19.ツヴァイの発作
長くなってしまったので2つに分けました。
明日も更新されるので、楽しみに待っていただけたら嬉しいです。
「大丈夫ですか!?」
「……ごめんなさい」
三人がたどり着いた先には、倒れている女性と散乱する小道具があった。彼女はどうやら何かに躓き、転けると同時に積んであった小道具の箱をひっくり返してしまったらしい。「なにやってんだ、お前!」と声を荒らげる男性を制し、セシリアは彼女に近づき助け起こす。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます……」
膝をついて自身の手を握ってくる美青年に、助け起こされた女性はぽぉっと頬を赤らめる。しかし、今はそれどころではないと思ったのか、彼女は首を振り、すぐに正気を取り戻した。
「小道具っ! 壊れたりしていませんか!?」
「見る限りは、大丈夫みたいですよ」
セシリアは落ちてあった小道具の一つを手に取る。彼女がひっくり返したのは武器の小道具らしく、そこら辺に短剣や銃が散らばっていた。
そこにやってくるのは、先ほど声を荒げた大柄の男性だ。彼がきっと大道具や小道具の管理責任者なのだろう。
「ったく、お前はホントにおっちょこちょいだなぁ」
「すみません、ザックさん」
「まぁ、怪我してないならいいけどよ」
ザックと呼ばれた彼が女性の頭を小突く。すると彼女は、申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな微妙な笑みを浮かべていた。
女性が小道具を拾っているに倣うように、セシリアや他のメンバーも散らばったそれらを片付けはじめる。
セシリアは手に取った短剣をまじまじと見つめる。
「こうしてみると、本物と見間違うばかりですよね」
「まぁ、こういうのはリアリティが一番だからな! いくら役者が良い演技しても、道具が生半可じゃ客もしらけちまうってもんさ!」
いつの間にか隣にいたザックは、そう言いながら剣の刃を指でなぞる。それで指は切れないとわかってはいるのだが、本物のように見えるのでどうにもハラハラしてしまう。
「偽物だとわかっていても、これで刺されたら痛そうですね」
「やってみるか?」
「え?」
そう言うやいなや、ザックは持っていた短剣を容赦なくセシリアの腹に突き立てた。先を当てるだけ、なんてことはなく。短剣は柄の部分までぶっすりと身体に押し込まれてしまっている。
身体に突き刺さった短剣に、セシリアは思わず声を上げそうになる。
「――っ! ……って、痛く、ない?」
「当たり前だろうが。こんなもん、細工してあるに決まってんだろ?」
ザックはセシリアから短剣の柄を離す。すると、柄の中にしまってあった刃の部分も同時に戻ってきた。彼はもう一度、その剣でセシリアの身体を刺す。
「中にバネが仕込んであるんだよ。これは、幼なじみの技工士の特注品でな――」
「うわぁああぁぁ!?」
その時、背後からとんでもない叫び声がした。振り返ると、ツヴァイが尻餅をついていた。その顔は青く、セシリアを見つめる瞳は小さく揺れ動いていた。
「あ、ごめん。驚かせちゃった? これ実は、細工がしてあって」
「……なさい」
「え?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
「ツヴァイ?」
小さく蹲って震えだしツヴァイにセシリアは近寄る。
「どうしたの? 大丈夫?」
「うわあぁぁあ! 僕に近づくなぁ!!」
瞬間、拾おうとして手に持っていた短剣が弾かれる。
地面を滑る短剣に、唖然とする一同。
彼らの驚く表情を見て自分の状況に気がついたのか、ツヴァイは両手で顔を覆った。
「ごめん。違うんだ、ほんと――」
一定だった呼吸が段々と早く、荒くなる。苦しくなったのか、ツヴァイは目に涙を溜め、その場で丸くなった。
「ツヴァイ!?」
「大丈夫か?」
飛んできたのは、別の場所で作業をしていたアインだった。そして、ツヴァイの状況を見て「誰か、袋! 過呼吸だ!」と怒鳴るような声を上げた。
処置が終わったツヴァイは、救済院のベッドで寝かされていた。その部屋にいるのは、彼を連れてきたアインとセシリアの二人だけである。
もう日も傾いており、窓から入った夕日が眠るツヴァイの肌をゆっくりと滑っていた。
「なんか、ごめんね」
最初に口を開いたのはセシリアだった。
「なんでお前が謝るんだよ」
「だって……」
セシリアは申し訳なさそうに視線を落とした。わざとではないものの、彼を怖がらせたのは間違いなく彼女自身だ。これには罪悪感を感じざるを得ない。
(よく考えたら、最初に出会ったときも、ツヴァイはナイフを異様に怖がってたな……)
あの時は単に驚いただけだと思っていたのだが、こうなってくると、刃物に対してトラウマのような物があるような気がしてならない。
セシリアはツヴァイに布団をかけ直す。そして、何かに気がついたように目を丸くした。
「あれ?」
「ん? どうした」
「ねぇ、アイン。ツヴァイって、胸にブローチつけてたよね?」
アインはその言葉にはっとしたような顔になり、ツヴァイの胸を確かめた。その胸にはやはり何もついてない。
「もしかして、どこかで落としたのかな?」
「……」
いきなり思い詰めたような表情になったアインはそのままセシリアに背を向ける。
「……探してくる」
「へ?」
「俺は一人で大丈夫だから、お前は舞台の練習に行ってこい」
「ちょ、ちょっとまってよ!」
一人でさっさと広場に戻ろうとするアインを、セシリアは駆け足で追いかけた。しかし、追いつくやいなや「一人でいいって言ったろ?」とぞんざいな言葉を浴びせかけられる。
「いやでも、放っておけないし!」
「放っておけよ。お前には関係ない話だろ」
「でも、ブローチを探すなら、一人より二人の方が良いと思うし!」
「お前の手なんか借りなくても――」
「それに、暗くなっちゃう前に見つけた方が良いと思うんだ! 暗くなったら探しにくくなるし! なにより、見つからなかったらツヴァイが悲しんじゃうと思うし!」
「……」
片割れの悲しむ顔が浮かんだのか、セシリアの言葉に彼は閉口した。そして、「勝手にしろ」と投げやりに言い放つ。
セシリアは「うん。勝手にする!」と元気よく答えた後、二人はブローチを探し始める。最初に調べたのは、ツヴァイが過呼吸を起こした例の場所だった。
セシリアたちがツヴァイの処置をしている間に皆が片付けたのだろう、先ほどとは打って変わって、その場は綺麗になっていた。
積み上げられた箱の中身を一つ一つ確かめながら、彼女は口を開く。
「えっと、緑色のブローチだったよね。周りの意匠は金色で……」
「これと一緒だよ」
そう言って、アインは彼女の目の前にブローチを差し出した。目の前にあるそれは、間違いなくツヴァイが持っていたものと全く同じ物。
「同じの持ってたんだ」
「あぁ。うちの地元は、生まれた子供に瞳の色と同じ色の宝石を贈るのが習わしなんだよ。だから……」
「それはすっごく大切な物だね! それなら、絶対に見つけ出さないと!」
意気込みを表すように胸の前に拳を掲げる。すると、視界の端でアインが目を眇めた。
「……お前、変なヤツってよく言われるだろ?」
「へ。なんで?」
「変なヤツだなって、思ったから」
セシリアはきょとんと首をかしげる。
そんな彼女に、アインは「いいから探すぞ!」と、先ほどよりも幾分か優しくなった声をかけた。




