親が殺されただけでもショックだろうに、それが自分を庇ったから……というのは、どう考えても辛すぎる。
(でもそうか、だから……)
グレイスが教えたくないと言ったのか。
こんな秘密を自分が知らないうちに誰かが知っていたら、確かに気持ちよくはない。
「この力が手に入ったとき。俺たちはいろいろなことを共有したんだよ。でもアイツ、いくら言ってもその時の出来事を共有してくれねぇの」
アインは手に巻き付いている銀色のブレスレッドを撫でる。
「俺たちは二人で一つなのにな」
ずっとそうやって生きてきたのだろう。互いに互いを支え合って。同じ物を見て、同じ物を感じて、同じ苦しみを背負って。
だけど共有できない大切な記憶がたった一つだけあって、その重みを一緒に背負えないことを、きっと彼は不甲斐なく思っている。
少し遠くを見つめるアインに、セシリアは少し考えて口を開く。
「二人とも、強いよね」
「ん?」
「俺だったら、そういう辛い記憶、一緒に共有しようとか思えないかも。ツヴァイの立場でも一人で背負えるとは思えないし……」
「強いのはツヴァイだけだよ。俺は結局、何も背負えてないからな」
「ううん、誰がなんと言おうとアインは強いよ! すごく強い。だって、ツヴァイのこと守ろうとして、俺のこと蹴ってくるぐらいだもん!」
「お前な……」
今それを言うか、と彼の目は半眼になる。
睨み付けるような視線を向けてくる彼に、セシリアは笑みを強くした。
「お母さんが亡くなったこと、アインだって辛かったはずでしょ? それなのに、自分のことよりツヴァイのことを一番に考えて、守ろうとして。やっぱりどう考えても、アインは強いよ!」
「……」
「俺ね、家族を亡くしたことはないけどさ。離ればなれになったことはあるから、『わかる』とまでは言えないけど、気持ちの想像ぐらいは出来るよ」
ひよのとしての生が終わる瞬間、この世から自分がいなくなることよりも、家族や友人と会えなくなることが辛かった。何も言わずに、大好きな人たちともう二度と会えない距離に行かざるを得ない状況が、たまらなくしんどかった。
死に別れというのは、きっと置いていく方も置いて行かれる方も、寂しくて、辛くて、切ないものだ。
「やっぱりさ。アインは、とってもがんばってるね!」
素直な気持ちを吐露すれば、彼の頬はにわかに赤くなる。そして、なぜか悔しそうな表情になったあと、ぷいっとセシリアから顔を背けた。
「急に年下扱いするなよ!」
「え? 俺、年下扱いしてた!?」
「してた! ……無意識かよ」
唸るそうにそう言われ、セシリアは「ごめん」と焦ったような声を出した。その謝罪を受けてもなお回復しない彼の表情に、彼女はおろおろと視線を彷徨わせる。
(もしかして、何か気分を害したかな!? 年下扱いとかしたつもりないんだけどっ)
アインは焦るセシリアを見た後、長息した。そして、雰囲気を切り替えるように、先ほどよりも少し大きな声を出す。
「そんなことより、ほら、ブローチ探すぞ」
「あ、うん! って、あぁあぁ――!!」
大きな声を出しながらアインの後ろを指すセシリアに、彼は両耳を押さえながら「何だよ!?」と振り返る。
「見て! あった!」
「は?」
「あそこだよ!」
「あ……」
ツヴァイのブローチは、貴金属のイミテーションを入れている箱の中にあった。きっと誰かが拾った彼のブローチを間違えて入れたのだろう。
棚の上にあるその箱を取ろうと、セシリアは手を伸ばす。
その瞬間、肩に引きつったような痛みが走った。
「――っ!」
「まだ痛むのか?」
「あ、うん。ちょっとだけね」
セシリアはアインにフォローされながら箱を降ろす。
「悪いな。それじゃ、日常生活もままならないだろ?」
「そんなことないよ。もうだいぶ動かせるようになったし! ただ、高く上げるとちょっとね。――って、やっぱりあった!」
「……」
「アイン! ほらあったよ」
セシリアは嬉しそうな顔でアインの前にブローチを差し出す。しかし、彼はそれに視線を落とすことなく、セシリアの両肩をがっと掴んだ
「……責任は取る」
「ん?」
「ちゃんと責任は取ってやる」
アインの言葉に、セシリアはそこはかとない嫌な予感を感じ取る。
「明日からの学院生活、サポートは任せろ」
そろそろギルとオスカーも出したいなー❤
書籍もコミカライズもどうぞよろしくお願いします!




